反応が見たい!
という二人の強い要望を聞き入れ、ノーマとウクリネスを伴って陽だまり亭へと戻ってきた。
さっさと寝ればいいのに。
「ただいま」
「おかえりなさい、みなさん」
「みんな、顔が死んでるよ……今日は早めに寝なよ?」
ジネットが笑顔で、エステラが引きつった顔で迎えてくれる。
あぁ、寝るわい。
やることやったらめっちゃ寝てやる。
「それはそうと、完成したぞ」
「やった! 見せて!」
「まぁ、待て」
物凄い食いつきのよかったエステラを落ち着かせる。
「『落ち着かせる』と『お乳突かせろ』は似てるよな」
「やることやって、君はさっさと寝るべきだよ」
物凄くいいことを思いついた俺に冷ややかな目を向け、エステラがこれ見よがしに盛大なため息を吐く。
たぶん、胸元に溜まっていた空気を。……無駄にしやがって。もったいない。
「ノーマもウクリネスもすげぇ頑張ってくれたんだ。だから、みんなの反応を見せてやりたくてな」
製作者にとって、エンドユーザーの反応というものは何よりの褒美になる。
喜んでくれるなら最高だ。
「だから、この一覧にあるヤツを出来る限り集めてくれないか? 忙しいようなら無理にとは言わない。後日になるが、俺が手渡しに行くから」
その一覧には、試作品のハンドクリームを手渡す十九人の名前が書かれていた。
基本的に、約束した者と、今回いろいろと手伝ってくれた者たちだ。
「え~っと、十一人はすでにいるね」
「十一?」
九人じゃないのか?
俺の計算にはいない二人が誰なのかと首を傾げた時、そいつらが現れた。
「朝帰りとは、見下げ果てた男だな、カタクチイワシよ」
「おはよう、言う。爽やかな朝に、私は」
「何しに来たんだよ、ルシア……」
一番来ないと思っていたヤツらがいた。
……呼んでねぇのに。
「いいな、三十五区は暇そうで」
「バカモノ。今日も仕事だ」
「そうなのか、エステラ?」
「うん。アトラクションと講習会で習った料理のお披露目会に、他区からの――主に『BU』からのお客さんが押し寄せてきているからさ、テーマパークが出来た時の反応を測れないかと思ってさ」
「実際にこの目で見てみれば、何かと気付くこともあるだろう。こちらは多額の融資をしておるのだからな。改善点があるのであれば、三十一区領主に言って飲み込ませねばならぬ」
「……って言いながら、『もっと遊びたい』って顔に書いてあるぞ」
「ふふん。体験してこそ、顧客の気持ちが分かるというものだ」
結局遊びに来てんじゃねぇかよ。
「ヤシロ様。お声をかけた結果、一人以外は快くおいでいただけました」
いつ陽だまり亭を出て行ったのか分からないが、ナタリアが一覧に名の載っている者たちを集めてきてくれた。
有能過ぎるな、相変わらず!
そこには、俺が指名した者たちが勢揃いしていた。
で、快くおいでいただけなかった一名は――
「なぁ……ウチのこの扱い、なんなん?」
「快くおいでいただけなかったので、強制的に連行したまでです」
――強制参加となった。
レジーナの扱い、雑になったもんだなぁ。
「ねぇねぇ! ハンドクリームの試作品くれるって本当!?」
パウラがぐいぐい食いついてくる。
「前にカモミールのハンドクリーム作ったでしょ? 私、アレも欲しかったんだよね」
「今、生花ギルドで、ラベンダーのハンドクリームの研究、してるんだょ」
ネフェリーとミリィが楽しそうにしゃべっている。
以前、ジネットの手荒れが気になってカモミールのハンドクリームを試作した。
そこから、生花ギルドとレジーナが協力してハンドクリームの研究を始めていたのだが、まだ商品化には至っていない。
まもなく流通しそうではあるが。
「海水にも負けないハンドクリームが欲しいな~☆」
それは難しいぞ、マーシャ。
使った後はなるべく浸からないようにしとけ、海水に。
「あたいの分もあるのかなぁ、シスター?」
「ヤシロさんがみなさんにとおっしゃっていましたので、きっとデリアさんの分もありますよ」
「当然、ワタクシの分もございますわよね」
デリア、ベルティーナ、イメルダと、陽だまり亭よりさらに西側チームもまとめてやって来る。
というわけで、呼ばれてやって来たパウラ、ネフェリー、ミリィ、マーシャに、デリア、ベルティーナ、イメルダ。強制連行されてきたレジーナの計八人。
いるとは思わなかったルシアとギルベルタの二人。
で、陽だまり亭にいたジネット、マグダ、ロレッタ、カンパニュラとテレサ。絶賛居候中のエステラとナタリアの七人。
そして、ハンドクリームの完成を目指し頑張ってくれたノーマと――
「ウクリネス。お前も、こっちへ」
「へっ!? わた、私もですか?」
もちろんだ。
睡眠を削って軟膏入れを作ってくれたお前を、どうして排除できるものか。
「最初に九人とおっしゃった時に、あと一人は誰だろうと思っていたんですが……まさか、私が数に入っていたなんて……ほら、こういうのは若い人たちのものだとばかり……」
「そんなことありませんよ、ウクリネスさん」
ジネットがウクリネスの、少しだけくたびれた手を取る。
そっと両手で包み込み、太陽のような笑顔を向ける。
「ウクリネスさんの頑張りは、ここにいるみんながよく知っています。街の人たちみんなが知っています。ですからどうか、ウクリネスさんも、ウクリネスさん御自身を労ってあげてくださいね」
「ジネットちゃん……」
嬉しそうに顔をくしゃっと歪ませて、ウクリネスが何度も頷く。
「そうね。こんなに想っていただけるんですもの。少しぐらいご褒美があってもいいわね」
そして、俺へと顔を向け、うっすらと涙の浮かぶ瞳を細める。
「ありがとうねヤシロちゃん。とっても嬉しいわ」
「製作者がもらえるのは当然だろう」
「ううん。その心遣いが嬉しいのよ」
「大丈夫だよ、ウクリネス。ヤシロのコレは、ただの照れ隠しだから」
エステラが言って、パウラたちが笑う。
ほざいてろ。
「それに、綺麗を求めるのに年齢は関係ないよ、ウクリネス」
「そうそう。それに、ウクリネスさんが一番オシャレでなきゃ、四十二区のファッション界に説得力がなくなっちゃうでしょ?」
「私もパウラも、ウクリネスさんの大ファンなんだから。ね?」
「パウラちゃん、ネフェリーちゃんも……」
自分を取り囲む女子たちを見て、ウクリネスが声を詰まらせる。
「じゃあ、今度是非モデルを!」
「うん、それは、時間がある時にね」
「絶対ですよ、絶対! 約束しましたからね!」
「ウクリネスさん、そーゆー顔すると、ちょっと怖いんだよね……」
声を詰まらせたわけじゃなかったっぽいな、アレ。
ウクリネスはたくましいよ、ホント。
「じゃあ、試作品を配るぞ」
袋が見えないように木箱にしまわれたハンドクリーム。
さて、第一印象はどんなもんかな。
木箱の蓋を開けて一つ取り出すと、「わぁ!」っと声が上がる。
「タイプは三種類あるんだが、好きなヤツを選んでくれ」
ベルトに留めるバンド型。
カバンに付けるピン型。
首から下げるネックレス型。
ウクリネスが張り切って、それぞれを二十個ずつ作ってくれた。
なので、全員が好きなタイプを選ぶことが出来る。
「バンド型にしたら、仕事中も付けてられるよね!」
「でもね、パウラ。ウチの養鶏場もそうだけど、仕事中に付けてると、汚れちゃうよ?」
「では、ネックレス型にして服の中にしまってはどうですか?」
「それじゃ見せられないじゃない、ジネット!」
「そうよ。こんなに可愛んだから、いろんな人に見せなきゃ!」
オシャレとして取り入れたいが、汚れるのは嫌だと、オシャレ女子らしい悩みに頭を抱えるパウラとネフェリー。
「ジネットはどれにするんだ?」
「わたしはピン型にします。エプロンに付けることも出来そうですし」
「むはぁ、店長さん、それいいですね! みんなでお揃いが出来るです!」
「……マグダはすでに便乗している」
「では、私も姉様方とお揃いにします」
「おしょろいー!」
わいわいと盛り上がる。
自分の生活スタイルや目指したいオシャレの方向性を考慮して、それぞれが好きなタイプの入れ物をチョイスする。
「私はネックレス型にします。こんなに可愛い物は、私のようなオバサンにはちょっと派手ですからね」
「えぇー! なんでよ、ウクリネスさん!」
「ウクリネスさんなら可愛いの似合うよ、きっと!」
「ですが……うふふ、困りましたね」
パウラとネフェリーに詰め寄られ、ウクリネスが困り顔を見せる。
「少し年齢の高い人でも持てるように、控えめなデザインも必要ですね」なんて、新しいデザインについて考え始めている。
確かに、若齢層にばかり意識を向けていたが、もうちょっと年寄……大人な女性でも持てるデザインも必要だな。
今回のデザインは若干可愛過ぎた。
要検討だ。
「あの、中を見てもいいですか?」
ピン型の袋に入ったハンドクリームを手に、ジネットが俺に聞いてくる。
見渡せば、それぞれがハンドクリームを持っている。行き渡ったな。
「じゃ、ご覧あれ」
「はい」
ジネットが代表で返事をし、全員が我先にとハンドクリームを取り出す。
ブリキの缶が見えた瞬間、わっと歓声が上がる。
「可愛いっ!」
「よこちぃからの贈り物だったんですね」
「したちぃ、嬉しそう、だね」
きゃーきゃーとはしゃぐ女子たち。
その様を見て、ノーマとウクリネスが満足そうに微笑んでいる。
なんか、今にも成仏しそうな表情で。
……寝ろよ。
本当に天界へ召されかねないからな?
寝ろよ!
「頑張った甲斐があったさね」
「はい。みなさんのこの表情。このために頑張っているんですよね」
製作者が喜びを噛みしめる。
誰かを笑顔にしたい。それが、働く原動力になる――ヤツもいる。
俺は、金だけどな!
ざっくざく儲けてうっはうはしたいからこそ働くのだ。
誰かの笑顔? 知らん!
笑顔になれたなら金を払えと言いたい!
「こりゃあ、儲かっちまうなぁ~ぐっふっふっ」
「ふふ。そうですね」
俺のあくどい笑みを見て、ジネットが穏やかに微笑む。
「お兄ちゃんも、嬉しかったですね」
「……ちょっと感動している顔、あれは」
「素直に喜べばいいのに。まったく、ヤシロは」
好き勝手言うな。
金、金! 金のためだっつーの! ふん!
ただまぁ、こうやって報われる努力があってもいい。とは、思うけどな。
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