異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

389話 試作品をプレゼント -1-

公開日時: 2022年9月18日(日) 20:01
文字数:4,096

 反応が見たい!

 

 という二人の強い要望を聞き入れ、ノーマとウクリネスを伴って陽だまり亭へと戻ってきた。

 さっさと寝ればいいのに。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、みなさん」

「みんな、顔が死んでるよ……今日は早めに寝なよ?」

 

 ジネットが笑顔で、エステラが引きつった顔で迎えてくれる。

 あぁ、寝るわい。

 やることやったらめっちゃ寝てやる。

 

「それはそうと、完成したぞ」

「やった! 見せて!」

「まぁ、待て」

 

 物凄い食いつきのよかったエステラを落ち着かせる。

 

「『落ち着かせる』と『お乳突かせろ』は似てるよな」

「やることやって、君はさっさと寝るべきだよ」

 

 物凄くいいことを思いついた俺に冷ややかな目を向け、エステラがこれ見よがしに盛大なため息を吐く。

 たぶん、胸元に溜まっていた空気を。……無駄にしやがって。もったいない。

 

「ノーマもウクリネスもすげぇ頑張ってくれたんだ。だから、みんなの反応を見せてやりたくてな」

 

 製作者にとって、エンドユーザーの反応というものは何よりの褒美になる。

 喜んでくれるなら最高だ。

 

「だから、この一覧にあるヤツを出来る限り集めてくれないか? 忙しいようなら無理にとは言わない。後日になるが、俺が手渡しに行くから」

 

 その一覧には、試作品のハンドクリームを手渡す十九人の名前が書かれていた。

 基本的に、約束した者と、今回いろいろと手伝ってくれた者たちだ。

 

「え~っと、十一人はすでにいるね」

「十一?」

 

 九人じゃないのか?

 俺の計算にはいない二人が誰なのかと首を傾げた時、そいつらが現れた。

 

「朝帰りとは、見下げ果てた男だな、カタクチイワシよ」

「おはよう、言う。爽やかな朝に、私は」

「何しに来たんだよ、ルシア……」

 

 一番来ないと思っていたヤツらがいた。

 ……呼んでねぇのに。

 

「いいな、三十五区は暇そうで」

「バカモノ。今日も仕事だ」

「そうなのか、エステラ?」

「うん。アトラクションと講習会で習った料理のお披露目会に、他区からの――主に『BU』からのお客さんが押し寄せてきているからさ、テーマパークが出来た時の反応を測れないかと思ってさ」

「実際にこの目で見てみれば、何かと気付くこともあるだろう。こちらは多額の融資をしておるのだからな。改善点があるのであれば、三十一区領主に言って飲み込ませねばならぬ」

「……って言いながら、『もっと遊びたい』って顔に書いてあるぞ」

「ふふん。体験してこそ、顧客の気持ちが分かるというものだ」

 

 結局遊びに来てんじゃねぇかよ。

 

「ヤシロ様。お声をかけた結果、一人以外は快くおいでいただけました」

 

 いつ陽だまり亭を出て行ったのか分からないが、ナタリアが一覧に名の載っている者たちを集めてきてくれた。

 有能過ぎるな、相変わらず!

 

 そこには、俺が指名した者たちが勢揃いしていた。

 で、快くおいでいただけなかった一名は――

 

「なぁ……ウチのこの扱い、なんなん?」

「快くおいでいただけなかったので、強制的に連行したまでです」

 

 ――強制参加となった。

 レジーナの扱い、雑になったもんだなぁ。

 

「ねぇねぇ! ハンドクリームの試作品くれるって本当!?」

 

 パウラがぐいぐい食いついてくる。

 

「前にカモミールのハンドクリーム作ったでしょ? 私、アレも欲しかったんだよね」

「今、生花ギルドで、ラベンダーのハンドクリームの研究、してるんだょ」

 

 ネフェリーとミリィが楽しそうにしゃべっている。

 以前、ジネットの手荒れが気になってカモミールのハンドクリームを試作した。

 そこから、生花ギルドとレジーナが協力してハンドクリームの研究を始めていたのだが、まだ商品化には至っていない。

 まもなく流通しそうではあるが。

 

「海水にも負けないハンドクリームが欲しいな~☆」

 

 それは難しいぞ、マーシャ。

 使った後はなるべく浸からないようにしとけ、海水に。

 

「あたいの分もあるのかなぁ、シスター?」

「ヤシロさんがみなさんにとおっしゃっていましたので、きっとデリアさんの分もありますよ」

「当然、ワタクシの分もございますわよね」

 

 デリア、ベルティーナ、イメルダと、陽だまり亭よりさらに西側チームもまとめてやって来る。

 

 というわけで、呼ばれてやって来たパウラ、ネフェリー、ミリィ、マーシャに、デリア、ベルティーナ、イメルダ。強制連行されてきたレジーナの計八人。

 いるとは思わなかったルシアとギルベルタの二人。

 で、陽だまり亭にいたジネット、マグダ、ロレッタ、カンパニュラとテレサ。絶賛居候中のエステラとナタリアの七人。

 

 そして、ハンドクリームの完成を目指し頑張ってくれたノーマと――

 

「ウクリネス。お前も、こっちへ」

「へっ!? わた、私もですか?」

 

 もちろんだ。

 睡眠を削って軟膏入れを作ってくれたお前を、どうして排除できるものか。

 

「最初に九人とおっしゃった時に、あと一人は誰だろうと思っていたんですが……まさか、私が数に入っていたなんて……ほら、こういうのは若い人たちのものだとばかり……」

「そんなことありませんよ、ウクリネスさん」

 

 ジネットがウクリネスの、少しだけくたびれた手を取る。

 そっと両手で包み込み、太陽のような笑顔を向ける。

 

「ウクリネスさんの頑張りは、ここにいるみんながよく知っています。街の人たちみんなが知っています。ですからどうか、ウクリネスさんも、ウクリネスさん御自身を労ってあげてくださいね」

「ジネットちゃん……」

 

 嬉しそうに顔をくしゃっと歪ませて、ウクリネスが何度も頷く。

 

「そうね。こんなに想っていただけるんですもの。少しぐらいご褒美があってもいいわね」

 

 そして、俺へと顔を向け、うっすらと涙の浮かぶ瞳を細める。

 

「ありがとうねヤシロちゃん。とっても嬉しいわ」

「製作者がもらえるのは当然だろう」

「ううん。その心遣いが嬉しいのよ」

「大丈夫だよ、ウクリネス。ヤシロのコレは、ただの照れ隠しだから」

 

 エステラが言って、パウラたちが笑う。

 ほざいてろ。

 

「それに、綺麗を求めるのに年齢は関係ないよ、ウクリネス」

「そうそう。それに、ウクリネスさんが一番オシャレでなきゃ、四十二区のファッション界に説得力がなくなっちゃうでしょ?」

「私もパウラも、ウクリネスさんの大ファンなんだから。ね?」

「パウラちゃん、ネフェリーちゃんも……」

 

 自分を取り囲む女子たちを見て、ウクリネスが声を詰まらせる。

 

「じゃあ、今度是非モデルを!」

「うん、それは、時間がある時にね」

「絶対ですよ、絶対! 約束しましたからね!」

「ウクリネスさん、そーゆー顔すると、ちょっと怖いんだよね……」

 

 声を詰まらせたわけじゃなかったっぽいな、アレ。

 ウクリネスはたくましいよ、ホント。

 

「じゃあ、試作品を配るぞ」

 

 袋が見えないように木箱にしまわれたハンドクリーム。

 さて、第一印象はどんなもんかな。

 

 木箱の蓋を開けて一つ取り出すと、「わぁ!」っと声が上がる。

 

「タイプは三種類あるんだが、好きなヤツを選んでくれ」

 

 ベルトに留めるバンド型。

 カバンに付けるピン型。

 首から下げるネックレス型。

 

 ウクリネスが張り切って、それぞれを二十個ずつ作ってくれた。

 なので、全員が好きなタイプを選ぶことが出来る。

 

「バンド型にしたら、仕事中も付けてられるよね!」

「でもね、パウラ。ウチの養鶏場もそうだけど、仕事中に付けてると、汚れちゃうよ?」

「では、ネックレス型にして服の中にしまってはどうですか?」

「それじゃ見せられないじゃない、ジネット!」

「そうよ。こんなに可愛んだから、いろんな人に見せなきゃ!」

 

 オシャレとして取り入れたいが、汚れるのは嫌だと、オシャレ女子らしい悩みに頭を抱えるパウラとネフェリー。

 

「ジネットはどれにするんだ?」

「わたしはピン型にします。エプロンに付けることも出来そうですし」

「むはぁ、店長さん、それいいですね! みんなでお揃いが出来るです!」

「……マグダはすでに便乗している」

「では、私も姉様方とお揃いにします」

「おしょろいー!」

 

 わいわいと盛り上がる。

 自分の生活スタイルや目指したいオシャレの方向性を考慮して、それぞれが好きなタイプの入れ物をチョイスする。

 

「私はネックレス型にします。こんなに可愛い物は、私のようなオバサンにはちょっと派手ですからね」

「えぇー! なんでよ、ウクリネスさん!」

「ウクリネスさんなら可愛いの似合うよ、きっと!」

「ですが……うふふ、困りましたね」

 

 パウラとネフェリーに詰め寄られ、ウクリネスが困り顔を見せる。

「少し年齢の高い人でも持てるように、控えめなデザインも必要ですね」なんて、新しいデザインについて考え始めている。

 

 確かに、若齢層にばかり意識を向けていたが、もうちょっと年寄……大人な女性でも持てるデザインも必要だな。

 今回のデザインは若干可愛過ぎた。

 要検討だ。

 

「あの、中を見てもいいですか?」

 

 ピン型の袋に入ったハンドクリームを手に、ジネットが俺に聞いてくる。

 見渡せば、それぞれがハンドクリームを持っている。行き渡ったな。

 

「じゃ、ご覧あれ」

「はい」

 

 ジネットが代表で返事をし、全員が我先にとハンドクリームを取り出す。

 ブリキの缶が見えた瞬間、わっと歓声が上がる。

 

「可愛いっ!」

「よこちぃからの贈り物だったんですね」

「したちぃ、嬉しそう、だね」

 

 きゃーきゃーとはしゃぐ女子たち。

 その様を見て、ノーマとウクリネスが満足そうに微笑んでいる。

 なんか、今にも成仏しそうな表情で。

 

 ……寝ろよ。

 本当に天界へ召されかねないからな?

 寝ろよ!

 

「頑張った甲斐があったさね」

「はい。みなさんのこの表情。このために頑張っているんですよね」

 

 製作者が喜びを噛みしめる。

 誰かを笑顔にしたい。それが、働く原動力になる――ヤツもいる。

 俺は、金だけどな!

 ざっくざく儲けてうっはうはしたいからこそ働くのだ。

 誰かの笑顔? 知らん!

 笑顔になれたなら金を払えと言いたい!

 

「こりゃあ、儲かっちまうなぁ~ぐっふっふっ」

「ふふ。そうですね」

 

 俺のあくどい笑みを見て、ジネットが穏やかに微笑む。

 

「お兄ちゃんも、嬉しかったですね」

「……ちょっと感動している顔、あれは」

「素直に喜べばいいのに。まったく、ヤシロは」

 

 好き勝手言うな。

 金、金! 金のためだっつーの! ふん!

 

 ただまぁ、こうやって報われる努力があってもいい。とは、思うけどな。

 

 

 

 

 

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