異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

400話 エピローグ、そしていつもの・・・ -1-

公開日時: 2022年11月1日(火) 20:01
文字数:3,925

「おはようございます!」

 

 早朝。

 日の出よりも早く、カンパニュラが陽だまり亭へやって来た・・・・・

 

「おはようございます、カンパニュラさん。早いですね」

「はい。テレサさんに負けないよう、私も頑張らなければいけませんから」

 

 テレサはもともと朝には強かった。不出来な姉バルバラを起こすという使命があったからだ。

 だが、その姉の面倒を見なくて済む陽だまり亭に泊まった時はよく寝坊していた。

 ふかふかの布団に囚われて、日が昇っても出てこない時が多々あった。

 存分に甘えられていたんだろうな。


 ところが、最近はカンパニュラと張り合うように早起きするようになっている。

 人間とは、環境で変わるものなのだといういい例だな。

 

「今日は教会への寄付に付き合わなくていいって言っといたろ?」

「ついて行ってはいけないとは言われていませんでしたので、来てしまいました」

 

 つまり、自分の意思で一緒に教会の寄付へ行きたいってわけね。

 長く続いたイベントが終わり、心身ともに疲労困憊な一同に、「今朝は朝寝坊してもよろしい」と通達を出してある。

 マグダはまだベッドの中だし、ロレッタも家でまだ寝ているだろう。

 ノーマは客室でしどけない寝姿をさらしているはずだ。……ちょっと確認してこようかな?

 

「ヤシロさん」

「ヤーくん」

「「ダメですよ」」

 

 うん。ジネットが二人いる気分だ。

 

「昨日は眠れたか?」

「はい。……うふふ」

 

 帰る時には、まだ目尻に涙の跡が残っていたカンパニュラだったが、大好きな家族と、大好きなデリア姉様と一緒の夜が楽しくないわけがない。

 すっかりと笑顔を取り戻している。

 

「実は、母様とデリア姉様が興奮してしまって、かなり遅くまで起きていたようなんです」

「それはそれは。うるさかったろ」

「いいえ。耳に心地よい音でしたよ」

「何をそんなにはしゃいでたんだか」

「初めて素敵やんアベニューに行く母様に、デリア姉様がいろいろ教えてあげていたようです」

「え……あいつらも来るの? 別行動にしよう」

「残念ながら、ヤーくんに案内してもらうのを楽しみにされていますよ、母様は」

 

 デリアは講師としての縁もあって、何度となく素敵やんアベニューに行っている。

 だからデリアに教えてもらえばいいのに。

 

「俺も初めてなんだが?」

「それでも、ヤーくんならいろいろ分かるのではありませんか?」

 

 ま、正直なところ、どんな店があって何をやってるのかは大体把握してる。

 ……ったく。抜け目ないというか、見抜く力がえげつねぇな、ルピナスは。やっぱ貴族ってのは怖いもんだ。

 

「エステラ姉様とナタリア姉様はまだ就寝中でしょうか?」

「エステラさんはわたしのベッドでお休み中です。……ふふ、お揃いの服でお出掛けしましょうと約束したんですよ」

「えっ!? いつものジネットの服をエステラに!? 乳が丸出しにならない!?」

「違います! 以前一緒に買った、ゆったりとしたシャツとスカートです!」

 

 なんだ。

 ジネットの制服をエステラに着せて、無料公開するのかと思った。

 あの服、ジネットレベルの物量がないと、スッカスカになるからなぁ、胸元。

 

「カンパニュラさんも、今日はとってもオシャレさんですね」

「はい。母様が用意してくださったんです。見てください、よこちぃのポーチも取り付けてくださったんですよ」

 

 こんな早朝だというのに、ルピナスはカンパニュラの着替えを手伝うために早起きしたらしい。

 新しい家での生活も、両親と一緒なら不安はなさそうか。

 

「ナタリアとノーマは、昨日風呂で一杯引っかけてたからな、寄付が終わるころまで寝てるだろう」

「とても楽しそうですね」

「カンパニュラさんも、昨夜は楽しかったですか?」

「はい。たくさん笑いました」

 

 寂しさを乗り越え、ちゃんと新生活を歩み出せたようだな。

 

「ただ、一つだけ残念なことが……」

 

 満開だった笑顔に、突如影が落ちる。

 カンパニュラが残念に思うこととは……

 

「折角制服をいただいたのに、今日は陽だまり亭がお休みなので袖を通せないことがすごく悔やまれます。正式な従業員にしてくださったのに、今日はお仕事が出来ないなんて……私、早くお仕事がしたいです!」

 

 わぁ、ジネット2号が爆誕してしまったなー。

 

「では、今日は早めに戻って夕方からお店を――」

「休めや、いいから」

 

 うきうきと社畜ぶりを振りかざそうとするジネットを黙らせる。

 今日は休み!

 この決定は覆りません!

 

「今日は他の店をたくさん見て、他人の接客や客目線で見る接客業ってもんを感じてこい。そしたら、明日以降の仕事に何かしら生かせることが見つかるかもしれん」

「そうですね。お客様の視点に立つというのは重要ですからね。では、今日はたくさん観察したいと思います」

 

 真面目だ。

 いろんなヤツに見習わせたいくらいに真面目だ。

 いまだオシャレに理解を示さない筋肉バカとか、いつまでも綿菓子で大喜びしているただのバカとか――

 

「むっはぁー! 今日のカンパニュラたんは一際かわいいな! ウチに住む気はないか!?」

 

 ――呼びもしないのに当然の顔で非常識な時間に一番遠い区の食堂にやって来る傍迷惑なヤツとかにな!

 

「ごめ~ん、エステラまだ寝てるから一旦自宅に帰って出直してきて~」

「日が暮れるではないか、カタクチイワシ! 貴様には分別というものがないのか、嘆かわしい」

 

 分別を持った上で「帰れ」つってんだよ。

 

「何しに来たんだよ?」

「実はな、リカルドに頼まれて足湯のノウハウを伝授してやったのだ」

「たらいに湯を張るだけじゃねぇか。何がノウハウだ、偉そうに」

「それだけではなく、芯からぽかぽかと温まる秘訣や清掃、保全、安全面に至るまできめ細やかなレクチャーをしてやったのだ」

 

 別に、足湯は三十五区のもんでもないのになぁ。

 

「その見返りとして、素敵やんアベニューの足湯屋の無料優待券をもらってきたのだ! 跪いて懇願するのであれば、貴様にも一枚くれてやらんでもないぞ? ん? どうするカタクチイワシよ」

「いや、いいや。今回使う金、全部リカルドのツケにするつもりだし」

「あ、それはいいアイデアだね」

 

 ルシアの声でも聞こえたのだろう。

 エステラがぼっさぼさの頭でフロアへとやって来た。

 

「おはよう、みんな」

「おはようって、お前な……ちゃんと整えてから出て来いよ」

「あはは。ナタリアが起きたらやってもらうよ」

「乳が真っ平じゃねぇか」

「カタクチイワシよ、それは元からだ」

「うるさいですよ、ルシアさん。ヤシロは言うに及ばず」

 

 他区の先輩領主に寝ぐせ頭を見せてもまったく動じない。

 お前も大物になったもんだなぁ、領主様よぉ。

 

「代わりを務める、僭越ながら、私が。許可が出るなら、微笑みの領主様の」

「え、ギルベルタがやってくれるの? ありがと~」

 

 さっさと近くの椅子に座り、ギルベルタに髪を梳かしてもらうエステラ。

 

「二区間の同盟って、こういうシェアもするわけ?」

「これは友人に対する対応だな」

「ふふふ。ナタリア姉様がヤキモチを焼かれるかもしれませんね」

 

 寝ぼけ娘から、徐々に領主へと変貌していくエステラを見るとはなく眺めながら、朝の静かな時間を過ごす。

 

 忙し過ぎた昨日までが嘘のようだ。

 四十二区の運動場に他区の料理人が集まってくることもなければ、他所の貴族がおっぱいを揺らしながら押しかけてくることもない。

 そして、崖の上から虎視眈々と侵略を目論む不穏な輩ももういない。

 

 いろいろと変わったことが多いが、とりあえずは、元通り――ってことでいいだろう。

 

「ルシアさんたちは、朝ごはんを済まされましたか?」

「無論、ジネぷーの手料理を食べるつもりで控えてきた」

「では、ご一緒しましょうね」

「うむ」

「まいどありー」

「貴様には頼んでおらぬわ、カタクチイワシ!」

 

 なんで領主ってのは、どこの区のヤツも当たり前のようにタダ飯を食おうとするのか。

 金を持ってるなら落としていけと言いたい!

 

「カンパニュラは、平民に集ってタダ飯を喰らうような領主にはなるなよ」

 

 しみじみと、そんな忠告をすると――

 

「私はエステラ姉様のような領主を目指しておりますので」

 

 ――そんな、絶望的な回答が返ってきた。

 

「……また、領主の乳平均値が下がるのか……」

「カンパニュラは、ボクのそこを見習ってるわけじゃないよ! ……誰が平均値を下げてるか!?」

 

 お前だよ、お前!

 エステラ、お前がナンバーワンだ! 下げ率ではな!

 

「では、眠っているみなさんは残して、教会へ向かいましょう」

 

 寝たい者は寝ていてもいい。

 今日はそういう日だ。

 ただし、目が覚めて腹を空かせないように、厨房には山盛りのおにぎりが置いてある。

 作り置きのおにぎりって、なんでかやたらと美味いんだよなぁ。

 余ったら、ハムっ子にでもくれてやればいい。

 

 こうして、いつもとは少し異なるいつも通りの一日が始まった。

 教会では、イベントが楽しかったとか、またやりたいとか、そんな話があちらこちらから聞こえ、エステラやノーマに憧れた幼女が意味もなく体操服を着てうろついていた。

 そんな格好してると、怖いハビエルオジサンに連れ去られちゃうぞ。

 

 寄付を終えて陽だまり亭に戻ると、マグダたちは目を覚ましており――

 

「それでは、参りますわよ、美の街『素敵やんアベニュー』へ!」

 

 呼んでないイメルダが場を仕切り、呼んでないパウラやネフェリーたちが準備万端の体勢で待ち構えていた。

 あ、ミリィはいいんだよ。呼ぶとか呼ばないとか関係なく、いつだっていてくれていいから。

 

 で、レジーナ。お前も行くの?

 え、これから出かけようって時に雨降らせる気?

 

「みりぃがね、さそったんだ、ょ」

「あないにやらしぃ~く誘われたら、断れへんわぁ」

「いやらしくないよ!? 普通にさそったょ!?」

 

 と、そんな賑やかなメンバーで出かけることになった。

 四十一区ごときで、そんなに張り切らんでもいいと思うんだけどなぁ……

 

 

 

 

 

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