「マグダ」
「……任せて。本日はビシビシ行く所存」
いつもの無表情ながらも、キリッとした表情を見せるマグダ。
そんなに気張らなくていいんだよ。
俺はそっと、マグダを後ろから抱き寄せる。
「もういいぞ」
「……でも」
「メドラも、もう十分仕事を覚えた。ここからは、いつもの陽だまり亭らしく、賑やかに、楽しくやっていこう」
「…………マグダ、間違った?」
マグダの耳がぺたーんと寝る。
「んなことねぇよ」
頭をわしゃわしゃ撫でてやると、少しくすぐったそうに耳が震える。もふもふのおねだりだな。
もふもふしてやると、耳がぴるるっと震える。
「……むふ~」
今日のむふーはちょっと柔らかい感じがした。
「すまんな、みんな。マグダを責めないでやってくれ。責任は俺が取るから」
「いやぁ、なに! ここではアタシが新人で虎っ娘が先輩。先輩は新人を厳しくもきちんとしつける。当然のことだよ。その娘は間違っちゃいない」
「あたいも気にしてねぇよ。マグダが間違ったことするわけねぇもんな」
「…………買い被り」
マグダが少し照れている。
俺らは、ちゃんとお前のことを見てるんだぞ?
「はぁぁあ…………照れてるマグダたんが見られるなんて…………オイラ、今死んでも後悔はないッス……」
「今度『ぺったん娘フェア』つって、マグダが可愛らしい制服を着るイベントをやるんだが……」
「後悔するッス! オイラ、今死ぬわけにはいかないッス!」
変わり身の早い野郎だ。
「なんなら、アタシも参加してやろうか、そのフェア?」
「おまえのどこがぺったん娘だ!?」
「なんだ、マグダと妹とエステラのイベントかぁ。あたいも出たかったなぁ」
おいおい、デリア。エステラを入れてやんなよ。あいつは今いろいろと忙しいんだから。
何かに気が付いたのか、メドラが店内をぐるりと見渡す。
マグダ、デリア、ノーマ、メドラ……と順番に指を差す。
「んじゃあ、今日は『獣っ娘フェア』ってわけだね!」
……お前がいなければ、素直にそう思えるんだけどな…………っ!
「あのぉ、あたしも獣っ娘ですよ~……」
除外されてしまったロレッタが、小さな抗議の声を上げる。
まぁ、お前は見た目に獣特徴なさ過ぎるしな。
「それじゃあ、みんな! 今から何か獣っ娘っぽいサービスを始めないかい!?」
メドラが、なんとなくろくでもないことになりそうな提案をする。
……なんだよ、獣っ娘っぽいサービスって。
「……語尾に、『にゃ』」
……マグダ…………お前は本当に勇者だな。
メドラがいない時にその提案をしていたのならば、俺は一晩中お前をいいこいいこし続けてやっただろう。
だが!
なぜ、今なのだ!?
「面白そうだね! それじゃあ、それでいくにゃ!」
……食いついちゃったぁーっ!
「あたいもやるのかにゃ? クマ人族なんだがにゃ~……にゃんか変な感じにゃ」
「ぅおお!? デリア、なんか可愛いぞ!?」
「そっ、そうかにゃ? にゃはは……ヤシロは、お世辞がうまいにゃ~」
にゃ~にゃ~言って照れているデリアは実に可愛らしかった。
これ、標準のサービスにしようかな?
「男ってのは、ホ~ントくだらないにゃねぇ。こ~んなことで喜ぶなんてにゃ~」
「ノーマ! お前はどこまで要領がいいんだ!? 前々から思ってたけど、頭いいよな? のみ込みが早いとかいう前に、思慮が深い」
「にゃっ!? にゃにゃ、にゃに言ってるんにゃね! お、おだてても、にゃんも出にゃいにゃよ」
むにゃむにゃ言いながらノーマは胸元と口元を忙しなく触っていた。
きっと、落ち着くために煙管を吸いたかったのだろうが、残念だな。陽だまり亭は全席禁煙なのだ。
「……ヤシロ」
「なんだ?」
「…………にゃ?」
「あ~、かわいいかわいい。マグダは素で可愛いよ」
なんだかんだで、マグダは負けず嫌いで、こういうところでちゃんと構ってやらないと、後々長い間拗ねたりするのだ。……神経使うんだぞ、意外と。
「おに~ちゃんにゃ! あたしもちゃんとフェアやってるですよにゃ!」
「おぉ……一人出来てないヤツがいる……」
「なんでです? あ、にゃ! ちゃんと……にゃ、って……やってるにゃ……です?」
ほら、もうどこに入れていいか分かんなくなってんじゃん。
「ヤシロさん」
ジネットがふわふわとした足取りで俺のところまで歩いてくる。
「ウーマロさんのオーダーがまだですにゃ。早く注文を聞いてあげてほしいにゃ」
「…………なんで、お前までやってんの?」
「……変ですかにゃ?」
……ごめん、ジネット。可愛くて鼻血噴きそう…………
「んじゃあ、アタシが注文を聞いてやるにゃ!」
……ごめん、メドラ。怖くて吐血しそう…………
しかし、本当の恐怖に凍りついていたのは俺ではなく、ウーマロだった。
山のような巨体のメドラが身を屈め、ウーマロの顔を覗き込むようにして、満面の笑顔を向ける……その笑みはまさしく……魔神の微笑み。
「お客様ぁ~、ご注文はお決まりですかにゃ?」
「……ご…………ごっ………………ごふっ!」
「ウーマロ!?」
血を吐きやがった!?
強烈なストレスで胃に穴があいたのに違いない!
「しっかりしろ! 傷は深いが気にするな! 今、レジーナを呼んでやるからな!」
「……いや、これ以上…………濃い人は…………いらない……ッス…………ガクッ」
「ウーマロォォォオオオオッ!」
「なんの茶番にゃね、これは?」
ノーマが涼し~ぃ目で俺たちを見下ろしている。
やめろ。何かに目覚めそうだ、その視線。
と、その時、陽だまり亭のドアが勢いよく開け放たれる。
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