異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

120話 新人ウェイトレス -2-

公開日時: 2021年1月26日(火) 20:01
文字数:2,197

「マグダ」

「……任せて。本日はビシビシ行く所存」

 

 いつもの無表情ながらも、キリッとした表情を見せるマグダ。

 そんなに気張らなくていいんだよ。

 俺はそっと、マグダを後ろから抱き寄せる。

 

「もういいぞ」

「……でも」

「メドラも、もう十分仕事を覚えた。ここからは、いつもの陽だまり亭らしく、賑やかに、楽しくやっていこう」

「…………マグダ、間違った?」

 

 マグダの耳がぺたーんと寝る。

 

「んなことねぇよ」

 

 頭をわしゃわしゃ撫でてやると、少しくすぐったそうに耳が震える。もふもふのおねだりだな。

 もふもふしてやると、耳がぴるるっと震える。

 

「……むふ~」

 

 今日のむふーはちょっと柔らかい感じがした。

 

「すまんな、みんな。マグダを責めないでやってくれ。責任は俺が取るから」

「いやぁ、なに! ここではアタシが新人で虎っ娘が先輩。先輩は新人を厳しくもきちんとしつける。当然のことだよ。その娘は間違っちゃいない」

「あたいも気にしてねぇよ。マグダが間違ったことするわけねぇもんな」

「…………買い被り」

 

 マグダが少し照れている。

 俺らは、ちゃんとお前のことを見てるんだぞ?

 

「はぁぁあ…………照れてるマグダたんが見られるなんて…………オイラ、今死んでも後悔はないッス……」

「今度『ぺったん娘フェア』つって、マグダが可愛らしい制服を着るイベントをやるんだが……」

「後悔するッス! オイラ、今死ぬわけにはいかないッス!」

 

 変わり身の早い野郎だ。

 

「なんなら、アタシも参加してやろうか、そのフェア?」

「おまえのどこがぺったん娘だ!?」

「なんだ、マグダと妹とエステラのイベントかぁ。あたいも出たかったなぁ」

 

 おいおい、デリア。エステラを入れてやんなよ。あいつは今いろいろと忙しいんだから。

 

 何かに気が付いたのか、メドラが店内をぐるりと見渡す。

 マグダ、デリア、ノーマ、メドラ……と順番に指を差す。

 

「んじゃあ、今日は『獣っ娘フェア』ってわけだね!」

 

 ……お前がいなければ、素直にそう思えるんだけどな…………っ!

 

「あのぉ、あたしも獣っ娘ですよ~……」

 

 除外されてしまったロレッタが、小さな抗議の声を上げる。

 まぁ、お前は見た目に獣特徴なさ過ぎるしな。

 

「それじゃあ、みんな! 今から何か獣っ娘っぽいサービスを始めないかい!?」

 

 メドラが、なんとなくろくでもないことになりそうな提案をする。

 ……なんだよ、獣っ娘っぽいサービスって。

 

「……語尾に、『にゃ』」

 

 ……マグダ…………お前は本当に勇者だな。

 メドラがいない時にその提案をしていたのならば、俺は一晩中お前をいいこいいこし続けてやっただろう。

 だが!

 なぜ、今なのだ!?

 

「面白そうだね! それじゃあ、それでいくにゃ!」

 

 ……食いついちゃったぁーっ!

 

「あたいもやるのかにゃ? クマ人族なんだがにゃ~……にゃんか変な感じにゃ」

「ぅおお!? デリア、なんか可愛いぞ!?」

「そっ、そうかにゃ? にゃはは……ヤシロは、お世辞がうまいにゃ~」

 

 にゃ~にゃ~言って照れているデリアは実に可愛らしかった。

 これ、標準のサービスにしようかな?

 

「男ってのは、ホ~ントくだらないにゃねぇ。こ~んなことで喜ぶなんてにゃ~」

「ノーマ! お前はどこまで要領がいいんだ!? 前々から思ってたけど、頭いいよな? のみ込みが早いとかいう前に、思慮が深い」

「にゃっ!? にゃにゃ、にゃに言ってるんにゃね! お、おだてても、にゃんも出にゃいにゃよ」

 

 むにゃむにゃ言いながらノーマは胸元と口元を忙しなく触っていた。

 きっと、落ち着くために煙管を吸いたかったのだろうが、残念だな。陽だまり亭は全席禁煙なのだ。

 

「……ヤシロ」

「なんだ?」

「…………にゃ?」

「あ~、かわいいかわいい。マグダは素で可愛いよ」

 

 なんだかんだで、マグダは負けず嫌いで、こういうところでちゃんと構ってやらないと、後々長い間拗ねたりするのだ。……神経使うんだぞ、意外と。

 

「おに~ちゃんにゃ! あたしもちゃんとフェアやってるですよにゃ!」

「おぉ……一人出来てないヤツがいる……」

「なんでです? あ、にゃ! ちゃんと……にゃ、って……やってるにゃ……です?」

 

 ほら、もうどこに入れていいか分かんなくなってんじゃん。

 

「ヤシロさん」

 

 ジネットがふわふわとした足取りで俺のところまで歩いてくる。

 

「ウーマロさんのオーダーがまだですにゃ。早く注文を聞いてあげてほしいにゃ」

「…………なんで、お前までやってんの?」

「……変ですかにゃ?」

 

 ……ごめん、ジネット。可愛くて鼻血噴きそう…………

 

「んじゃあ、アタシが注文を聞いてやるにゃ!」

 

 ……ごめん、メドラ。怖くて吐血しそう…………

 

 しかし、本当の恐怖に凍りついていたのは俺ではなく、ウーマロだった。

 山のような巨体のメドラが身を屈め、ウーマロの顔を覗き込むようにして、満面の笑顔を向ける……その笑みはまさしく……魔神の微笑み。

 

「お客様ぁ~、ご注文はお決まりですかにゃ?」

「……ご…………ごっ………………ごふっ!」

「ウーマロ!?」

 

 血を吐きやがった!?

 強烈なストレスで胃に穴があいたのに違いない!

 

「しっかりしろ! 傷は深いが気にするな! 今、レジーナを呼んでやるからな!」

「……いや、これ以上…………濃い人は…………いらない……ッス…………ガクッ」

「ウーマロォォォオオオオッ!」

「なんの茶番にゃね、これは?」

 

 ノーマが涼し~ぃ目で俺たちを見下ろしている。

 やめろ。何かに目覚めそうだ、その視線。

 

 と、その時、陽だまり亭のドアが勢いよく開け放たれる。

 

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