異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

356話 しゅわしゅわ、すべすべ -3-

公開日時: 2022年5月9日(月) 20:01
文字数:4,121

 大急ぎで入った風呂から出ると、エステラが厨房で不貞腐れていた。


「……聞いてよ。デリアが寝ぼけてさ、ボクに抱きついてきて噛みついてきたんだよ……」


 言霊というものは存在するらしい。

 エステラの髪の毛はぼっさぼさに乱れ、首筋とほっぺたには歯形が付いていた。

 

「甘い物の夢でも見られていたんでしょうか?」

 

 くすくすと笑うジネットに「笑い事じゃないよ~」と泣き言を漏らすエステラ。

 なんとかデリアを叩き起こし、ギルベルタを起こす任を押しつけたらしい。

 酷さで言えばどっちもどっちだな。

 

 デリアで相当くたびれたのか、エステラはその後厨房の椅子に座りぐで~っとしていた。

 働け、居候。

 お客様気取りか。

 

 せめてハムっ子どもを拭く手伝いくらいしろ。

 つーか、ハムっ子ども! 拭いてるそばから寝るな!

 風呂に入ったんだからシャキッと目覚めろよ!

 間に風呂を一回挟んで二度寝できるとか、どんだけ睡眠好きなんだよ、お前ら!?


「ジネット……」

「うふふ。もう少し寝かせてあげましょう。きっと、今日もいっぱい走り回ることになるでしょうから」


 こいつらが走り回るのはこいつらの意思によるものだろうに……


「それに、朝ご飯が出来るころには目を覚ましますよ」


 寝て起きたら飯が出来てるって?

 いい御身分だな、お子様どもは。


 濡れた毛をしっかりと乾かしてから、再度布団の中に放り込んでおく。


 厨房に戻ると、勝手口の方からアッスントの声がした。

 

「おはようございます。おや、エステラさん。昨夜はお泊まりだったんですか?」

「……なんで分かるのさ? 早朝にやって来た可能性もあるのに」

「適度にお疲れで、でもその疲労感が非常に心地よい――そんなお顔をされていますから」


 さすがというか、他人の顔色をよく見てやがる。

 エステラがジネットに「そんな顔してる?」なんて尋ねている。


「あ、そうだアッスント。さっきな――」と、ネフェリーの卵の件を話し、事後承諾を取り付けた。

 で、追加の注文をしておく。

 

「ちなみに、今卵と牛乳って余ってないか?」

「この後別のお店に持って行く分でしたらありますが」

「それでは次のお店の方が困りますよね」

「いえいえ、ジネットさん。取りに戻ればいいだけの話ですので」

「いいんですか?」

「もちろんです。お譲りいたしますよ」

「やったな、ジネット! くれるって!」

「お売りいたしますよ」

「……ちっ」

 

 しぶちんめ。

 

 アッスントから牛乳と卵を購入し、一足先にホットケーキを作り始める。

 まず、卵白と卵黄を分けて――卵白を泡立てる!

 砂糖を三回に分けて混ぜ入れて、しっかりと角が立つまで混ぜるべし! 混ぜるべし! 混ぜるべし!

 

「さすがの手際ですね」

「まだいたのかアッスント?」

 

 一旦商品を取りに帰るんだろ? 早く帰れよ。

 

「ヤシロさんが直々に作る料理ですからね。この目でしっかりと見ておきませんと。市場から材料が足りなくなってしまっては大問題です」

 

 そんな騒ぎにはならねぇよ。

 ホットケーキならとっくに広めたんだ。

 スフレホットケーキにしたところで、目新しくもないだろう。

 

 メレンゲを作ったら、牛乳にバニラビーンズを入れて軽く温める。沸騰はさせない。ただの香り付けだ。

 すぐにバニラビーンズを取り出し、牛乳をボウルへ。

 そこへふるいにかけた小麦粉、砂糖、卵黄を入れ、ダマにならないように混ぜ合わせる。

 しっかりと混ざったら、泡立てたメレンゲを混ぜ合わせ――これを焼く。

 

 少し固めに生地を作ってあるので広がってはいかない。しかし、型でも作っておけばもっと綺麗に厚みを出せたよなぁ……ま、いっか。

 

「弱火にして、蓋をして蒸し焼きにする」

「普通のホットケーキより、随分とふんわりしていますね」

「メレンゲの気泡が活きてるから、食べるとしゅわしゅわと溶けるような食感になるはずだ」

「それは楽しみだね!」

「気泡により、しゅわしゅわの食感に……と」

 

 エステラが単純に盛り上がり、アッスントが小難しい顔でなんかメモを取り始めた。

 いや、だから、普通にスフレホットケーキだから。

 必死過ぎるんだっつの。

 

「片面がうっすらきつね色になったらひっくり返してもう一度蒸し焼きにする」

「ふふ。見た目が可愛いですね」

 

 もっこもこのホットケーキをひっくり返すと、ころんっと転がった。

 それを見てジネットが頬を緩める。

 

 最後に、竹串を刺して中の様子を確認する。

 刺した竹串に生地が付いてこなければ、中まで焼けていると判断して大丈夫だ。

 

「ま、こんなところか」

「では、試食してみましょう」

「待ってました!」

「あのっ、卵と牛乳をおまけしますので、是非私にも!」

 

 ちょうど四つ焼いたからいいけど……結局アッスントが最後までいた。

 

「じゃあ、バターを塗って、あとはフルーツソースか生クリームか、蜂蜜か、好きなものをかけて食ってくれ」

「えぇっ、悩むよ、ヤシロ!」

「ん~……では、私はフルーツソースというものをお願いできるでしょうか」

「はい。おかけしましょうか?」

「お願いします」

 

 アッスントの皿を取り、スフレホットケーキにバターを載せるジネット。

 熱でバターがホットケーキの表面を滑る。

 そこにスライスしたフルーツを載せ、三種のベリーソースをかける。

 小さなミルクピッチャーに蜂蜜を入れ、ホットケーキの横に泡立てた生クリームを添える。

 なんて贅沢な盛り付けだ。

 東京のオシャレなカフェだと1200円は取られそうな豪華さだな。

 

「すごいよ、ジネットちゃん……その盛り付け、最強過ぎる」

 

 エステラが感涙している。

 安いな、お前の涙。

 今朝は結構重みのあるものに見えたんだけどな。

 

「その盛り付けで、ホットケーキが二つほど載っていたら……どうだ?」

「それは見栄えもしてよさそうですね。確かに一つより二つ一緒の方がインパクトがありますね」

 

 火が通りやすいように小ぶりに作ってあるので、二個くらいはペロリと食べられてしまうだろう。

 やっぱ、ふっくらパンケーキは複数個一緒に盛られてこそ『映える』よな。

 

「んっ! しゅわしゅわして、甘くて、これっ、ヤシロ、これ、すっごく美味しい!」

「ヤシロさん……あなたという人は……。これは、また市場が荒れますよ! すみませんが、大至急やらなければいけないことが出来ましたのでこれで失礼いたします! ごちそうさまでした!」

 

 エステラがテンションを上げ、アッスントは出されたホットケーキをかき込んで大急ぎで帰っていった。

 だから、大袈裟だっつーのに……

 

「……そんな美味いか?」

「はい。ふんわりした口当たりとバニラの甘い香りが幸福感をもたらし、ソースのほのかな酸味がホットケーキの甘みとすごくよく合って、お口の中でわっしょいわっしょいしています」

 

 ジネットからの合格が出た。

 ……どれ。

 

「…………うん」

 

 まぁ、こんなもんだよな?

 我ながらよく出来た方だとは思うが。まぁ、こんなもんだろ?

 

「ヤシロ。なんだか感動が少なくないかい!?」

「いや、まぁ、俺は食ったことあるし」

「ズルい!」

「何がだよ」

 

 俺が食ったこともないようなもんは、当然作ることも出来ねぇもんだよ。

 

「じゃあまぁ、他の連中が降りてくるまでの間に作っておくか」

「あ、わたしもやってみたいです!」

「じゃあ、やり方教えるからホットケーキを頼む。俺はハムエッグとポテサラやるから」

「はい!」

 

 にっこにこのジネットにやり方を教え、レシピを直伝する。

 

「ねぇ、ヤシロ。この食べかけのホットケーキ、残すの?」

「欲しがるなよ。意地汚ぇな」

「違うよ! 美味しい料理を無駄にしてはいけないという正義感からだよ!」

「……男の食いさしでいいなら、食っていいぞ」

「わーい!」

 

「わーい!」なのかよ。

 いいのか、それで。貴族のレディさんよぉ?

 

「大きなフライパンが欲しいですね。一度にたくさん焼けるように」

「火加減難しいだろ?」

「あ、それにはコツがあるんですよ。実はですね――」

 

 楽しそうに、お料理の裏技なんてものを披露しつつ、ジネットがスフレホットケーキを焼いていく。

 大したもんで、俺が焼くより綺麗に丸く、分厚く、そして中まで均一に火が通った完璧なスフレホットケーキが出来上がっていく。

 これはもはや、プロというよりチートだな。

 料理スキルがカンストしてんだろう、もう。

 

「わはぁ~、なんだかいい匂いがするです!」

「なに作ってるのジネット? わっ、なにその可愛いの!?」

「うわぁ~、甘い匂いがする~! あたい、おかわり欲しい!」

「絶対美味しいですわね! ベッコさん、起きてくださいまし!」

 

 ばたばたばたと、匂いに釣られた女子たちが厨房へなだれ込んできて、一気に賑やかになる。

 

「ぉはよう、てんとうむしさん。じねっとさん、えすてらさんも」

「おはよう、ミリィ」

「ぉてつだいすること、ぁる?」

「じゃあ、そこで歌って踊ってくれ」

「ぇえ!? それ、何かの役に立つ!?」

「俺が癒やされる」

「私のミリィたんに近付くな、カタクチイワシ! ……が、しかし、ミリィたんの歌と踊りは見てみたい。是非!」

「ぉ、ぉどらない、ょ?」

 

 ギルベルタがマーシャを水槽に入れて運んできて、いよいよ厨房は狭くなる。

 

「お前ら、全員フロアに行って飯の準備してこい」

「任せてです! では、みなさん、お仕事ですよ! 働かざる者食うべからずですからね!」

「あたい手伝う! 一番頑張る!」

「いいえ、ワタクシですわ!」

「ふっ。領主の力、見せてくれよう!」

「じゃあ、私の分までよろしくね~☆」

 

 どやどやと人がいなくなる。

 その後、遅れてレジーナたちがやって来たのだが……

 

「なぁ。これ、どういう状況なんやろ?」

 

 レジーナは胸にマグダを抱き、背中にテレサを背負って、隣にカンパニュラを従えていた。

 敏腕ベビーシッターも顔負けのお守りっぷりだな。

 

「全然起きひんねんな、この二人」

「マグダ姉様もテレサさんも、朝は苦手なのです。レジーナ先生の匂いが落ち着くのかもしれませんね」

「え~、それはあんま嬉しゅうないなぁ……ほら、起きてんか~」

「……いえいえ、そちらこそ」

「しょちらこしょ……」

「え、なんの謙遜なんそれ? ウチ、めちゃ起きてんねんけど?」

 

 年下に振り回されるレジーナを見て、ジネットがクスクスと笑う。

 テレサをエステラに預け、揃ってフロアへ行ってもらう。

 

 買い出し組が戻ってくるころには、全員分のスフレホットケーキが焼け、朝食の準備が整った。

 

 

 

 

 

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