異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

145話 彼女たちの思惑 -2-

公開日時: 2021年2月22日(月) 20:01
文字数:2,764

 現実逃避をするなら、ここが一番だ。

 見慣れた怪しい店舗のドアを開く。

 軋んだ音がして、同時に薬品の香りが漂ってくる。

 

「よぅ、ホコリちゃん。邪魔するぞ」

「ちょい待ちぃや。なんで家主のウチやのぅて、ホコリちゃんに挨拶しとんねん」

 

 カウンターの陰からレジーナが姿を現す。『奥から』じゃないところがみそだ。

 

「……何やってたんだよ、そんなキノコが好みそうなじめっとした日陰で」

「アホやなぁ。そのじめっと感が落ち着くんやないかいな」

 

 こいつ、実はキノコの一種なんじゃねぇの?

 

「それで、今日はどないしたん? 香辛料が足りひんようになったんか?」

「いや……とりあえずお茶を一杯くれ」

「なんやのん。ウチは喫茶店ちゃうで? ……まぁえぇわ。適当に座っとき」

 

 言って、レジーナはカウンターの奥へと消える。

 カウンターの脇にあった椅子を持って壁際へ行き、そこに椅子を置く。

 すぐそばには、薬研やら、何かの粉が入った木の器が置かれた大きめのテーブルがある。

 

 椅子に腰掛けると、思わずため息が漏れた。

 相当疲れているらしいな、俺は。

 主に、精神面で。

 

「自分、知ってるかぁ?」

 

 お茶を持って現れたレジーナ。俺のそばに入れたてのお茶を置き、ニヤニヤした笑みを浮かべてこんなことを言う。

 

「ため息を吐くと、おっぱい縮むんやで」

「そういうのは、エステラに教えてやれよ」

 

 俺のおっぱいは縮みようがない。……って、おっぱいねぇわ。

 

「お疲れなんやね」

 

 俺のそばを離れ、カウンターの前に置かれた椅子へと腰を掛けるレジーナ。

 声は届くが、囁きは聞こえない。それくらいの、今の心境的には絶妙の遠さだ。

 

「最近、やたらと来客が多くてな」

「商売繁盛やな。えぇことやないの」

「そうじゃねぇんだよ」

 

 最近、やたらと俺を訪ねてくるヤツが多いのだ。

 昨日はウーマロが『街門完成後の、四十二区の開発案』を持ってやって来た。

 その前はヤップロックが、ポップコーンの品種改良について相談しに来たし、モーマットも、甘いトマトの栽培方法について議論をしに来ていた。

 ミリィも、ちょくちょく花を持ってやって来るようになったし、デリアも漁が無い時はずっと陽だまり亭に入り浸っている。

 

「それで、なんや疲れてしもぅたんやね」

 

 気が付けば俺は、レジーナに愚痴を言っていたようだ。

 静かで、時間の流れが他とは違う気がするこの場所と、多くを聞こうとしないレジーナの優しさに、安心感を覚え……つい、思っていることをしゃべってしまった。

 

「あいつらが言いたいことは分かるんだ……」

 

 どいつもこいつも、適当な理由をでっち上げては俺に会いに来やがる。

 そして「他意はないぞ」って顔をしながらも、妙に不安そうな目をして俺を見てくるのだ。

 

 

『ヤシロ。お前、どこにも行かないよね?』

 

 

 そんな思いを込めて。

 

 ……正直、勘弁してほしい。

 

 ヤツらが求めているのは、弱い者を助け、どんなピンチも必ず救ってくれる、スーパーヒーロー・オオバヤシロなのだ。

 そいつは、俺じゃない。

 

 俺は詐欺師で、この街に着くなり指名手配されちまって逃げてきた小悪党で、お人好しどもを利用してこの街での生活基盤を作ろうとしてる狡賢い男で……ただ、食い逃げをしちまった分の代金だけはきちんと返すと約束したから……だから、それでまだここに留まっているだけで………………

 

「マジで…………勘違いも甚だしいっつうの」

 

 静かで、薄暗くて、人の気配はあるのに無駄に話しかけてこない……聞いてんだか聞いてないんだか分からないヤツがそばにいて……だから、一人きりじゃなくて…………

 なんだか、レジーナの店にいると妙に落ち着く。

 だから、こんな弱音なんかが零れ落ちてしまうのだろう。

 いい迷惑だよな。悪い。

 

 悪い……ん、だけどさ、………………もう一言だけ……

 

 

「俺は、そんな大したヤツじゃねぇんだよ…………気付けよ、バカどもが」

 

 

 騙される方がバカなんだ。

 俺がいい人だなんて、すっかり騙されてよ……必死になって、時間使って……なんとか繋ぎとめようとかしてよ…………ホント、バカばっかだよな。

 

 …………まぁ、俺ほどバカなヤツはどこにもいないけどな。

 

 カップを手に取り、湯気の立つお茶に口をつける。

 ……苦っ。

 けど、不思議と不快感はなかった。

 今の俺には、これくらいの苦さがちょうどいい……とか、アホみたいなことを考えてしまった。

 

「なぁ、自分……」

 

 椅子に座り、カウンターに肘をかけて、ゆったりとした口調でレジーナが言う。

 

「もういっそのこと、なんもかんもぜ~んぶ投げ捨てて、尻尾巻いて逃げ出してしまうんも一つの手ぇなんやで」

 

 視線が交差する。

 レジーナは、どこか寂しげに笑っていた。

 

 何もかもを諦めたような、胸騒ぎを覚えるような、……空っぽの笑顔。

 

「カッコ悪い負け犬かて、生きる権利くらいはあるんやさかいな」

 

 その言葉を聞いて……レジーナの表情を見て……俺は、妙に納得してしまった。

 これまで、少しだけ気になりながらもずっと聞かずにいたことが、おそらくそこまで大きく外れていないのだと確信できたからかもしれない。

 

 レジーナは、バオクリエアを逃げ出してきたんだ。

 それも、そうしなければいけない……そうでなければ自分でいることが出来ないような理由を抱えて。

 

 こいつの生き方や考え方、技術や知識、そして生活水準を考慮して推論を立てるならば……

 

 レジーナはバオクリエアの権力者、もしくはその身内で、自身も腕のいい薬剤師なのだ。

 俺が来る以前からこんな辺鄙な場所に建つ家に閉じこもり、ろくに商売もしていないレジーナだが、こいつは一切金に困っていない。そればかりか、バオクリエアから独自のルートで香辛料を仕入れ、オールブルームで出回る貴族が愛用するような香辛料まで手に入れている。

 どこかから金が発生しているのだ。もしくは、もうすでに使い切れないほどの財を成しているのか……

 どちらにせよ、十代のレジーナがそんな風に振る舞えるのは、家柄か、その腕により地位を得たかのどちらかだろう。

 結果として、現在のレジーナはバオクリエアではそれなりの地位にいるはずだ。

 

 そして、レジーナはとても若いうちにある偉業を成し遂げた……勘でしかないが、教会のガキどもを救った感染症の薬を発明した……とかな。

 もしかしたら、最年少ナントカ、なんて記録を打ち立てているかもしれん。

 注目を浴びた者は、様々な思惑の渦にのみ込まれることになる。

 すり寄る者、悪意を向ける者、利用しようとする者……

 

 こいつが極度の人見知りで、ポジティブでありマイナス思考だったのはそういう理由からかもしれない。

 

 そんな連中に嫌気が差し、こいつはバオクリエアを出てオールブルームにやって来たんじゃないだろうか。

『嘘が吐けない』この街に。

 底の浅い、権力主義者どもを自分に近付かせないために。

 

 この街に入れば、下手な嘘は吐けなくなるからな。

 レジーナを懐柔するのは難しいだろう。

 

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