「アーシさ…………綺麗になりたい」
どうしたバルバラ?
熱でも出てきたか?
「テレサがずっと憧れていてくれるような、腕っ節だけじゃなくて女としてもすげぇ姉ちゃんで居続けたい!」
「意気込むのはいいが、明後日の方向に暴走はするなよ?」
「分かってるって」
どーせ分かってないくせに……と、思ったのだが。
「アーシはさ、テレサに生き方を押しつけたくないんだよ。今テレサな、トムソン厨房の手伝いして、新しい……えっと、可能性? ってヤツをさ、自分で見つけてきてさ、アーシ、すげぇ嬉しいんだ。……これまでは、みんなアーシの真似ばっかで、アーシと同じが大好きだったから……寂しいけど、テレサが自分でしたいこと見つけたことが、嬉しいんだ」
恥ずかしそうにはにかむバルバラの顔は、紛れもなく妹想いのいい姉貴の顔だった。
こいつも、ちゃんとテレサのこと考えてるんだな。
過保護になって囲い込むでなく、自分のことに手一杯で突き放すでなく。
ちゃんと自分とテレサ、二人一緒に成長しようとしている。
「でもさ、やっぱいつまでもすげぇ姉ちゃんでいたいんだよな。テレサがどんな道を歩いていても、その前に立って、いろんな可能性を示してやれるような、カッコいい姉ちゃんでさ」
努力をすれば何にだってなれる。
そんな可能性に満ちた時期の姉妹なら、それが理想的な関係だろう。
そのあと、道が定まったあとは後ろからそっと見守ってやればいい。
その辺は誰に教えられるではなく、周りの人間を見て自分で覚えていくものだ。
バルバラの周りには、いいお手本になる大人が多くいるってことだな。
そんないいお手本の一つに、こいつはなりたいのだろう。テレサにとっての。
「だからさ、英雄」
すっかり険の取れた、真剣な瞳が俺を見つめる。
「どうしたらすげぇ姉ちゃんになれるか考えてくれ!」
……こういうところが直れば手放しで褒めてやれるんだけどなぁ…………
「くすくす。世話の焼ける子ほど可愛いって、シスターが言っていましたよ?」
「その感覚、俺には一生理解できそうにないな……」
げんなりした俺の顔を一層げんなりさせるような発言をするジネット。
やめてくれ、俺の肩に妙な錘を載せるのは。
「とりあえず、今はダイエットってヤツをやってんだけどさ、あんまり綺麗になったって気がしないんだよなぁ」
「え? バルバラさんには必要ないのではないですか?」
少し肉が付いたとはいえ、バルバラはまだまだ痩せている。痩せ過ぎの部類だ。
そんなヤツがダイエットなんかしたところで綺麗になるわけがない。
「そうなのか? 食べる量を減らすと綺麗になるって、大通りの女の人が話してたぞ?」
「それは危険ですよ、バルバラさん!」
ばばーん!
と、ロレッタがドアを開け放ち登場する。
「食事制限は、正しく行わないと体を壊すだけでなく、美しさも損なうです! かくゆうあたしも、間違った食事制限のせいで一時期吹き出物が増えて泣きそうになったです!」
「ほぅ、ロレッタ。増えてたんだ、吹き出物」
「うぅ……思い出しただけでも泣けてくるです。あんな思いは二度と御免です……」
と、おデコをそっと隠すロレッタ。
そういえば、一時期鬱陶しいくらいに前髪を降ろしていたことがあったな。
アレ、隠してたのか。
「バルバラさん! 綺麗への道は一日にしてならずです! 自分磨きは地道に、けれど欠かさずに! これが鉄則です!」
「おぉ、ロレッタ! お前、なんか頼もしいな!」
「当然です! あの失敗の日から、あたしは生まれ変わったです! さながら、美の伝道師のように!」
「じゃあ、アーシのことも綺麗にしてくれ!」
「任せてです! このあたしが、『スゴ姉同盟』のバルバラさんを見捨てるわけないです! 一緒に綺麗になるです! そして――」
「そして……?」
「四十二区ナンバーワンぷりちー女子を目指すです!」
「おぉー!? ナンバーワンぷりちー!? いいな、それ!」
その『ナンバーワンぷりちー』って、知能指数は関係ない審査方式なのか?
総合点だと難しいもんな。
「……それは無謀というもの。なぜなら、四十二区にはマグダがいるから」
「ぬはぁぁあ! マグダっちょは確かに強敵です! けど……大人の魅力部門でなら勝てるです!」
いやいや。
ロレッタ、お前はまだ大人の魅力の領域には達してねぇよ。
きゃっきゃとかしましい女の子部門だ、お前はまだ。
…………部門?
「あ……」
「なにか思いつきましたか?」
ふと漏れたたった一音を聞きつけて、ジネットが俺の顔を覗き込んできた。
……だから、なんでそんな期待に満ちた目をしてんだよ。「あ」って言っただけじゃねぇか。
「いや、大したことじゃない」
「でも、何か思いついたんですよね? わたし、聞きたいです」
ここ最近、思いつきでいろいろとイベントを企画して、その度に結構しんどい目に遭ってきたからなぁ……迂闊に口にするのが躊躇われる。
だが、この企画を実施すれば、マグダの希望も、先行き不安な素敵やんアベニューの活性化も、いい具合に進行しそうなんだよなぁ…………
「その思いつきってのは、魔獣の肉の消費にも繋がるのか!?」
あ、ごめんウッセ。
お前の希望だけは掠りもしねぇわ。
そうそう毎回うまくすべての悩みが解決するなんてこと、ないもんなぁ。
「いやぁ、折角素敵やんアベニューが出来るからさ、美しさを競う大会とか、あっても面白いかなぁって」
いわゆるミスコンというヤツなのだが、いろいろな部門を作れば面白くなるかもしれない。
お子様部門や、五十歳以上限定のシルバー部門とか。
腹筋のバッキバキに割れたマッスル部門とか。
「お料理美人部門とか」
「それは面白そうですね! ……お料理の腕で競うのでしょうか?」
「いや。料理している姿と、作った料理の総合点だな」
昔、日本の雑誌でよく特集されていた『お嫁さんにしたいランキング』みたいな感じになりそうだ。
「お兄ちゃん、それいいです! 是非やるです!」
「それで優勝したら、テレサはアーシを尊敬してくれるかな!?」
「するです! 一番綺麗な姉は、全妹の憧れの的です!」
「よぉし! アーシ出る! 出て優勝する!」
「……しかし、マグダが全部門総ナメにするのであった」
「そうはさせないですよ、マグダっちょ!」
「そうだぜ! 勝負だ、チームリーダー!」
いや、まだチームリーダー呼びなのかよ、バルバラ……
「ヤシロ。一つ聞きたいんだけどさ」
いつからそこにいたのか、ドアに腕を掛けて、エステラがこちらへ視線を向けていた。
楽しそうな笑みを浮かべて。
「その大会の経費…………四十一区持ちだよね?」
「なんで俺だ!?」
「素敵やんアベニューの宣伝企画でしょ? 大丈夫、四十二区からも参加者を多数出すから、盛り上がりは保証するよ」
「テメェ、四十一区の金で好き勝手楽しむつもりだな!?」
「運動会、ハロウィンと、君がやってきたことじゃないか。自区で大きなイベントが出来るんだ、嬉しいだろう?」
「く……まぁ、やってやってもいいが……その代わり、手伝えよ!」
「うん。お金はビタ一文出さないけどね!」
「しみったれ!」
「お金に余裕なんかないんだよ、ウチは! 常にトントンだからね!」
いつの日か、エステラが豪遊できる日は来るのだろうか。
「というわけで、ヤシロ。早速打ち合わせといこうじゃないか。四十一区なら、景品に美味しいお肉が提供されそうだしね」
エステラのウィンクが俺と、ウッセへと向けられる。
よかったなぁウッセ、イベントに一枚噛めて。……「無償提供しろ」だってさ、魔獣の肉。宣伝費だと思って甘受しとけよ。
そうして、結局また俺はデカいイベントの運営委員に強制参加させられたのだった。
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