異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

49話 閑古鳥 -3-

公開日時: 2020年11月17日(火) 20:01
文字数:2,281

 かくして交渉は成立し、俺はパウラを連れて工事現場へと向かった。

 道中、そして現場にてパウラから情報を得る。

 

 細かい数字は省略するが、大まかに説明すると、これまで1000Rbで仕入れていたものに今後は7000Rb支払えと言われたのだそうだ。

 それを拒否すると、『災害のため食糧の生産量が落ちている』という、『精霊の審判』に引っかからない言い回しの脅しを受けたらしい。……確かに、『災害のため食糧の生産量が落ちている』よな。需要を満たすほどストックがあるかないかは別にして……

 そこで、アッスントはもう一段階の罠を張りやがった。

『今回だけ、食糧を2万Rbで購入してくれれば、今後の仕入れ値は7000Rbではなく、3000Rbで構わない』と、持ちかけられたのだとか。

 

 ……一見すれば、最初にまとまった金を払った方がお得に聞こえるが、結局のところ、それでも仕入れ値は上げられている。

 

 そのことを指摘するとパウラは「あっ!? ホントだ!?」と目を大きく見開いて驚いていた。

 ……この街の住人は心がピュアなヤツしかいないのか?

 

 とりあえず、そういうわけなので、『まとまったお金』を稼ぐような真似はやめておくようにパウラには言い含んでおいた。そんなことで自分の価値を下げるもんじゃない。

 

 そんな説教臭いことを言った後、ちょっとオッサン臭かったかなと反省したりしたわけだが……

 

「……うん、もうしない」

 

 パウラが素直にそう言ってくれたので、まぁとりあえずはよかったのかなと思うことにする。

 

「お兄さんって、いい人なんだね」

 

 この街に来てからよく勘違いされる。

 俺がいい人だったら、悪の秘密結社は慈善活動のNPO法人扱いをされてなきゃおかしい。

 

「ねぇ、名前聞いてもいい?」

「ヤシロだ。オオバヤシロ」

「……ヤシロ……か。うん、覚えた」

 

 そう言って笑った顔は年相応に見えて、なかなか可愛らしかった。

 きっと腹が膨れて機嫌がいいのだろう。

 

 

 …………さて、と。

 

 

 パウラから得た情報を、もう一度自分の中で整理していく。

 賄い料理を配り終わったら、少し街の中を歩き回る必要が出来てしまった。

 とりあえずモーマットのところとデリアにネフェリー……協力を頼めそうな場所には片っ端から顔を出すか。

 

 

 

 

 

 

 パウラと妹たちの働きにより、賄い料理の配布が終わり、一般住民への販売も終了した。

 今日の仕事はおしまいだ。

 

 帰り道で合流した二号店の方も、無事に完売したようだ。

 デリアとネフェリーは、まだ少しぎくしゃくした感はあったが、協力して作業に当たったようだ。妹たちが証言してくれた。

 

「ヤシロ。困ったことがあったらいつでもあたいに言えよ! 責任感のあるあたいがなんとかしてやるからな」

「ヤシロ。何かあったらすぐ私に相談してね。頼りになる私がなんだって協力するから」

「お兄さん。あたしも、いつだって力になるからね」

「「誰っ!?」」

 

 パウラを見てデリアとネフェリーが目を丸くしたり、身構えたり、ちょっと威嚇したりと、帰り道も賑やかだったが、俺の耳にはあまり入ってこなかった。

 

 気が付けば、俺たちは陽だまり亭の前にいた。

 パウラは大通りで、ネフェリーはその先の通りで分かれたらしい。……覚えてない。

 

「じゃあ、あたいも帰るな」

 

 手を上げて、デリアが悠然とした歩調で遠ざかっていく。

 背中だけを見ていると、「強いヤツに会いに行く」人のようだ。

 

「……さて、と」

 

 やるべきことか、やらなくていいことかと問われれば、おそらく俺がやるようなことではないのだろう。

 だが、俺はあくまで俺の利益のために行動を起こそうとしている。

 そうすることが、俺にとって最良であり、ゆくゆく大きな利益を生むと確信すら持っている。

 

 それでも、少し戸惑ってしまうのは……危険が付き纏うから、だろう。

 それも、『俺に』ではなく、俺の近くにいる者が最も危ない……

 

 最悪、区外追放くらいはあり得るかもしれない。

 そうなったら、店に迷惑をかけることになるよな。

 

 やっぱり、店長には話しておくべきか……

 

「ジネット。ちょっといいか?」

「はい」

 

 いつものように笑顔で、いつものように柔らかい声で俺を受け止めてくれる。

 お前に危険が及ぶなんてことにはなってほしくはないのだが……

 

 店をマグダとロレッタに任せ、ジネットを連れて俺の部屋へとやって来た。

 ジネットが長持に座り、俺はベッドだ。向かい合う格好になり、俺は話を始める。

 今日得た情報と、それに伴う自分の見解。それを裏付けるために取ろうとしている行動と、それに伴う危険性。そして、最終目標を洗いざらい打ち明けた。

 

 俺の対面に座り、ジネットはずっと黙って俺の話を聞いていた。

 

「…………と、いうわけなんだ」

 

 長い話を終え、渇いた喉を陽だまり亭のレモン水で潤す。

 喉がごくりと鳴って、コップ一杯の水を飲み干すと、ジネットがゆっくりと顔を上げ、そして優しく微笑みかけてくれた。

 

「ヤシロさんが正しいと思うことを、わたしは応援したいと思っています」

「お前に迷惑をかけることになるかもしれんぞ」

「平気です。もし、物凄い迷惑を被ることになったとしても……」

 

 柔らかかった笑みが、ここでパッと華やかな色に変わる。

 

「ヤシロさんがいますから、きっとその迷惑も、ヤシロさんがなんとかしてくださいます」

 

 イタズラを成功させた子供のように笑い、そして、少し恥ずかしそうに俺の顔を覗き込む。

 ……やれやれ。

 こいつはどこまで理解してんだかな。

 

 

 まぁ、一応許可は取った。

 ならあとは、俺の思う通りにやらせてもらう。

 

 

 

 俺の邪魔をするヤツを黙らせる。

 

 

 ついでに。

 四十二区の住人の生活がちょっとだけ楽になるかもしれんが――そんなもんは俺の知ったこっちゃねぇな。

 

 

 

 

 

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