異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

109話 勝利の後の憂鬱 -2-

公開日時: 2021年1月15日(金) 20:01
文字数:2,647

「で、どうすんだよ。そんなのがいたら街門はずっと作れねぇじゃねぇか」

「……平気。メスを倒せばスワームは自然と解体される」

「だから……それを誰がやるんだっつう話だよ」

「狩猟ギルドに依頼したよ」

 

 マグダの髪を撫でながらエステラが言う。

 最近エステラは、マグダの頭をよく撫でている。耳はマグダの許可がないからか触れたりしないが……本当はもふもふしたいんだろうなぁ……エステラ、前に可愛いのが好きだとか言ってたしな。

 

「狩猟ギルドの代表、ミスター・ダマレは乗り気だったよ。部隊を編成して早急に対応してくれるって」

「ほぅ。そりゃ随分な張り切りようで」

「……マグダがボナコンを狩ったから」

 

 冷やかな目でマグダが言う。

 あぁ……つまり、ここ最近マグダにいいところを持っていかれっぱなしで悔しいとかメンツが立たないとか、そういうことを思っているわけか……小さい男だな、ウッセ・ダマレ。

 

「……だから、支部長止まり」

「はは。辛辣だな、マグダは」

 

 耳の付け根ギリギリを攻めるような撫で方で機を窺うエステラ。

 もう素直に頼めよ、「もふもふさせてくれ」って。そしたら「……『ぺたぺた』と引き換えなら」って言い返されて「そんな交換条件はのめないよっ!」ってエステラが自分から断る。いつもの流れじゃないか。

 

 って、ちょっと待てよ。

 

「四十二区にある狩猟ギルドは支部なのか?」

「……本部は四十一区にある」

「街門があるからね。活動しやすい場所に本拠地を置くのは当然だろ?」

 

 確かに。木こりギルドもあえて四十区に本部を置いてるんだっけな。イメルダが言うには、木こりギルドに所属する多くの者が、二十区以上の高級地区に住んでいてもおかしくないレベルなんだそうだ。

 だが、四十区の街門を主に使用するために四十区にいるのだ。

 

 狩猟ギルドも同じなんだな。

 

「で、なんで四十二区に支部なんかあるんだ?」

「四十二区の森には魔獣が住んでいるからね」

「あぁ……いたなぁ、たしか」

 

 食虫植物に捕食された後、全力でじゃれついてきたバカデカいネコみたいな魔獣が……思い出したくもない過去だがな。

 

「……極たまに、外壁を越えて魔獣が侵入することもある。四十二区の外の森には、それくらいのことが出来る危険な魔獣が生息している」

「それから街を守るために支部を置いてもらっているのか」

 

 ってことは、かなりの優遇がされているのだろう。

 どうりで偉そうにしているわけだ。

 

「……っていう話は、以前したと思うけどね」

「そうだっけ?」

「四十二区に関する事柄は、一応一通り君に話したはずだよ」

「すまんが、俺は物忘れがすこぶるいい方でな。興味のあることしか覚えていたくないタイプの人間なんだ」

「……まぁ、その都度説明してあげるけどさ…………」

 

 すごく面倒くさそうな目で見られている。

 よせよ。そんなに見つめんなって。照れんじゃねぇか。

 

「まぁ、そんなわけで、一週間程度作業は止まることになるんだ」

「一週間で終わるんだろうな?」

「曲がりなりにも、プロの狩人たちだよ? 期待には応えてくれるさ」

「……ウッセ・ダマレは、性格は悪いが腕はいい」

 

 まぁ、マグダがそう言うなら信じてやるか。他に手立てもないしな。

 

「マグダは参加しないのか?」

「……来るなと言われた」

「これ以上マグダに手柄を立てられたくないってことか? 小せぇなぁ」

「……それもある。けど、『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』は、群れを狩る際には足を引っ張る可能性がある」

 

 相手が一体の場合、無敵の強さを誇る『赤モヤ』だが、使用後は激しい空腹のためしばらくの間理性が働かない、バーサーカーモードに突入する。

 確かに、多数対多数では少し扱いにくいかもしれん。まぁそれも、指揮官次第でコントロール出来なくもないはずだが……命がけの狩りをする者たちにとっては、少々脅威かもしれんな。

 

「まぁ、アレだ。適材適所ってヤツだ。マグダは一人でボナコンを狩れる。今回はちょっと向いてないだけだ」

 

 どことなく、マグダが気落ちしているように見えて……俺はそんな言葉を口にした。

 エステラに代わり、マグダの頭に手を載せる。

 耳をもふもふとすると、マグダが腰に抱きついてきた。

 

「……別に、落ち込んでない」

「そうかい。んじゃあまぁ、ヤツらに華を持たせてやるとしようぜ」

「……高みの見物」

「だな」

 

 耳をもふもふする度に、マグダがギューと抱きついてくる。

 結構気にしていたらしい。

 こいつはなんだかんだで、狩猟ギルドの一員であることに誇りを持っているからなぁ。

 

「……いいなぁ、もふもふ」

 

 エステラが羨ましそうに見つめている。

 そんなにもふりたいのかよ……

 

「なぁ、マグダ。エステラがもふりたいってよ」

「…………」

 

 のそりと顔を上げ、エステラの方へと視線を向ける。

 するとエステラは、ここぞとばかりに満面の笑みで精いっぱいの友好アピールをしてみせる。

 ……だが、やはりマグダはそう甘くはなかった。

 

「……『こりこり』と引き換えなら」

「どこを摘まんでこねくり回すつもりだい!?」

 

 ……俺の想像を大きく超えてくるとは……マグダ、底が見えない娘である。

 

 と、いうかだ……

 

「街門も問題ではあるんだが……」

 

 俺はチラリとジネットを見る。

 

「あぁ、困ったです! とってもとっても困ったです! あぁ~、誰かあたしの悩みを聞いてくれる人はいないですかねぇ~チラッチラッ」

「おい、ロレッタ……邪魔だ」

「邪魔は酷いです!?」

 

 俺がジネットを見ているのに、その視界の中に割り込んであからさまな構ってちゃんオーラを発散し続けるロレッタ。……何がしたいんだよ。

 

「ロレッタさん。何かお困りなんですか?」

 

 騒がしいロレッタに、ジネットが話しかける。

 ジネット、いい加減学習しろよ。こういう時のロレッタは、しょうもないことしか言わないんだぜ?

 

「実はですね、店長さん!」

「はい、なんでしょう」

 

 ジネットは労わるような笑みを浮かべてはいるのだが……その表情にはどこか疲れが見える。

 

「店長さんがなんだか元気がないので、なんとか元気にしてあげよう大作戦をしたいです!」

「えっ!? わたし、元気ないですか?」

「あっ!? これ、店長さんに直接言っちゃいけないヤツでしたです!?」

 

 ……おいおい。

 

「あ、あの……わたし、そんなに元気がないように見えますか?」

 

 ジネットは不安そうに俺たちを見つめる。

 正直、元気がないように見える。

 

 実はここ最近、陽だまり亭に妙な客が来るようになってしまったのだ。

 なんというか……悪意の見え隠れする、なんとも気持ちの悪い客『たち』だ。

 ゴロツキどものような直接的な悪意ではないのだが……

 

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