異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加49話 息を合わせてワンツーワンツー -1-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:2,700

 長い戦いが始まる。

 

 200メートルのコースに様々なトラップが仕掛けられている。

 そう。障害物競走だ。

 学生の頃、足の遅い生徒でもワンチャンあった稀有な競技。

 

 四十二区の区民運動会でもそのようなポジションになってくれるかと思ったのだが……

 デモンストレーションで俺の甘い考えは弾き飛ばされた。

 

 マグダやデリア。

 あいつらには絶対勝てない。

 だって、障害が障害になってないんだもんよ!

 

 あいつらは、どんなに足場が悪かろうが、どんなに狭い場所だろうが、どんな足枷を付けられようと、生まれ持ったパワーで乗り切ってしまうのだ。

 むしろ、仕掛けを施したせいでより一層差が開いてしまう。

 

 たとえば、『2メートルの壁を超える』という障害があったとする。

 俺たち普通の人間はえっちらおっちらよじ登るしかないが、連中は一っ跳びで越えていってしまうのだ。

 

 そんなことが出来るのはマグダくらいだと思って、俺はノリノリで障害物競走を提案したのだが……

 

 デリアにノーマにナタリア……まぁ、この辺は予想できたんだが、パウラやミリィもマグダたちほどではないにせよ、俺なんかとは比べ物にならない速度とパワーを見せつけていた。

 そして、驚くなかれ……モーマットやウーマロですら俺より圧倒的に速いのだ!

 俺、小中と学校の運動会で障害物競争九年連続一位だったのに!

 ……徒競走よりも酷い状況に、俺は唖然とするしかなかった。

 

 そして、一番問題視されたのが、ウッセ率いる狩猟ギルド四十二区支部の狩人たちだ。

 連中、獣人族でもないのに驚異的な強さを見せつけやがった。

 経験と狩人の感性が、獣人族たちの持って生まれた特殊能力をも凌駕した形だ。

 パウラやミリィではとても太刀打ちできないレベルだった。

 

 ウッセ曰く、「外の森では1ミリの誤差で命を落とし、一瞬の迷いで命を落とす。判断力と身体コントロールは狩人の基本だ」ということだそうだ。

 魔獣の懐に飛び込んだり、攻撃を紙一重でかわしたり、そんなことを日常的に行っている連中にとって、障害物競走など児戯に等しいと、鼻の穴を膨らませて自慢げに語ってやがった。

 ……その割にはパン食い競争で苦戦してたよな、おい?

 

 最初は、網くぐり、平均台、絶壁乗り越え、麻袋ジャンプなんかを企画していたのだが……これらは狩猟ギルドの得意分野だと分かりエステラから待ったがかかった。

 あまりにも他のチームに不利になるから、という理由でだ。

 それくらいに、狩猟ギルドは強かった。

 

 競技の中止も検討されたのだが、競技自体は面白そうだとエステラが食いついてなんとか公平性を保つ方策はないかと頭を悩ませた結果、これが得意なヤツには足枷を付けることにして残留が決定した。

 当然、何十キロもある鉄球を足首に付けるわけではない。

 ……いや、発想は同じか。

 

 まぁ、要するにだ。

 

 

「二人三脚障害物レースに参加される選手の皆さんは、入場門に集合してください」

 

 

 ――ということになった。

 簡単に言えば、徒競走で足の速かったヤツと足の遅かったヤツを組ませて、二人三脚で障害物競争をさせようというわけだ。

 といっても、正確にタイムを計ってトップと最下位を組ませる――なんてことはやってられないので、ざっくりと半分で分けて速いチームと遅いチームの中から一人ずつペアにしていくという方法をとる。

 

 俺?

 俺はもちろん遅いチームだ。

 徒競走では、組み合わせに恵まれずに最下位だったからな。

 うんうん。あれは相手が悪かったよな。

 

「コメツキ様」

「大変な事態です」

 

 イネスとデボラが血相を変えて駆け寄ってくる。

 そして深刻そうな表情で告げる。

 

「私たちは参加資格がないそうです」

「一体、なぜ……」

「お前ら、徒競走出てねぇじゃねぇか」

 

 徒競走での順位を基に速い遅いのチーム分けを行う関係上、不参加だったこいつらは障害物競走にも参加できない。

 しまったな。そのことを言い忘れていた。

 

「まぁ、応援しててくれ」

「仕方ないですね」

「では、リベカ隊長の元、応援してくるにゃん」

「にゃん」

「ちょっと待って、お前らいつかわいい隊に入った!? で、その『にゃん』は可愛い要素なのか!? おい! ちょっと!」

 

 まずい。

 他所の給仕長が今日一日でどんどん壊れていく……

 が、たぶん俺のせいではないので気にしないようにしておこう。

 

 

 そうして、厳正なる抽選の結果、俺はこいつと組むことになった。

 

「……マグダに任せておけばオールOK」

「おう。よろしく頼むな」

 

 徒競走でモリーと名勝負を演じ見事に勝利したマグダが、組み合わせの不運により最下位になってしまった俺とペアになった。

 あの組み合わせじゃなかったら、もう少し俺も成績よかったと思うんだよなぁ。『特等席』になんかこだわらずに走れただろうし。

 まぁ、過ぎたことだ。今さら何も言うまい。

 

「……ヤシロが徒競走において、揺れる乳見たさにほぼ競技を放棄した結果、真のエースであるマグダと組むことになった」

「過ぎたことだ、何も言うなって」

「……障害物競走では他所の乳揺れを鑑賞するために立ち止まったりはさせない」

「その点に関しては大丈夫だ」

 

 俺が最後の最後まで抵抗して残そうとした麻袋ジャンプ。

 麻袋に下半身を入れ麻袋の縁を手で持って、両足でジャンプしながら一定区間を移動するというものなのだが……それが、カットされたのだっ! ……その日の晩、俺は涙で枕を濡らしたね。

 両手が塞がり、尚且つ全力でジャンプするなんて、おっぱいを揺らすためだけに存在するような麻袋ジャンプ。

 それが……削除されたのだ…………

 代わりに導入されたのが、ワニ革に似た頑丈な魔獣の革を筒状にした物を寝かせて、その中に入って移動する『キャタピラ』だ。小学校では段ボールを使ってやっていたヤツだ。ほら、フタと底が開いた段ボールに入って、四つん這いでガサガサ動いていくヤツ。あれだ。

 

 ……全然揺れが見えないものになり果ててしまったもんだよなぁ。麻袋ジャンプの方が面白いのに。盛り上がるのに。体の中で最も盛り上がっている部分でもっともっと盛り上がれたのに!

 

「マグダ……俺、ちょっと泣いてくる」

「……残念。もう競技が始まる」

 

 ちぃっ!

 この街は静かに泣かせてもくれないのか!?

 

「……ただし」

 

 丸まる俺の背中をそっと撫で、マグダがささやくような声で言う。

 

「……マグダの横乳なら、チラ見OK」

「ほっほぅ、横乳ねぇ」

 

 俺は2Dを側面から見る能力を有してないんでなぁ、ちょっと無理かもなぁ。

 昨今の映画は3Dで飛び出すのが当たり前なようだが、マグダやエステラじゃ3D対応の映画ですら2Dなのだろうな。……おっといけない。関係ないエステラの名前がついつい出てしまった。

 まったく、どこにでも紛れ込んでくるんだから、エステラのヤツ。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート