「なんだこのガキ、踏み潰すぞ」
こまっしゃくれたガキ数名を、めっちゃ圧をかけて見下ろしてやった。
ぷぷっ、ビビってやがんの。
「あ? なんだ、兄ちゃん? うちの倅がなんかしたか? お?」
すると、俺の顔に影が覆い被さってきた。
見上げると、3メートル弱もあろうかというデカいオッサンがめっちゃ圧のこもった目で見下ろしてきていた。
きゃー、食われるー。
そのデカさで見下ろしてくるとか、お前は妖怪・見上げ入道か。
「おい、やめとけ」
タイタが見上げ入道を諫める。
いいぞ、タイタ。
俺を救え。で、俺は安心してガキをイジメる。
「止めねぇでくだせぇ、親方! こういうヤロウは、力で分からせてやらにゃあならんのでさぁ!」
なんて野蛮な。
そーゆー教育方針だから、倅がクソガキに育つんだぞ。
「どうしてもってんなら、止めねぇが――」
いや、止めろよ、タイタ!?
瞬殺されちゃうよ、俺!?
たぶん、お前が思っている以上に弱いからな!?
鼻息で吹っ飛んじゃう可能性あるからね!?
まぁ、そんなことはおくびにも見せず、澄まし顔で睨み返してるワケですが。
「――その兄ちゃんは、デリアのお気に入りだぞ?」
「ぐ……っ!」
見上げ入道が言葉に詰まり、額にデッカい汗の粒を浮かべた。
わぁ、デリアすごぉ~い。こんな遠く離れた区にまで名前が轟いちゃってるんだぁ~。
「おまけに、オメロの恩人だ」
「オメロさんの!? ま、まさか!? あんた、オオバヤシロさんかぃ!?」
えぇ……俺の名前知られてんの? つか、どんな風に噂されてんの?
それよか、『オメロさん』って。
アイツって、誰からもいじられる愉快ないじられキャラなんじゃねぇの?
なに、このほのかな敬ってます感?
最強世代とか言われてたけど、オメロだぞ?
泳げない、いつも洗われてる、見る度に半泣きの、あのオメロだぞ?
「もひとつ言っとくとね」
と、ルピナスが面白がってます感満載の表情で前へ出てくる。
「その彼が、噂の『カタクチイワシ様』なのよ」
「えぇぇぇええええっ!? こちらの方が!?」
なんかめっちゃ敬われたぁ!?
いや、怖っ!?
なに!?
三十五区、怖っ!?
「こほん。ルピナスよ。……その話はするでない」
「あら、まだ秘密なんですね、ルシア様」
「秘密……というほどのことでもない。ただ、取るに足らぬ噂には取り合う必要がないだけだ」
ルピナスの言葉に、ルシアが顔をしかめる。
つか、ちらってこっち見て視線逸らすんじゃねぇよ。
そーゆー態度が意味深に映るんだっつーの。
「いや、ヤシロ……、カタクチイワシ様って」
「俺に言うなよ、微笑みの領主様」
ここの連中からの敬いは、身に覚えのないことなんだよ。
そんなイタイ子を見るような目で俺を見るな。
「うわぁ~」とか呟くな。聞こえてんだよ、ばっちりな。
「……くっ、だ、だが……」
見上げ入道が額から汗をだらだら流しつつ、自身の息子だというこまっしゃくれたガキの肩に手を置く。
「子供同士のことに、大人が口を出すもんじゃねぇぜ! ……だと、思います、すみません」
なんか後半一気にしぼんでいったな、気概みたいなもんが。
「まぁ、確かに。子供らには子供らの付き合い方ってもんがあるしな」
タイタが見上げ入道の意見に賛同する。
は?
お前、いいのかよ?
カンパニュラが、こんな可愛げの欠片もないクソガキに暴言吐かれてよ、俺の後ろで怖がって小さくなってるってのによ。
「タイタ、ないわー」
「あの……父様には、父様なりのお考えがあるのだと……思います」
そんなバカ親を、カンパニュラが擁護する。
庇わなくていいのに。
「じゃあ、タイタ。もしガキどもが『今から海で遠泳で勝負だ』とでも言い出したら、お前はカンパニュラを海に行かせるのか? ……死ぬぞ?」
分け隔てなく平等にというのと、全員に同じ条件を課すってのは違うぞ?
そんなことないというなら、お前は今からメドラと素手で殴り合ってこい。
双方ともに武器無しでのデスマッチなら平等だろう? 決して公平ではないけれどな。
「お前は両親にそういう風に育てられ、デリアの親父にそう躾けられたのかもしれんが、お前とカンパニュラは違うぞ」
もしそれが分からねぇようなバカ親父なら、カンパニュラは返さねぇぞ。
「……確かに、そうだな。悪かった、カンパニュラ。お前のこと、もっとちゃんと見てやるべきだったな」
「いえ。父様はお忙しい方ですから」
「意訳。お前に期待なんかしてねーよ、ばーか」
「ごめんな、カンパニュラぁぁああ!? トーチャン、心を入れ替えるから! 大好きだからぁぁああ!」
「はい。十二分に存じておりますよ」
「……ヤシロ。絶妙なタイミングで的確に他人の心を抉る天才だよね、君は」
エステラからの称賛を耳に、今度はルピナスへ視線を向ける。
「ルピナスもタイタと同じ意見なのか?」
「そうねぇ……。川漁ギルドのオッカサンとしては、誰の子であろうと平等にっていうのが基本だったかもしれないわね」
元気過ぎるくらいがちょうどいい。
確かに、ここのガキ連中はそんな育てられ方をしているかもな。
力関係を明確に示して従わせる、パワハラなんて言葉がなかった時代の運動部ばりの縦割り社会なんだろうが……
カンパニュラは体の弱い女の子だぞ?
こんな、二階から突き落としても死にそうにないガキと同等の扱いは無理があるだろう。
「……ただ、一人の親としては、いい気はしないわよ……ねぇ?」
「パック! お前、謝れ! 今すぐ謝れ!」
見上げ入道がガキの後頭部を掴んで強引に下げさせる。
あぁ……タイタはなんとかなるけど、ルピナスには逆らえないんだ。
もうルピナスがギルド長やればいいのに。
「なんだよぉ! 父ちゃんだって、いつも言ってんじゃんか! あんなひ弱な子供じゃ川漁ギルドの将来が不安だって!」
「ばっ! それはっ!?」
ほほぅ……
ま~ぁ?
ガキが口にする悪態なんてもんは、基本的に親が陰で言っていることだったりするわけだしな。
そうかそうか。
川漁ギルドの連中は、カンパニュラが川漁ギルドを引き継ぐことを不安視していたわけか。
そりゃあな? 毒にやられてまともに動けなかったなんてこと知らないわけだし? 同じ年齢のガキ連中に比べれば体力も腕力もない貧弱な女の子に見えたろうし? そんな子じゃ、将来結婚して婿を取るにしても、力で統率を図るような川漁ギルドのトップを任せるのは不安だったよな?
それは、ある意味仕方ない。
仕方ないが……
「親が、ガキの前で口にする言葉は選べよ――ガキはお勉強したことだけを覚えるワケじゃねぇんだぞ?」
見上げ入道を見上げて睨み付ければ、「お、おぅ……っ」と、二歩後ずさりやがった。
カンパニュラは、川漁ギルドのガキどもの遊びにはついていけず、一人で過ごす時間が多いと言っていた。
そんなことが続き、自分は何者にもなれないのだと悲観していた。
だから、自分に出来ることを必死に探すようになっていた。
こんな小さい子を追い詰めやがって……
「確かに、デリアの親父さんは素晴らし人間だったのかもしれねぇな」
しみじみとそう思った。
「だってよ、四十二区の川漁ギルドの連中は、ガキや弱いヤツに対してそんなくだらねぇことは口が裂けても言わねぇからな。それに比べて三十五区は……、躾が行き届いてねぇんじゃねぇか、タイタ?」
「それは……」
四十二区の川漁ギルドの連中はバカばっかりだが、能力が劣る者を腐すことも、陰でこそこそ誰かを貶めるようなこともしない。
そんなことをするヤツがいたら、もれなくデリアの鉄拳制裁が下る。
「くだらねぇことしてんじゃねぇよ!」と怒るデリアの顔が容易に想像できる。
「ルピナスもだぞ。もう少し、娘のことを見ていてやれよ」
「……そうね。今となっては、自分が如何に至らなかったか、身に沁みて分かるわ」
ルピナスも反省しているようだ。
娘を溺愛はしていたのだろう。
だが、カンパニュラは出来過ぎた娘だった。
おのれのつらさを表に出さず、誰にも悟らせなかった。
両親にすら気付かれないようにひた隠しにしてきた。
ガキどもの輪に入れず自分を不出来だと思い込み、両親に迷惑をかけないようにと一人で我慢をし続けてしまった。
カンパニュラが特殊過ぎるってのも、まぁ、原因の一つではあるから、一概に責められるわけではないんだが……
「父様も母様も悪くはありません。私が、上手に甘えられなかったのがいけないのです。四十二区のみなさんと出会った今なら、そう思います」
――と、こういう思考に至ってしまうからなぁ、カンパニュラは。
カンパニュラがウィシャートの子飼いに脅されたことも、毒を盛られたことも、ルピナスたちは知らなかった。
川漁ギルドっていう一つの集団をまとめ上げる立場にあり、娘が手のかからないいい子なら、もしかしたら細かい異変には気が付けないものなのかもしれない。
でも、甘え方が下手なのは、ちゃんと甘えさせてやる環境が整っていなかったからだろう。
「私たちも、成長するわ。最愛の娘に置いていかれないように」
「お、おう! オレも! オレも成長するから! 大好きだからな、カンパニュラ!」
「はい。私も負けないよう、精進いたします」
お前の精進は速度が凄まじそうだな。
テレサ以上の成長速度を叩き出しそうだ。
「カンパニュラ。四十二区に帰ったら、ジネットやデリアに今日のこと話してやろうな」
「はい!」
あそこに帰れば、いくらでもカンパニュラを甘やかしてくれるヤツがいる。
今は、きっとそういう環境が必要なんだ。
しっかり変われよ、両親。
でないと、マジでもらっちまうからな?
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