異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

135話 開会式 -2-

公開日時: 2021年2月12日(金) 20:01
文字数:2,777

「わぁ! 広いですね!」

 

 四十二区に用意された待機スペースに到着する。と、そこからの光景に若干圧倒された。

 観客席に囲まれた中央ステージ、その脇に用意された関係者の待機スペース。

 そこから観客席を見ると、物凄い威圧感を覚える。これだけの人間に見られていると思うと、胃がキュッと縮み上がる思いだ。舞台に立つ役者やスポーツ選手ってのはこんな気分なのかね。

 

「わ、わたし……出場しないのに……なんだか、緊張してきました」

「大丈夫……俺もだ」

 

 ジネットも俺も、割とお気楽なポジションであるにもかかわらず言い知れない緊張感を味わっている。選手じゃなくてよかった……マジでよかった。

 

「こっからだと、試合がよく見えるな! へへっ、あたい選手になってよかった!」

「……同意。特等席」

「ここからなら、声援も届きやすそうですね」

 

 当の選手たちは、意外と落ち着いたもんだった。デリアもマグダもベルティーナも……あいつら、緊張とかしないのかね? しないんだろうな……

 

「待機スペースなんて言うから、あたいはもっとこう……狭い部屋に詰め込まれて全然楽しくないのかと思ってたんだよな」

「待機している人間が見えるのも、なかなか面白いもんなんだよ。こういう大きな大会だとな」

 

 陣営に動きがあると、「お、なんかやってるな?」と気になったりして、それはそれで楽しめる。結構な長丁場になるからな。観客には見るものを数多く提供しておくに限る。

 

 待機スペースも、いわば一種のエンターテイメントのようなものなのだ。

 ……ってのは、ちょっと盛り過ぎか?

 

 待機スペースといっても、簡単な椅子と机がいくつか置かれているだけで、基本何もないスペースなのだが。

 多くの者は立つか地べたに座ることになるだろう。一応、選手には椅子が用意されているわけだ。まぁ、座りたいヤツが座ればいいさ。

 

 縦5メートル横4メートルと結構な広さを用意してある。なにせ、ここには出場者と料理番、それから俺みたいな関係者が待機することになるのだ。相応の広さは必要なわけだ。

 

 料理は観客席からも見える特設キッチンで作るのだが、いつ、どの区が料理をするかは試合が始まる直前に決まるため、各区の料理番は各々のスペースで待機ということになっている。

 客席の入れ替えと、次の試合の料理の準備のため、各試合の間には一時間のインターバルが挟まれる。ザックリとだが、準備期間も含めて二時間で一試合を消化する計算だ。

 

「あら、ヤシロさん、みなさん。ごきげんよう」

「お前は、普通にこっちにいるんだな、イメルダ……」

 

 四十二区の待機スペースにイメルダがいた。

 これから各区対抗試合を始めるというのに、実家の四十区ではなく、現住所の四十二区にいていいのかとも思うのだが……

 

「キツネの人もこちらにいるではないですか」

「お、おおお、オイラは、せ、せせせ、選手、候補ッスかららららっ!」

 

 ウーマロがガチガチに緊張しながら反論をする。

 こいつの緊張は大会前のソレではなく、女性に話しかけられないというヘタレ精神によるものだが。

 つか、もっと堂々としてろよ。イメルダはお前のことをライバルと認め、相当高く評価してんだぞ? まぁ、本人は絶対口にしないだろうけど。

 

「ちょいと、ヤシロ!」

 

 イメルダと話をしていると、突然背後から襟首を引っ張られ気管が押し潰された。

 ……し、死ぬかと思った。

 

「何しやがる!?」

「それはこっちのセリフさね!」

 

 振り返ると、怒り心頭に発した感満載のノーマが腰に手を当てて立っていた。

 ポンポンが、超目立つ。

 

「おぉっ! 似合うな!」

「似合うなじゃないよっ! なんだいこの格好は!?」

 

 いつもの少々気だるげな大人の色香はどこへやら、今日のノーマは朝からツンケンしている。

 服装は、堪らなく色っぽいのに……

 

「その格好はな……、チアリーダーというヤツだ!」

 

 拳を握り力説する。

 と、ポンポンで顔面を「ふぁっさ~」と叩かれた。

 

「こんな足を出した格好で一日いろってのかい!?」

 

 おぉ、そこかぁ、気になるのは。

 確かに、普段はスリットの入ったロングスカートだから、足はさほど露出してないもんな。そうかそうか。ノーマは足が恥ずかしいのか。

 俺的には、胸元が殊更強調されてるチア服を作り上げたウクリネスにグッジョブと言わざるを得ない気分なのだが。

 

 今回、ノーマをはじめ、四十二区の有志には『応援団』をお願いしてある。

 全試合をいい席で見られるとあり、みんな二つ返事で了承してくれたのだ。その際、「応援団だから、応援団らしい格好をしてくれよ」と言っておいたのだが、どうもノーマは気に入らないらしい。

 メチャクチャ可愛いチア服なのに。超ミニスカートで、胸元は谷間ガッツリで、両手に持った『ポンポン』が異世界において容赦なく違和感を発揮していてそういうアンバランスな感じがグッとくる。

 

「とても素敵ですよ、ノーマさん」

 

 ジネットがキラキラとした瞳でノーマの格好を称賛する。

 

「そ、そう……かい?」

「あぁ、よく似合っている。それで応援されればみんなやる気も出るだろう」

「こ、こんなもんで喜ぶのはヤシロくらいのもんさね」

 

 ジネットをフォローする形でノーマを褒めてやると、ノーマはちょっとした憎まれ口を叩いた。だが、満更でもなさそうだった。

 

「ノーマ姐さん、色気炸裂です!」

「……熟れた果実」

「あんたらからは悪意を感じるよ!」

 

 ロレッタとマグダの賛辞は受け入れられなかったようだ。

 

「ヤシロ~、見て見て! 可愛い?」

「あたし、料理番なんだけど!?」

 

 ノーマと同様、チア服に身を包んだネフェリーとパウラがこちらへ駆けてくる。

 ……って、お前ら、今さっき俺らと一緒に入ってきたところだろう……仕事が早ぇなウクリネス。

 つか、胸の谷間が強調されてるのってノーマだけなんだな。こいつらのは普通のチア服だ。

 ウクリネス……お前、やっぱ分かってるよなっ!

 

 ふと見ると、四十二区の待機スペースの後方に木製の衝立が設けられており、どうもあそこが更衣室のようだ。観客席から覗けたりしないだろうか……だったら俺も一般席の方へ……

 

「残念ながら、覗けない仕様になっていますよ」

 

 ホクホク顔のウクリネスがやって来る。

 こいつは最近、女の子に新しい服を着せることに快感を見出しているように見える。性別は女で間違いないが、きっと心はオッサンなのだろう。そうに違いない。

 

「あぁ……ネフェリーさん、可愛い……」

 

 うわぁ……変質者が紛れ混んでる。

 

「何やってんだよ、パーシー? お前は完全に部外者だろう?」

「あんちゃんが来ていいっつったんだろ!?」

 

 そうだっけ?

 いや、しかし、それにしてもだ。ネフェリー見たさに四十区を裏切って四十二区にやって来るかね?

 

「謀反だな」

「恐ろしい言い方すんじゃねぇよ! 自分の街のことはもちろん大切だが、あ……愛は、もっと大切だろ?」

 

 照れるなら口にするなよ、気持ち悪い。聞かされるこっちの身にもなれっての。

 

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