「……ヤシロ」
畑に向かっていた俺たちの前に、マグダがひょっこりと現れた。
アッスントはいない。
「どうした? 一人か?」
「……マグダの務めは終わった。あとはアッスントが今後の話をする」
「そっか」
これからあの畑をフル活用して、他の農家へ砂糖大根を広げていくのだ。権利や運営方法など、アッスントが説明をするのだろう。
「……モーマットも来ていた」
「アッスントに呼ばれたんだろうな」
四十二区にも砂糖大根の畑を作るつもりだと、アッスントは言っていた。
四十二区農業ギルドのモーマットが呼ばれたのも納得だ。あとは四十区農業ギルドのギルド長とも話をつけて、砂糖大根の生産量を今の何十倍にも膨れ上がらせる予定だ。
「……アリクイ兄弟、すごく喜んでいた」
「そっか」
自分たちの作っていた物が認められ、それがすごく価値のある物だと知らされたのだ。それは嬉しいだろう。
「……でも、砂糖大根の価値については、昨日『いい人』が教えてくれたって」
「お前、会いに行ってたのか」
「あぁ。謝ってきた」
俺たちが出向く前に、パーシーがアリクイ兄弟に話したらしい。
「逆に感謝されちまったよ……『いい人が砂糖にしてくれていたから、新しい道が開けたんだ』ってな」
利用されていたことを、『そのおかげで可能性が生まれた』と思えるのは……相当のお人好しな気がするが……ま、あいつらならそうかもしれないな。
「なんかまだモヤモヤするんだけどなぁ……」
「なら、盛大に稼がせてやれよ」
「あぁ。そうなるように頑張るよ、オレ」
マグダと合流し、今度は大通りを進む。
領主の館の前まで行くと、そこにエステラがいた。
「やぁ。今ちょうど終わったところだよ」
エステラは領主に砂糖大根の生産拡大と、砂糖流通に関する協力を要請してきたのだ。
「結果は上々。砂糖大根の価値を知った時のオジ様の顔と言ったら……」
くすくすと笑うエステラ。
相当うまく話が進んだようで、上機嫌だ。
「貴族の抑え込みに全面協力を約束してもらってきたよ。たぶん一ヶ月は大丈夫だろう」
「四十区には木こりギルドとトルベック工務店があるからな。貴族も下手に暴れることは出来ないだろう」
貴族に対抗できる勢力が領内にあるというのは相当な強みだ。
しかも、今後はここにパーシーの砂糖工場に、アリクイ兄弟の砂糖大根大農場まで追加されるのだ。……無敵じゃねぇか、四十区?
「オジ様が驚いていたよ。『よくこんな物の価値を見い出せたな』って」
「まぁ、確かに。知らない人間は絶対口にしない物だからな」
俺は知識として知っていたが、パーシーはよく砂糖大根から砂糖を作る方法を編み出したものだと感心せざるを得ない。
「いや……実はさ、まだガキだった頃は工場がうまく回せなくてさ……」
頭をかきながら、パーシーは照れくさそうに話す。
「金が無くて、安くて買える物を探してたら臭ほうれん草に行き着いて……」
「無理して食ったのか?」
「……あぁ。根っこは美味そうに見えたから挑戦したんだが……臭くてさぁ」
「それでも挑戦し続けたんだな」
「だってよぉ、他に食う物もなかったしよぉ……で、スゲェ高温で焼けばにおいが和らぐことを発見してな」
砂糖大根に含まれる泥臭さの成分は、ウナギの持つ泥臭さの成分と似ていて、高温によって分解される。かば焼きのウナギが泥臭くないのはそのためだ。
「で、臭みがなくなってみれば……『あれ、これ砂糖作れんじゃね?』って思ってな」
「そこで砂糖に結びつけられたのがお前の勝因だな」
「はは、褒めてんのかそれ?」
「適度にな」
パーシーが顔をクシャッとさせて、満更でもなさそうに笑う。
「まっ、結局オレは砂糖を作るしか能がないからな。その分、砂糖に対しては誰よりも敏感なんだよ」
「あぁ。農業も料理も一切できなさそうだもんな」
「うっせぇな! モリーがいるからいいんだよ!」
「嫁に行ったらどうすんだよ?」
「嫁になんかやんねぇよ!」
「いや、やれよ!」
「絶っ対、イヤッ!」
……こいつ、重症だ。
モリーの今後の人生が不安だよ、俺は。
「あ、そうそう。帰りはオジ様が馬車を出してくれるんだって」
砂糖の情報が相当嬉しかったようで、領主のデミリーが優遇してくれたようだ。
気が利くなぁ、あのハゲ。
用意されていたのは、それはそれは豪華な馬車で、パーシーはポカーンとしていた。
「こ、こんなのに、オレ……乗っていいのか?」
「お? 並走するか?」
「出来るかよ、んなこと!」
毛並みのいい大きな馬が馬車を牽引してくれるらしい。
どれ、挨拶でもしておくか。
「よろしく頼むな、ツルピカ号」
「ヤシロ……馬車を没収される前にやめてくれるかい?」
こんなに礼を尽くしているというのに、何が不満だというのか……理解に苦しむ。
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