異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

5話 聞こえ方 -3-

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:01
文字数:3,087

「見せてもらってもいいか?」

「はい。どうぞ」

 

 ジネットが調理台の前から体をどかせる。

 調理台には、牛刀包丁に出刃包丁、菜切り包丁と柳刃包丁が並んでいた。少し離れたところにペティナイフもある。

 おぉ、出刃包丁があるってことは、この街では魚を三枚におろしたりもするってことか。柳刃包丁もあるところを見ると、もしかしたら魚の生食……つまり刺身が文化として根付いているかもしれない。

 道具は、その時代の文化を色濃く反映するものだからな。

 柳刃包丁を見ると尾頭付きをイメージしてしまうように、その道具にはそれに見合った使い方があるのだ。

 

「鋼の包丁だな。管理が難しい道具なのに、綺麗に手入れしてある」

「分かるんですか?」

「ん? あぁ、金属関係は、ちょっとな」

 

 親方にいろいろ叩き込まれたからな。

 親方は、ステンレスの包丁を認めなかった。

 包丁は鋼、それも鍛造ものしか使わない徹底ぶりだった。

 鋼の包丁は錆びやすく、ステンレスに比べて手入れの難しさが段違いだ。

 だが、その分切れ味は申し分なく、その包丁で切った食材は新たな命が吹き込まれたかのように力強いうまみを発揮する。

 鋼の包丁をここまで綺麗に維持しているなんて、相当丁寧に手入れをしている証拠だろう。えらいえらい。道具を大切に使う人間に好感が持てるのは、親方の影響が大きいのかもしれない。

 

「柳刃包丁があるってことは、刺身なんかも食うのか?」

「そうですね。滅多には食べませんが、お祝い事の時には尾頭付きを作ったりしますよ」

「へぇ、尾頭付きなんかもやるんだな」

「え? 『オカシラツキ』?」

 

 …………ん?

 

「あの、『オカシラツキ』って、なんですか?」

「なんですかって…………今、自分で言っただろう、『尾頭付き』って」

「いいえ。言ってませんよ」

 

 こいつ、本当に大丈夫か?

 

「じゃあ、さっきなんて言ったんだよ?」

「お刺身は滅多に食べませんけども、お祝い事の時には尾頭付きを作ったりします……」

「ほら、今! 『尾頭付き』って言ったじゃねぇか!」

「言ってませんよ!?」

 

 ……おかしい。

 どういうことだ?

『強制翻訳魔法』のエラーか?

 尾頭付きじゃないとなると…………あ、もしかして。

 

「『活き造り』?」

「そう! それです、私がさっきから言っているのは」

「リピートアフターミー。『活き造り』」

「『尾頭付き』」

 

 エラー出まくってんじゃねぇかよ!?

 

「……どうやら、翻訳のされ方におかしな点があるようだな」

「あぁ、なるほどです。私の発する『尾頭付き』が、ヤシロさんにとってもっとも馴染みのある言葉に変換されたのですが、その変換された言葉が私には馴染みのない言葉だったのですね」

「……なんか、厄介だな」

「『強制翻訳魔法』も、完璧ではありませんからね」

 

 完璧ではない……か。ならば、そこに付け入る隙がありそうだな……

 例えば、代金のことを『お愛想』と言えば、寿司屋には通じるが洋食屋には通じない、みたいな…………う~ん、金儲けには繋がらないか……

 

「それであの、『オカシラツキ』って、どんなものなんですか?」

「尾頭付きは、その字の通り、尾と頭が…………あぁ、実際見せた方が早いか。ちょっと魚を一匹もらうぞ」

「え? あ、はい。生で食べられるのはこちらになります」

 

 捌く以上は無駄にはしない。いいね。いい心がけだ。

 捌いた魚は、あとでスタッフが美味しくいただきました、ってやつだ。

 

「ん…………鯵だ」

「はい、鯵です。すごいですね。見ただけで分かるなんて。ヤシロさんは料理人さんなんですか?」

「いや、俺がいた国は島国だったからな。俺は料理よりも道具を作る方が得意だな」

「職人さんですか! すごいです!」

「いや、職人ってほどではないんだけどな……」

 

 で、正式な職業はと聞かれれば『詐欺師』だ。

 けどまぁ、そこら辺はわざわざ言わなくてもいいだろう。突っ込まれる前に鯵を捌いてしまおう。

 

 普通に食うなら三枚におろすところだが、今回は尾頭付きにする必要がある。

 半身だけ切って、残りはあとで捌こう。

 

「この辺は海が近いのか?」

「はい。外壁の外に行けば割とすぐに海に出られるそうですよ」

「……行ったことはないのか?」

「外壁の外に行くにも、お金がかかりますから」

 

 ジネットは固い笑みを零す。

 通行税が必要なのか? それとも、帰ってきた時に入門税を取られるのか……

 なんにしても、貧乏人は街から出ることすら出来ないらしいな。

 大丈夫か、この街のシステム。……ま、どこの国も金の流れを牛耳ってるヤツが、有るところからも無いところからも金を巻き上げる構図ってのは変わらないもんだよな。えぇい、忌々しい!

 

 ダン! と、鯵の身を叩き斬る。

 八つ当たりだ。ごめん、鯵。

 

「だ、ダイナミックですね……」

「すまん。ちょっとイラッてした」

「わたし、何かお気に障ることでも……?」

「あぁ、いや。気にしないでくれ。そういうことじゃないから」

 

 こいつにはもう少し考え方を改めさせた方がいいな。

 俺がイライラしていたら、「何かしてしまっただろうか?」と考えるより先に、「テメェ、ウチの厨房で暴れるな!」と怒るべきなのだ。でなければ、相手に舐められてしまう。

 舐められるというのは、すなわちその相手との交渉では常に不利益をもたらされることを意味する。

 絶対に、舐められてはいけないのだ。

 

 黙々と鯵の半身を捌き、頭と尾を残した体に盛り付ける。

 ザックリとした出来栄えだが、これで鯵の尾頭付きの完成だ。

 

「わぁ……すごいです。これが『オカシラツキ』なんですね」

「あぁ。尾と頭がついているから尾頭付きだ」

「なるほどです。面白い盛り付けですね」

「なんか目出度い感じがするだろう?」

「はい。お祝い事の際には、是非真似させていただきます」

「じゃ、食べようか」

「そうですね! 折角ですので!」

 

 ジネットは弾けるような笑みを浮かべ、鯵の尾頭付きを持って厨房を出て行った。

 あ、やっぱり飯は客席で食うんだな。

 

 カウンターを横切って、ジネットが待つテーブルへと向かう。

 相変わらず椅子がガタつく。これもなんとかしないとなぁ。

 座る前に二度ほど椅子をガタガタさせてから着席する。

 と、向かいでジネットが深刻な表情をしていることに気が付いた。

 

「……どした?」

「ヤシロさん…………今、気が付いたのですが……」

 

 なんだ? 

 急に真剣な顔をして……尾頭付きに何かマズい点でもあったか?

 

「……ご飯の用意、何もしていません。鯵しかありません!」

「……うん、まぁ、そうだろうな」

 

 知ってるよ、見てたし。

 

「パンでもあればお出ししたいのですが……パンは諸事情により仕入れを控えておりまして……」

「仕入れ値が嵩む上に全然売れないんだろ?」

「なぜそれを!?」

 

 いや、分かるわ。街で買うのより10Rb高いパンを置いて、且つメニューを二本線で消してたらな。

 

「ヤシロさんって、なんだか不思議な人ですね」

「不思議ちゃんに言われたくはないな」

「わたしは不思議ではないですよ?」

 

 お前ほど不思議な生き物を、俺は見たことねぇよ。

 なんだその、「この世界に悪い人なんて一人もいないと思ってます」みたいな目は。特別天然記念物もビックリの希少性だな。

 

「あ、たしか!」

 

 ジネットがガタガタの椅子をガタガタ言わせて立ち上がる。

 

「ナッツがあったはずです! それを持ってきましょう!」

 

 ナッツと刺身って……晩酌かよ。

 バタバタと厨房へ駆けていき、バタバタと戻ってくるジネット。手には四粒のラッカセイが握られていた。……四粒って。

 

「すみません、ちゃんとしたものをご用意したかったのですが……」

「これ食ってから作り直したら?」

「…………なるほど、その手がありましたね」

 

 ……この娘、大丈夫か? 放し飼いにしてていい生き物なのか?

 

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