異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

381話 みんなで体験 -4-

公開日時: 2022年8月20日(土) 20:01
文字数:3,897

 エステラの雑な開会宣言の後、アトラクションの前には長蛇の列が出来た。

 まずはVIPが体験してから一般公開と説明したのだが、一切文句が出なかった。

 この街の人間、エステラに甘過ぎじゃないか?

 

「お~い、冷凍ヤシロ!」

 

 人ごみの中にもっさもさ頭のタートリオを見つけた。

 

「記事を書きに来たぞい」

「こいつはテーマパークのアトラクションとは違うぞ」

「しかし、これを基に発展させるんじゃろ?」

 

 まぁ、そうだけども。

 

「まったく、鼻のいいジジイだな。いいよ、来いよ。その代わり、きっちり記事にしろよ」

「任せるんじゃぞい。ウィシャートの判決がまだ出んからの、先にこっちの特集を組むんじゃぞい」

「いいのかよ? 『次回はウィシャートの判決をスクープ』みたいな宣伝してたんだろ?」

「ニュースは生物なんじゃぞい。面白い物が出てくれば、いくらでも予定は変更されるもんじゃぞい。嘘ではなく、変更じゃぞい」

 

 物は言いようだな。

 

「ジネットたちも、お化け屋敷以外の二つを見ていけよ。どうせこの後ずっと店に立つんだろ?」

「はい、その予定ですが……いいんでしょうか?」

「いいだろう。なぁ?」

「「「どうぞどうぞ!」」」

 

 観衆に問えば、色よい答えが返ってくる。

 アトラクションに並んでる間は飯も買いに行けないし、先に終えてもらった方がいいという判断なのだろう。

 

 というわけで、エステラとルシア、タートリオと飲食関係者を引き連れてアトラクションへ向かう。

 

 まずはミラーハウスだ。

 これ、一番地味だからな。

 

「わぁ! 中はとっても広いんですね!」

 

 どこまでも広がる空間に、ジネットが声を上げる。

 そして。

 

「あぃたっ!?」

 

 ガラスにぶつかって涙目になる。

 ……お約束だな。

 

「みなさん、壁がありますよ」

「うん。お前以外、全員気付いてるから」

 

 見えない壁をペタペタ触って、ジネットが注意喚起をする。

 そんな様を温かい目で見守る一同。

 保護者か、お前ら全員。

 

「ガラスや鏡をこんな使い方するなんて……すごく贅沢だね」

「しかし、興味深い構造ですね」

 

 エステラとナタリアがきょろきょろと辺りを見渡している。

 どちらも、軽く頬が緩んでいる。

 

「チームに分かれて、どちらが先にゴール出来るかを競ってみるか?」

 

 そんなルシアの提案に、エステラは瞳をきらりと輝かせるが――

 

「ジネットが迷子になるぞ」

「……店長は一人では出てこられない」

「こんなところで店長さんとお別れなんて、あたし嫌です!」

「あの……心配してくださっているのはありがたいのですが、ちゃんと出られますよ?」

「そうだね。ジネットちゃんは危険だよね」

「エステラさんまで……っ!」

 

 ぎゅっと、ジネットと手を繋いでエステラが先を進む。

 何度か迷いながらも、ゴールへとたどり着く。

 

「わっ! なにこれ、すごく綺麗!」

 

 鏡のトンネルを見て、エステラが声を上げる。

 集光レンガがいいアクセントになっていて、広がりを感じさせる。

 

「とても綺麗ですね。まるで、この空間が無限に広がっているようです」

 

 ガラスの橋のそばまで進んで、トンネルを覗き込むカンパニュラ。

 

「待て、カンパニュラ。給仕に言ってストールを用意してもらったから、これを巻いてから行け」

「ストール、ですか?」

「下も鏡だからな」

「……あっ」

 

 カンパニュラはスカートを穿いている。

 それも、お子様らしくひざ丈の。

 これでは、ばっちり見えてしまう。

 

「細部まで気遣いが行き届いているのですね。さすがヤーくんです」

「ミリィに怒られたんでな」

「やっぱりね。君が進んでそんな気を遣うなんて、おかしいと思ったんだ」

 

「見直しかけて損したよ」と、エステラは息を吐く。

「損した」は、見直してから言えっつの。

 

 それから、スカートを穿いている者はストールを腰に巻き、鏡のトンネルを渡る。

 

 初めての経験なら、これでも十分に楽しめる。

 リピーターになるかどうかは、微妙だけどな。

 

「……少し、くらくらした、私は」

 

 鏡の迷路に、ギルベルタは酔ったらしい。

 

「大丈夫か?」

「平気……でも、繋いでくれると嬉しい、私の手を」

「へいへい。そんくらいお安い御用だ」

 

 ふらつくのであれば、肩くらい貸してやってもいいのだが、ギルベルタは手を繋ぐだけでいいと言う。

 俺と手を繋ぐと、にぎにぎと何度か指を動かして――

 

「……えへへ」

 

 と、静かに笑った。

 前髪の下で、小さな触覚がぴこぴこしているのが見えた。

 

「私もおねだりすればよかったです」

「もう一個空いてるぞ」

「ですが、ヤーくん。両手が塞がると歩きにくくはないですか?」

「平気だろ。アトラクションの間くらい」

「では、お願いしてもよろしいですか?」

「いつでもどーぞ」

 

 空いた右手を差し出せば、カンパニュラがぱっと飛びついてくる。

 そして、ギルベルタがしたようににぎにぎとして、同じように「えへへ」と笑う。

 

「すっかりわがままな子になってしまいました」

「こんくらいじゃまだまだだよ」

 

 もっと傍若無人なヤツがわんさかいるからなぁ。

 そこにいる領主たちとか。

 

 両手が塞がった状態で、トリックアートの館へ向かう。

 こちらはのんびりとアートを見て歩く。

 

「見て見て、ナタリア! 落ちる~!」

 

 エステラが大はしゃぎだ。

 ここ、みんな同じことしたくなるんだな。

 

「ナタリア、マグダ。あっちの部屋で休憩できるから、俺と一緒に来て準備してくれるか?」

「かしこまりました」

「……お供する」

 

 まずは、大騒ぎをしない二人を連れて鏡の部屋へ向かう。

 ギルベルタとカンパニュラも、そうそう大声は出さないだろう。

 

「――っ!?」

 

 部屋に入ると鏡の中に給仕が現れ、ギルベルタとカンパニュラが腕にしがみついてくる。

 びっくりしたようだ。

 マグダの尻尾も一回り大きく膨らんでいる。

 そして、ナタリアは――

 

「…………」

「か、顔が近いです、給仕長……」

 

 出てきた給仕をめっちゃ睨みつけていた。

 ……びっくりしたらしい。そして、びっくりさせられたのが悔しいらしい。

 

「では、準備が出来次第エステラ様たちを呼んでまいります」

 

 そして、さっさと驚かせる側につく。

 

「マグダたちも鏡の方に行ってこい」

「……分かった」

「行きたい、私も」

「私もお供いたします」

 

 ギルベルタとカンパニュラまでノリノリで鏡の向こうへと移動する。

 俺は、入り口付近で待ってるかな。

 

「皆様、こちらで休憩が出来ます」

 

 何事もなかったかのような顔で、ナタリアがエステラたちを呼んでくる。

 ジネットもパウラもネフェリーも、今見てきたトリックアートのすごさについて語っている。

 

 そして、エステラとルシアを先頭に、みんなが部屋へ入ったところでマグダたちがぞろぞろと姿を現す。

 

「うゎあああ、びっくりした!?」

「えっ!? 鏡……じゃ、ないんですね」

「びっくりしたです! あたしがマグダっちょになったかと思ったです!」

「なによ、これ~!」

「びっくりさせないでよ、も~!」

 

 きゃっきゃと騒ぐ一同の中、ルシアだけが静かに俺の前まで歩いてきて――

 

「誰かを呼んでまいれ」

 

 仕掛け人側に回りたがった。

 どんだけ悔しかったんだよ。

 どうしてもやりたきゃ、この後の一般公開までここで待ってろ。

 

 

 そして、いよいよお化け屋敷、なのだが――

 

「で、では、わたしたちはこれで」

「……お店がマグダを待っている」

「さぁ、帰るですよ、カニぱーにゃ!」

「はい、ロレッタ姉様! 戻りましょう、早急に!」

 

 お化け屋敷経験者がそそくさと逃げ出す。

 残ったのは未経験者と、テレサだけだ。

 

「え……そんなに怖いの?」

「ジネットは怖がりだから分かるけど、マグダとロレッタがあんな反応するなんて……そうそうないよね?」

 

 エステラとパウラが、立ち去る四人の背中を見つめて青ざめる。

 

「私、ちょっと不安になってきた……かも」

「へぃち、よ。たのし~よ」

 

 ネフェリーと手を繋いでいるテレサだけがにこにこ顔だ。

 面倒見いいな、ネフェリー。

 俺がカンパニュラ取っちゃってたからな。

 テレサの相手してくれて助かったよ。

 

「とりあえず、二人ずつ入ってみるか。エステラは、一番を予約してんだったよな?」

「え!? あ~……パウラたち、先、行く?」

「大丈夫! エステラが先でいいよ!」

「うんうん! 私たち、ルシアさんの後でいいから!」

 

 こういう時は、意外と薄情な女子たちである。

 

「じゃあ……行く? ナタリア」

「裏方をしているのは給仕たちです。彼女たちの行動くらい、容易に先読みが可能です。恐れることはないでしょう」

 

 と、先ほどまんまと給仕に驚かされたナタリアが言う。

 

「そ、そうだよね。給仕たちも、ボク相手に酷いことはしないだろうし」

 

 酷いことはしないと思うが、職務は全うすると思う。

 その結果、酷いと感じるかどうかはお前次第だ。

 よく頑張ったと褒めてやってもいいし、ふざけんなと怒ってもいい。

 

「そもそも、お化け屋敷といっても、本物のお化けがいるわけじゃないんだからさ。偽物と分かってるんだから、怖くないよ」

 

 そんな前振りをしっかりとして、エステラとナタリアが外階段を上っていった。

 

 

 数分後――

 

 

「怖いにもほどがあるよ、ヤシロ!?」

 

 出口から転がり出てきたエステラに、涙目で胸倉を掴まれた。

 そーかそーか、お化け、怖かったか。ぷぷぷっ。

 

「うぅ……今晩お手洗いいけない……」

「ついていってやろうか?」

「いらない……っ」

 

 涙目で強がるエステラってのは、なかなか可愛くていいもんだ。

 定期的に見たくなるな、この顔は。

 

 

 そして、給仕の行動を先読みできると豪語したナタリアは、非常にいい働きをしたシェイラを背後からそっと抱きしめ――

 

「…………」

「給仕長……っ! きゅ……っ! きゅぅうううう!」

 

 無言でヘッドロックを喰らわせていた。

 シェイラが涙目でタップしてもやめてくれない。

 

 相当怖かったらしい。

 ナタリアも怖がるお化け屋敷か。これは、大成功間違いなしだな。

 

 

 

 

 

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