異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

364話 追放と報恩と最後の忠告 -1-

公開日時: 2022年6月8日(水) 20:01
文字数:4,162

 三大ギルド長、それぞれの規格外な力を目の当たりにして、その場にいた者全員が言葉をなくしていた。

 いつもと変わらないのは、当の三大ギルド長たちだけだ。

 

「こいつが終われば四十二区で祝賀会だろ? また寿司が食えるかもしれねぇぞ」

「ダーリンの握ったお寿司は美味しかったねぇ。アレがまた食べられるなら、このクッソ重たかった『人魚入れ』を運んだ甲斐もあったってもんだ」

「違うよ~ぅ。『陸上オーシャン』だからね。覚えてよね☆」

「お断りだよ!」

「ワシも、もう記憶から消してぇよ。こんな恐ろしい破壊兵器……」

「そんなこと言うと、ヤシロ君に頼まれて用意した、おいっし~ぃニシンの卵、食べさせてあげないんだからね! ぷ~んっだ☆」

 

 あぁ、数の子、用意してくれたんだ。

 なんて、そんな現実逃避しちゃうよね。

 

「こ、こほん。とにかく、事態を収拾しようか」

 

 エステラが場の空気を変えるように言う。

 そうだな。さっさとウィシャートたちを牢屋へ放り込んで、俺たちは帰るとしよう。

 

「メドラ、ハビエル。こいつらを地下牢に入れたら、二十四時間体制で見張りを頼む。仲間割れや自害をしてでも口を閉ざそうとするかもしれないからな」

「あぁ、任しといておくれ」

「こっちも、人選と当番はもう決めてあるぜ」

「あっ、じゃ~さじゃあさ、海漁ギルドからも人を出すよ~」

「人魚がいたところで、どーやって牢屋を見張るのさ!?」

「確かに、戦力にゃあならねぇな。水槽の中しか動けないんじゃぁよぉ」

 

 いや、ハビエル。

 マーシャはその中でも十分戦力になるだろう。

 お前ら二人以外には抑えることも出来ないと思うぞ。

 

「でもでも~、ウチの可愛い人魚たちがいると、見張りの子たちも張り合い出ると思うよ~。ねぇ?」

「ママ! やっぱり、三大ギルドは協力体制が重要だと思うんだ、俺は!」

「そうですよ、ハビエルギルド長! 木こりと狩猟と海漁、この三つの組織が協力することでこの街の平和は守られると思います!」

「お前ら……そんなに人魚が好きかよ」

「まったく、情けない男どもだねぇ。こんな乳だけ女に鼻の下伸ばしてさ」

 

 乳だけ女?

 いいじゃないか!

 乳こそが至高なのだから!

 あぁ、いや違った。「マーシャは乳だけなんかじゃないぜ」と、これが正しいフォローだったな。

 

 それはそうと――

 

「マーシャ以外に陸に上がりたがる人魚なんかいるのか?」

「うん。最近は、陸が楽しそうって思う子が増えたんだよ☆ まぁ、私が海で自慢しまくっちゃったせいなんだけどね☆」

 

 古い人魚は人間に対する反感や嫌悪感、差別意識みたいなものを持っていると聞いたことがあるが、若い世代はそうでもないのかもしれない。

 特に、マーシャの近くにいる若い人魚たちは影響を受けて陸に興味を持つかもな。

 

「四歳くらいのちっちゃい人魚は、ほんっとぉ~に可愛いんだよぉ~☆」

「ちょっと詳しく聞かせてもらおうか、海漁の!」

「さぁ、バカな話してないで、仕事するんだよ、ヒゲ筋肉!」

「待て待てメドラ! まずはワシらギルド長同士が会話を重ねることでだな……」

「娘を連れてくるよ!」

「ごめんなさい!」

 

 三大ギルドって、こんな力関係だったっけな?

 なんか、仲がいいんだか悪いんだか……

 

「あぁ、ヤシロのせいで三大ギルドが……」

 

 絶対俺のせいじゃないから、言葉にして既成事実作ろうとするのやめてくんない、エステラ?

 

「それじゃあ、ウィシャートたちを連行してくれ」

 

 賑やかなギルド長どもを放っておいて、ウィシャートたちを取り押さえている狩人と木こりに頼む。

「はい」と、素直に言うことを聞いてくれる。

 お前らもこの素直さを見習え、ギルド長ども。

 

 そして、狩人が先頭に立ちウィシャートたちを連行しようとしたその時、ヤツらが現れた。

 

「おい、そいつを連れて行く前に、俺たちにも話をさせろよ」

 

 狩猟ギルドを押しのけて、図体のデカい二人が割り込んでくる。

 木こりと狩人が素早く領主たちを守る位置に移動し、給仕長たちも一斉にピリつく。

 

「ノルベール……ゴッフレード……っ!」

 

 声を漏らしたのはドールマンジュニアだった。

 この二人との関わりが最も深かったのは、このドールマンジュニアだったのだろう。

 

「テメェらの失態は、俺たちがきっちりと報告しておいてやるぜ」

 

 ノルベールがデイグレア・ウィシャートを見下ろして言う。

 報告ってのは、バオクリエアにってことだろう。

 ウィシャートの失態により、バオクリエアが築き上げていた販売ルート――侵略ルートが崩壊した。

 ウィシャートの失点を報告し、代わりの案を持ち掛ければ、ノルベールも重用されるだろう。

 

「ウィシャート家が根こそぎ駆逐されたとなっちゃ、三十区は当分荒れるだろうな。俺たちが付け入る隙は、まだまだありそうだ」

「勝ち誇っているところ悪いんだけどね、ノルベール」

 

 エステラがノルベールを指さして言う。

 

「君は本来、この場所にいてはいけない人間だということを忘れていないかい?」

 

 ノルベールは追放処分になっている。

 今現在、オールブルームの中にいること自体がおかしい。

 

「それも、ウィシャートが侵略の意思を隠すためにしたことだ。……そう証言すれば、俺の罪は軽減される。なにせ、俺は被害者だからな」

 

 三十区を牛耳っていたウィシャートが倒れれば、すべての悪事はウィシャートのせいに出来る。

 三十区に蔓延っていた悪党どもは、これ幸いと「みんなウィシャートに脅されてやっていた」なんて言い出すかもしれん。

 

 だが――

 

「ノルベール。お前、獄中からバオクリエアに手紙を送っていたよな?」

 

 ノルベールは、バオクリエアと連絡をやり取りすることで、ウィシャートに手出しをさせないようにしていた。

 俺が指摘すると、ノルベールは分かりやすく肩をすくめてみせる。

 

「お前はそれを見てたのか?」

 

 そんな誤魔化しが利くと思うか?

 

「ウィシャート」

「…………あぁ。ノルベールは、バオクリエアと連絡を密に取っていた」

 

 虚偽の証言を封じられたウィシャートが、忌々しそうに証言する。

 

「囚われの身だったんでな。生存報告をしていたまでだ。それが何かの罪になるのか?」

「いいや。ただ、ノルベールはバオクリエアと非常に親密な関係にあるという事実の証明に過ぎん」

「当然だろう。俺は、バオクリエアの商人だぞ。まさか、バオクリエアと関わっていただけで犯罪者扱いする気じゃねぇだろうな?」

「まさか。出身地で人を犯罪者には出来ねぇし、いくらお前の祖国が執拗にオールブルームへの侵略を目論んでいると言っても、一般人であるお前を裁く法はオールブルームにはねぇよ」

「当然だ」

 

 にやりと笑うノルベール。

 その隣で、ゴッフレードまでもが笑っている。

 

「オールブルームには、な」

「……なに?」

 

 ノルベールの目つきが鋭くなる。

 今さら警戒してるのか?

 危険を顧みず、お前のお仲間からのお願いを聞き届け、親切にも無償で助け出してくれたって、俺に心許しちゃってたのか?

 

 お前、大丈夫か?

 

「なぁゴッフレード。お前は俺にこう言ったよな? 自分はノルベールと相互扶助の関係にあると。バオクリエアの王族に裏切られないよう互いが生きているという状態に固執していた」

「……それがなんだ?」

 

 なに。事実の確認さ。

 

「つまり、今回お前が必死になってノルベールを救出したのは、バオクリエアに対する牽制というわけだ」

「別におかしなことじゃねぇだろ。俺らみたいな仕事をしてりゃ、命の危険はごろごろ転がってやがる。その危険を少しでも減らすためには、多少の危険も冒す。そういうもんだ」

「なるほどなるほど」

 

 これはいいセリフを聞いた。

 

「つまりお前は、保身のためにノルベールに生きていてもらわなければ困る。そのためには、多少の危険も厭わない」

「さっきから何が言いてぇんだ、テメェは!?」

「ただの確認さ。ゴッフレードとノルベールはとっても仲良しさんなんだなってよ」

 

 ゴッフレードが顔を顰める。

 仲良しと言われて虫唾が走ったような表情だ。

 だが、その程度で済むのもここまでだぞ。

 

「ママ、見つけてきたゼ。バオクリエアの紋章が入った、怪しい種子が入った布袋! 見取り図にあった隠し部屋の中に置いてあったゼ!」

 

 アルヴァロが、見覚えのある布袋を持って駆けつける。

 ナイスタイミングだ。

 女子人気の高い男はタイミングまでいいのか、……くそ。

 いや、リベカが宝物庫の在処を『聞き当てて』くれたおかげでスムーズに事が運んだわけだ。つまり、モテるのはリベカの方だ。だから婚約者がいてラブラブなのか……くそっ。

 

「ドールマンジュニア」

 

 そして俺は、『今現在虚偽の申告を封じられている』と周知されているドールマンジュニアに話を振る。

 

「あの袋は、なんだ?」

「……くっ。ゴッフレードが持ってきた物だ。中身は何かの種子だ。何の種子かまでは分からぬ」

「すべてを包み隠さず話す――だったよな?」

「……うぐっ」

 

 俺にしゃべらされるのが屈辱なのか、ドールマンジュニアは顔を歪めて悪足搔きをする。

 が、観念したのか、忌々しそうなため息を吐いてすべてを話す。

 

「とても貴重な物だと、ゴッフレードは言っていた。ノルベールがバオクリエアに戻れない現状と、その布袋の紋章から判断して、それはバオクリエア王家からウィシャート様への贈り物だと考えられる。種の形状から察するに、おそらくMプラントの改良品であろう」

「なるほど」

 

 よろしい。

 よく出来ました。

 今証言したドールマンジュニアも、ドールマンジュニアにそう思い込ませたゴッフレードもな。

 

 さて、この話を聞いて顔色を変えた者が一人だけいた。

 ノルベールだ。

 思ったよりも頭のキレるヤツかもしれないな。

 

「ゴッフレード。その話は本当か?」

「ん? あぁ、まぁな」

 

 青ざめた顔でわなわなと震えるノルベール。

 ゴッフレードは、そんなノルベールの異変を気にも留めていない。

 大方、「出し抜かれたと勘違いして焦っている」くらいにしか考えていないのだろう。

 

「なるほどな……『オールブルームには』ってのは、そーゆーことか……っ」

 

 胸の内に渦巻く感情を押し殺すように、ノルベールが長い髪を掻きむしる。

 一方のゴッフレードはいまだのんきな表情だ。

 あ~ぁ、こりゃやっぱ、お前はノルベールのとこの下っ端だよ、ゴッフレード。

 ノルベールには、もう見えたようだぞ。

 お前がしでかしてしまった――俺に言われるがままに『やらされてしまった』大失態が引き起こす、絶望的な未来がな。

 

 

 

 

 

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