異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加3話 慣れない職場で大奮闘 -2-

公開日時: 2021年3月28日(日) 20:01
文字数:3,962

「……ん…………んっ」

 

 相変わらず無口で無愛想なブルドッグ耳を垂らしたオッサンマスターが俺に抱きついて「ん、ん」と低い音を漏らしている。

 やめてくれる? 帰るよ?

 

「マスター、感謝してるー!」

「ここまで嬉しそうなマスター初めてみたー!」

「マスターはじめてみたー!」

「「「マスター、はじめましたー!」」」

「はじめんじゃねぇよ。意味変わってるから」

 

 オッサンに「ん、ん」と抱きつかれながら、俺を見てどこか安堵した表情を見せた妹たちに囲まれる。

 カンタルチカで動き回っていたのは四人の妹だけだった。それも年少組のだ。

 俺が連れてきた三人と合わせて七人。三人は厨房で皿洗いなどをさせて、四人を外に出そう。

 

「オッサン。カウンターはこのオシナに任せる。オシナ、酒の種類は分かるな?」

「は~い! 得意ネェ~」

「オッサンは厨房で飯を頼む」

「……んっ!」

「フロアは俺と妹で乗り切るぞ!」

「「「「はーい!」」」」

 

 妹たちに元気が戻った。

 散々走り回っていたくせに、疲れた素振りも見せない。

 やっぱ、こいつらにとっては責任者って存在が大きいんだろうな。どんな失敗をしてもきちんと責任を取ってくれる後ろ盾は、いてくれるだけで心に余裕が出来るもんだ。

 

 それから、軽く店内の設備や料理の内容、酒の種類と値段、先払いのシステムなどの説明をオシナと共に受けて、俺のカンタルチカ一日バイトが始まった。

 

 

 

 

 

 

 ……し、死ぬ…………

 

「お~い、ヤシロ~! こっち魔獣ソーセージおかわりだー!」

「こっちはフルーティーソーセージ二つなー!」

「エール!」

「ビール頼む!」

「俺が聞きに行ってから言えや!」

「「「「パウラちゃんなら、これでちゃ~んと持ってきてくれるぞ」」」」

 

 大ベテランと一緒にすんじゃねぇっつの!

 つかパウラ、あいつすげぇな。

 満席のフロアのあちらこちらから声がかけられて、誰が何を頼んだのかなんてまるで把握できない。

 もしかして、イヌ人族は耳が俺たちのそれよりも高性能なのかもしれない。

 くっそ。イヌ人族が優れているのは尻尾の可愛さくらいだと思っていたのに……侮れない。

 

「ダ~リンちゃん。これとこれは向こうの席ネェ。これ出したら戻ってきてネェ。そしたら、向こうの料理用意しとくからネェ~」

 

 カウンターに立つオシナは、フロア全体を見ることが出来るので、注文の出所をしっかりと把握してくれていた。正直助かる。ネフェリーじゃ、こうは行かなかったかもしれない。

 

「真面目に働くヤシロが見られるなんて、今日はラッキーだなぁ」

「俺はいつも陽だまり亭で頑張ってんだろうが」

「よく言うぜ。いっつも奥の席で座ってるだけじゃねぇか」

「違いねぇ! がははは!」

 

 アホどもめ!

 俺はあの席に座っていろいろ考えているのだ。お前らが及びもつかない高次元の深い思考でな!

 

「今日はパウラちゃんの可愛い尻尾が見られないから帰ろうかと思ったが……これはこれで面白いもんだなぁ」

「なんだ。俺のお尻がそんなに可愛いか? 触りたかったら触っていいぞ。有料だけどな」

「がはははは! おい、ヤシロ。お前こっちの店に来いよぉ! そしたら、オレ毎日通うぜ!」

「そりゃいいや! そーしろよ、ヤシロ!」

「お前なら、パウラちゃんの婿って認めてやってもいいぜぇ」

 

 お前らは何様だよ。どの立場で物言ってんだ。

 だいたい、毎日こんなに忙しかったら俺の本業が疎かになるだろうが。

 この街のシステムを完全把握して、精霊神までもを詐欺にかけるという大偉業の、その準備がよ。

 

「俺には、他にやるべきことがたんまりあるんだよ」

「あーはいはい。おっぱい観察だろ?」

「違うわ!」

「だから陽だまり亭でケーキとか始めたんだろ、女の客呼びたくて」

「違うわ!」

「どうせ、陽だまり亭に留まってるのも、あの店長のボインが目当てなんだろ?」

「…………」

「おい、否定しねぇぞ、こいつ!?」

「なんてヤツだ!?」

「恥を知れ!」

「あれは街の宝だ、手ぇ出すんじゃねぇぞ!」

 

 おそらくそうだろうとは思っていたが……ジネットのファンってのは結構いるんだな。知名度も上がったしなぁ、陽だまり亭。

 だがしかし、ジネットの爆乳は誰にもやらん!

 あれは、俺が愛でて楽しむものだ! お前らは寄るな、見るな、思い出すな!

 

「それはそうと、あの色っぽいねーちゃんは誰なんだよ?」

「そうそうそう! 俺も気になってたんだよな!」

「あれもヤシロの知り合いか? 呪い殺すぞテメェ」

「いや、怖ぇよ、おっさん」

 

 オシナのおっとりとした雰囲気と、その柔和な表情から醸し出されるそこはかとない女性らしさが、その顔や仕草と相俟ってなんとも色っぽい大人の魅力となって辺り一帯に充満しているのだ。

 カウンター付近に座る男どもがもれなくオシナの色香にあてられてとろけてしまっている。

 

「オ、オレ、ちょっとお酒ご馳走しちゃおうかな」

「あっ、テメ! 抜け駆けすんじゃねぇよ!」

「おれっちが先に行こうと思ってたんだよ!」

「争うなよ、見苦しい。……で、ヤシロ。あのねーちゃんの好きな物とか知らねぇか?」

「「「テメェ、ふざけんなよ!」」」

 

 オッサンどもがとっくみあいのケンカを始める。

 こういうのも、酒場ならではだよなぁ……

 

 パウラのいない時に揉め事起こすんじゃねぇよ…………ったく。

 

「あのオシナだがな……」

「「「「うんうん! オシナちゃんがなんだって!?」」」」

「あいつは、メドラの大親友だ」

「「「「………………」」」」

 

 大食い大会以降……というか、魔獣のスワーム討伐とかそこら辺からなのだが、メドラが狩猟ギルドの方針を変更したとかで、メドラはすっかり有名人となっていた。

 これまでは、「狩猟ギルドのギルド長に会えるのは極限られた一部の人間だけ」という暗黙のルールがあったのだが、最近は「各支部の連中は可能な限り本部に顔を出して交流しろ」とお達しが出ているようだ。

 

 ウッセ曰く、「これまでは本部の中だけで交流と結束を深めていたんだが、スワーム討伐以降支部との連携も密に取るようになったんだよな」ということらしい。

 噂によると、メドラはマグダのことが甚く気に入っているようで、交流がなかったことでマグダのことを知らずに過ごしていた自分を悔いたとか恥じたとか、そんな感じで今後はどんどん交流しようという風に方向転換したのだそうだ。

 

 一部の人間からは、「――っていうのは建前で、何かと理由を付けて会いに行きたいだけなんだよ、『ダーリン』に」なんて世迷い事が聞かれたりしたのだが、そんなもんは俺の耳には届かない。却下だ。不許可だ。あっちむいてぷんだ。

 

 そんなわけで、メドラという名前を出せば、四十二区に住むなんの変哲もない一般領民であっても――

 

「「「「…………へ、へぇ~……」」」」

 

 ――と、顔を真っ青にするくらいの破壊力を発揮するようになっていた。

 これはもうあれだな。玄関に『メドラ』って書いたお札貼っておけば除霊も出来る勢いだな。…………いや、悪霊が寄ってくるかもしれない。もしくは、メドラという名の魔神が……

 

「ウフフ~。ひょっとしてひょっとして、オシナのお話ネェ~?」

 

 ふらふらと、タルジョッキに入ったビールを持ってやって来るオシナ。

 自分の話がされていると悟りやって来たのかもしれない。

 カウンターに陣取っているオッサンどもから殺気の籠もった視線が飛んでくる。

 

「ハ~イ、これご注文のビールネェ」

「妹にでも持たせればよかったのに」

「オシナ的にも、こっちのみんなともお話したかったからネェ~」

「「「「かっ、可愛いっ!」」」」

 

 健気な少女を見るような目でオッサンどもがオシナを見つめている。

 ……お前ら、キモいよ。

 

「オシナに興味津々なお客さんたちにぃ~、と~っておきのオシナ情報を教えてあげるネェ~」

「「「「えっ!? マジで!」」」」

「ンフフ~。オシナはネェ~……実はネェ~…………」

 

 散々もったいぶって、オッサンどもの顔がぐぐぐぐぐっと近付いてくるのを待って、待って、待って、焦らして、限界まで引っ張っておいて、オシナがいたずらっ子のようなお茶目な口調で言う。

 

「メドラちゃんと同じ年齢としなのネェ」

「「「「…………」」」」

 

 オッサンども、目が点。

 盗み聞きしていた周りのオッサンどもも沈黙。

 そして――

 

「「「「「えぇぇぇっぇぇぇえぇえええええええぇえええぇえぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇえぇええぇぇえぇええええぇえぇぇぇえええええええええええええええええええ!?」」」」」

 

 ――絶叫が轟いた。

 

 やかましいわ!

 どんだけ驚いてんだよ!

 いや、俺もビックリしたけども!

 

「ンフフ~。こ~んなオバサンでもよかったら、カウンターにお酒飲みに来てネェ~」

 

 ひらひらと手を振って、来た時同様ふらふらと帰っていくオシナ。

 ふらふらというか、ふわふわという足取りだ。

 

 オッサンども、放心。

 カウンターに戻るオシナを眺めて、誰一人、指一本動かす者はいなかった。

 ……そんなにショックかよ。

 

 かと、思ったのだが。

 

「………………有り、だな」

「おぉ! 有るよな!」

「なに、あの『オバサンでもよかったら』って!?」

「全然いいんですけど!? むしろ逆にプリーズだけど!?」

 

 新たな病気が発症したようだ。

 こいつは感染力高そうだなぁ…………

 

「な、なぁ! オシナちゃ……オシナさんって、エルフなのか?」

「い、いや。違うと思うが」

「厚化粧なのか!? 若作り?」

「見た感じ、ほぼスッピンであれだな」

「彼氏は!?」

「いるとは聞いてないが……」

「何歳下までOKかな!?」

「それは本人に聞いてくれ!」

 

 物凄ぇ詰め寄られてる!

 俺、オシナのことそれほど詳しくないのに!

 

 ちらりとオシナを見ると、「アラアラぁ~、諦めさせようと思ったのに、逆効果だったかもネェ~」的な苦笑を漏らしていた。

 

 オシナ。お前は甘いよ。

 ……四十二区って、基本的に残念な人種しかいねぇんだよ、マジで。

 

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