異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加56話 見ていてくれた -2-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:4,048

 ――と。

 バルバラの初恋なんぞ割とどーでもよくて。

 俺は仕込んでおいたトラップを発動するための準備を始める。

 

 イネスとデボラ、それにマグダとロレッタがうまく周りを誘導してくれている。

 キーパーソンはソフィー。

 内外的に俺の天敵ポジションにいると思われている数いる女子のウチの一人。

 

 少々損な役回りではあるが、交換条件を提示して引き受けてもらった。

 

 

 さて……始めるか。

 

 

「ソフィー――」

 

 ぽつんと一人佇む俺は、口元を隠して俯いた。

 再びの最下位に酷く落胆しているように。

 

「――頼んだ」

 

 ウサギ人族にしか聞き取れない囁きを漏らしつつ、地面にヒザを突く。

 もうダメだ。おしまいだ。どうあがいたって巻き返せない。

 そんな雰囲気を全身から発しながら。

 

「チームリーダー」

 

 凛と響き渡る声でソフィーがマグダに向かって発言する。

 

「これは、ヤシロさんの失態です」

 

 よく通る声で俺を糾弾する。

 

「ヤシロさんに言われたとおり、我々はメドラギルド長と狩猟ギルドをぶつけるために複数の棒を所持しました」

 

 白組は、俺が立てた作戦に則り片手に一本ずつ棒を持ち、フリー状態の棒をなくすように動いた。

 狩猟ギルドをメドラにぶつけるために。

 

 しかし、一人で二本の棒を持てば有利になるかと言えばそんなことはない。

 単純に、相手が両手を使って棒を引っ張ってくれば簡単に奪われてしまう。どんなに頑張ったって二~三人がかりで来られれば抗えるはずもない。

 二本の棒に触りながらも、一本も獲得できずにみすみす奪い取られてしまう。

 そんな弱点を抱えた最低の作戦だった。

 

「彼は、狩猟ギルドとメドラギルド長が潰し合いさえすればそれで勝利が舞い込んでくると思い込んでいました。過信していたと言ってもいいでしょう」

 

 俺が、白組にそうするようにと作戦を伝え、白組はそれを実践した。

 その結果が最下位への転落、いや、墜落だ。

 大失態だ。

 

「ここまで、彼の奇抜な作戦に従って競技を進めてきましたが、結果はご覧の通りです。妙に目立ってはいても、我々は決して勝ってはいない。ですよね、チームリーダー?」

「……確かに、ソフィーの言うとおり」

「けど、だからってどうしろって言うですか? お兄ちゃんだってよかれと思って……」

「その『よかれ』がよくないと言っているんですよ。確かにヤシロさんはこれまでいくつかの功績を挙げてきました。しかし、それらは勝ち負けのはっきりしない有耶無耶な判定でなんとなく勝ったような気になっている、そんなものばかりではありませんか?」

 

 運動会のような、白黒がはっきりとつく競走において、俺の詐術は効果を発揮しない。

 そこを、ソフィーは責め立てる。

 

「残りの競技、彼の作戦に従うのは危険です。参謀を変えることを提案します」

 

 白組はもちろん、他のチームの選手たちも何も言葉を発しなかった。

 薄暗くなり始めたグラウンドに静寂が落ちた。

 

 

「そんなことありません」

 

 

 その静寂を破ったのは、ジネットだった。

 

「ヤシロさんの功績は、有耶無耶でもなんとなくでもありません。はっきりと、それもとても幸せな方向に変わったことばかりです!」

 

 おぉーっと、ジネットがなんだか怒っている。

 マズいマズいマズい!

 ジネットにはちゃんと説明したつもりだったんだが……あぁっと、そうか。あいつは棒引きに参加してないし、夕飯の準備にわくわくしていたから詳しく話してなかったんだっけ。

 イネス、デボラ頼む、ジネットを抑えてくれ。

 

「店長さん、少しこちらへ」

「あなたは大きな思い違いをしています」

「思い違いではありません! ヤシロさんは、ご自身の苦労を顧みず、時には傷付いてまで、わたしたちのために……この街のみんなのために……」

 

 まーずーいー!

 これじゃあソフィーが完全に悪者になってしまう!

 そして作戦がパーだ!

 

 イネスとデボラが視線を寄越してくる。

「この人、黙らせるの無理っぽい」みたいな顔で。

 おいおいおい。今俺の方に視線を向けるな。作戦がバレるだろうが!

 俺が指示して俺を避けさせているって、ナタリアやルシアなら気付いちまうかもしれないだろうが!

 

 しょうがない……

 

「ソフィー……」

 

 ウサギ人族だけが聞き取れる声で次の指示を出す。

 

「店長さん」

「なんでしょうか」

「いい意味でです!」

「……いい、意味で?」

 

 ジネットが小首をかしげる。

 んなぁあ、ダメかぁ!

 ジネットならこれくらいのアホな返しでころっと騙くらかせるかと思ったんだが、さすがにそこまでアホの娘じゃなかったかぁ!

 

「いい意味でなら、別に構わないのですが」

 

 騙されてるぅ!?

 この娘、本当に大丈夫!?

 社会に出しても平気な娘!?

 

 それでも、依然釈然としない雰囲気を醸し出しているジネット。

 仕方ないので秘密兵器を投入する。

 

「……リベカ――ごにょごにょごにょ……」

「てーんちょー! わしも我が騎士のことは認めておるのじゃ!」

 

 俺の指示でリベカがジネットに飛びつく。

 そして、俺の言うとおりの言葉をジネットへと伝える。

 

「わしと二人で我が騎士悪くないもん同盟を組むのじゃ!」

「それは素晴らしいアイデアですね!」

 

 リベカが上げた両手にハイタッチして、「では頑張って仲間になってくださる方を増やしましょう!」と握り拳を作るジネット。

 あ~、リベカ。いいからジネットを俺のもとへ連れてきてくれるか?

 あとソフィー。リベカが俺を庇ったからってそんなに睨むな。演技だからな? お前が俺を敵視するのはあくまで演出上のことだからな?

 はっはー、ありゃあ完璧に敵認定されてる目だわぁ。

 

「ヤシロさん! わたしとリベカさんが味方です」

「いいか、ジネット。声を出さずに俺の話を聞け」

 

 蹲る俺の前に来たジネットにきちんと今回の作戦を伝える。

 やっぱこいつには事前に説明をするべきだった。たま~にすごく強情になるんだから、もう………………んだよ。別ににやけてなんかねぇよ。

 

「え……そういうこと、だったんですか?」

「ま、そういうことだ」

「じゃ、じゃあ、わたしもヤシロさんを悪く言わなければ…………えっと…………えぇ~っと…………や、ヤシロさんなんか……あの、ん~っと……」

「いや、お前は何もしなくていい。むしろしないでくれ。二秒でバレる」

 

 ジネットが誰かを悪く言うなんてのは無理な話なのだ。

 だから、ここはリベカに合わせてもらう。

 

「リベカ、助けてくれるな?」

「任せるのじゃ!」

「お前の働きで、お前の姉ちゃんの意見は間違ってなかったって、みんなが思うようになるからな」

「分かったのじゃ! お姉ちゃんが認められるとわしも嬉しいのじゃ。自慢のお姉ちゃんじゃからの!」

「ずきゅーん!」

 

 遠くでウサギが一羽撃たれた。

 こら。遠くの声が聞こえてるってバラすんじゃねぇよ。

 知らないヤツも多いが、エステラ辺りは忘れてるだけで知ってるんだからよ。

 

 もう、危なっかしいのでさっさと作戦を決行する。

 

「――ソフィー、仕上げだ」

「任せてください! 自慢のお姉ちゃんですから!」

 

 余計なことを叫び、ソフィーが俺に指を突きつけて宣言する。

 

「次の競技は、私たちの好きなようにやらせていただきます!」

「確かに」

 

 ソフィーをフォローするように、イネスとデボラ、それにニッカとカールがソフィーの周りに集まり、俺と敵対するように立つ。

 

「勝ちにこだわり続けて勝てないのであれば、もう勝利など諦めて楽しむことを優先させてもいいかもしれませんね」

「得点のためにと競技に出られなかった者たちも大勢います。それは不公平なことです」

「そもそも、やたらと勝ちにこだわっていたのはカタクチイワシだけデスネ!」

「あいつのわがままにはこれ以上付き合えないダゾ!」

 

 そんな、ソフィーたちの意見を受けて、マグダが黙考する。

 そして、ゆっくりと顔を上げて、ゆっくりと言葉を発する。

 

「……仕方ない。みんなの意見はもっともなこと。次の競技はこれまで活躍できなかった者たちを前面に出して、楽しむために参加することにする」

 

 そうして、マグダは首だけを動かして俺を見た。

 

「……これはマグダが決めたこと。文句があるならマグダが聞く」

 

 その言葉に、俺は黙って両手を上げた。

 完全降伏。

 俺はもう、競技のやり方に口出しはしない。

 あとはお前らで好きにやれ。

 

 ……と、そんな風に見えるジェスチャーだ。

 

「それじゃあ、わしはお姉ちゃんと同じ組になるのじゃ!」

「リベカぁー! 私もリベカと一緒がいいとずっと思ってました!」

 

 ウサギ姉妹が手を取り合ってくるくる回る。

 

「ニッカ、オレと一緒の組になるダゾ」

「もちろんデスヨ。……ワタシも、一緒がいいデスカラ」

「んじゃあ、俺たちも同じ組になってやるよ、カール」

「それが先輩ってもんですよね、カブさん」

「げっ!? カブ先輩、マル先輩……邪魔しないでほしいダゾ」

「邪魔なんかしねぇさぁ! なぁ?」

「そうですよ。まぁ、た~だ? お前らがいちゃついたら、お前の肩に置いた手にちょ~っとばかり力がこもっちまうかもしれないけどねぇ~?」

「お、鬼ダゾ、ウチの先輩ら!?」

 

 アゲハチョウ夫婦のイチャラブを阻止するカブトムシ&クワガタムシ。いいぞお前ら。最低な先輩ぶり、見事発揮してくれよ!

 

「……マグダは上がいい」

「もちろんッス! オイラたちがしっかりとマグダたんを支えるッスよ! いいッスね、グーズーヤ、ヤンボルド!」

「も~う、勝手に決めるんだもんなぁ……まぁ、棟梁の考えることくらい、最初から分かってたんですけどね」

「オレ、マグダたんのお尻、支える!」

「触ったら十年間給料抜きッスよ!」

「いやいやいや! ちょっとくらい触れますよ、絶対!?」

「グーズーヤは二十年間ッス!」

「ヤシロさんの比じゃない鬼畜っぷりじゃないですか、やだー!?」

 

 マグダの足下はトルベックが支えるようだ。

 ……つかグーズーヤ。そーゆーこと言うんだ。へー。ワスレナイカラナ……?

 

「ロレッタちゃ~ん☆ お願ぁ~い☆」

「分かったです! では、マーシャさんの足はあたしたちヒューイットシスターズが務めるです!」

「わぁ~い☆ 速そうだねぇ~☆」

 

 向こうではマーシャを担ぎ上げるロレッタ姉妹という組が完成していた。

 マーシャも上でなら参加できるか。なるほどな。

 

 

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