異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

46話 ハムっ子のお仕事 -1-

公開日時: 2020年11月14日(土) 20:01
文字数:2,620

 俺の予想通り、午後には雨が上がった。

 

「おにぃちゃん! 虹ー!」

 

 空にかかる虹に歓声を上げたのはロレッタの弟だ。

 俺は今、ハムっ子たちを引き連れて四十二区の中を歩いている。

 隣には、ウーマロ。

 

「はぁ……やる気が出ねぇ」

「なんでッスか!? なんか、軽く傷付くッス!」

 

 今ここには女子がいない。

 

 ジネットは教会の手伝いに向かい、ロレッタはスラムの洞窟で弟妹たちとろ過装置に使う材料を集めている。そして、それらの材料を運ぶのがマグダの仕事だ。

 エステラは館に戻り、ナタリアと再度打ち合わせを行うと言っていた。領主を納得させて金を引き出してくるのだそうだ。

 

 洞窟でのミーティングの後、ウーマロは一度トルベック工務店へ戻り人手を確保してきたようだ。

 取り急ぎグーズーヤと数名の大工が駆けつけ、現在スラムの洞窟内でろ過装置を作り始めている。

 ヤンボルドは他の大工に声をかけて回り、あとで合流するのだそうだ。夕方にはトルベック工務店全員集合となるだろう。

 

 それまでの間、俺たちは特に被害の大きな場所を回り水害の応急処置を施すことになった。

 四十二区を往復したウーマロが、何ヶ所か深刻な被害状況の場所を見たらしいのだ。

 それで、エステラから正式に依頼され、俺たちは一足先に慈善事業を開始することとなった。

 

 で、最初に訪れたのがここ、モーマットの農場だ。

 俺もこの前知ったのだが、モーマットは四十二区の農業ギルドの代表者らしい。……頼りねぇ。

 この付近の土地の大部分はモーマットのものらしく、モーマットはその土地を人に貸し与え農作業をさせているのだとか。豪農というヤツか?

 もっとも、儲かっている感じは一切しないけどな。

 

「おーい! モーマット!」

「おぉ、ヤシロー!」

 

 田んぼの中に立ち、モーマットが俺に挨拶を返してくる。

 ……いや、違うな。ここはモーマットの『畑』だったはずだ。

 

「……酷いな」

 

 俺は、完全に水没してしまっている畑を見て率直な感想を言う。

 水嵩はモーマットの膝下程度もあり、サヤエンドウやナス、トマトなんかが完全に水の中に沈んでいる。

 

「雨が上がって来てみればこれだよ……まぁ、ある程度予想はしていたが…………さすがに参ったぜ」

 

 畑は水浸しでビッチャビチャだが、モーマットの顔に浮かぶ笑みはカッサカサに乾いていた。

 もう笑うしかない状況なのだろう。……まぁ、笑えてないけどな。

 

「どうすんだよ、この野菜? さすがに売れないよな」

 

 沿道にしゃがみ畑を覗き込む。

 水路が溢れ、水に埋もれてしまっている。もはやなんの意味もなしていない。

 濁った水の中にぷかりと浮かぶ収穫前の野菜がなんとも物悲しい。

 

「これじゃあ、買い取ってはくれんだろうなぁ。まぁ、食えるもんは食うが、大半は廃棄だな。なぁ、ゴミ回収ギルドの方でいくらか引き取ってくれねぇか? こんな状況だから可能な限りまけさせてもらうからよぉ」

「まけるも何も、もともと値の付かない野菜じゃねぇか」

「ゴミを回収してくれるのがゴミ回収ギルドだろう!?」

「建前はな!」

 

 こいつはゴミ回収ギルド設立の一部始終を見ていたはずだ。

『使えもしないゴミを買い取る商売』ってのが、行商ギルドを追い詰めるための建前だと知っているはずだ。

 基本的に、俺は慈善事業などするつもりはない。……まぁ、今こうして似たようなことをやってはいるが、これは決して慈善事業などではない。ゆくゆく俺の利益に繋がる、いわば労働の投資なのだ。

 

「生活は大丈夫なのか?」

「まぁ……雨の前に早摘みした分があるから、貧弱な野菜だが……売れないことはないだろう」

「なるほど……で、それが売れたとして、生活は大丈夫なのか?」

「……大丈夫じゃねぇよ。完全にお手上げ状態だ」

 

 モーマットがしょげ返ってしまった。

 相当被害が大きかったのだろう。

 あ~ぁ、もう。この場に居もしないジネットの顔が浮かぶようになりやがった。で、きっとこんなことを言うのだろう。

「ヤシロさん。なんとかしてあげられませんか?」と。

 で、俺が何か対策を立てると満面の笑みでこう言うんだろ?

「はい! ありがとうございます」ってな。

 …………あぁ、これはもう、アレだな。ちょっとした病気だ。知らんぷりすりゃいいのによお……もう。

 

「……分かった。売り物にはならないけど、まだなんとか食えそうな――売り物にはならないがダメにはなっていない野菜を集めて、明日の朝にでも陽だまり亭へ持ってきてくれ」

「本当かっ!?」

「この話をウチの店長が聞いたらなんて言うと思う?」

「そりゃお前、可愛らし~ぃ顔して、こう、瞳をウルウルッとさせて『可哀想ですっ』って」

「違う。最近は自分の感想は口にせず、ただ一言……『ヤシロさん……』だぞ?」

「はっはっはっ! 信頼されてんじゃねぇか、ヤシロ!」

「……そりゃどうも」

 

 遠慮なく馬鹿笑いするモーマットを泥水に沈めてやりたくなったが、言い返せないからといって力に訴えるのは俺の信条とするところではない。……えぇいくそ、忌々しいワニめ。

 つか、水浸しの畑にワニがいるって……日本じゃ住民が大パニックになる事案だぞ。

 

「どうせ、どこも同じような状況なんだろう? ついでだからお前んとこのギルドの連中んとこのもまとめておいてくれ」

「そりゃありがたいが……自分で言っといてなんだが、大丈夫か? そんなに使えるのか? 傷んだ野菜はそんな長持ちはしねぇぞ」

「なぁに。ちょっと理由があってな。ウチの関係者が大量に肉体労働に従事することになったんだよ。そいつらの賄い料理にでも回すさ。どっちみち、放っといてもジネットが作っちまうだろうから破格の値段で手に入るならそっちの方がいい」

「そうかい? いや、実際買い取ってくれるとなると、なんか悪い気がしてきてよぉ」

「じゃあまけろよ。大まけしろ」

「そりゃそのつもりだが……」

 

 変な罪悪感を覚え、農家のワニが柄にもなくもじもじし始めやがった。……可愛くねぇぞ。

 

「見栄えが悪いと売り物にはならねぇが、味が良ければ食い物にはなる。お前んとこの野菜なら大丈夫だよ」

「ヤ、ヤシロォ…………ッ!」

 

 両手を広げ、涙目のワニがバッシャバッシャと水を蹴り飛ばしながら駆け寄ってくる。

 怖い怖い怖い! 水辺のワニは怖いんだよっ!

 

 40センチほど低くなっている畑に立つモーマットの首の根元を足蹴にして、俺はワニの襲撃を回避する。

 

「……ひでぇなぁ」

「オッサンに抱きつかれて喜ぶ趣味はねぇ」

 

 首をさすりながらも、モーマットはどこか嬉しそうだった。……そういうので喜ぶヤツじゃないだろうな?

 

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