異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

98話 大雪の日の来訪者 -1-

公開日時: 2021年1月3日(日) 20:01
文字数:2,299

「…………一着」

「ズ、ズルいです! 今、スパートの前に雪を投げてきたです!」

「……かけっこは、食うか食われるか」

「そんな命がけだったですか!?」

「まけたー」

「くわれるー」

「敗者は肉となるのみやー」

 

 雪の上を、マグダとロレッタが駆けていき、その後ろを弟たちが追いかけていく。

 ……元気だなぁ、こいつらは。

 

「よかったですね。マグダさんが元気になって」

「まぁな」

 

 教会で飯を食い、鍋いっぱいのお汁粉をみんなで飲み干して、俺たちは陽だまり亭へと帰ってきた。

 マグダはすっかり元気を取り戻し、寒さに震えることもなくなっていた。

 やはり、特別寒さに弱いということではなかったようだ。

 

 陽だまり亭の前でマグダが勝者のガッツポーズを決めている。

 なんとなく見つめていると、ふと視線が合う。

 

「…………ぉふ」

 

 視線が合うや否や、サッと逸らされてしまった。

 ……う~ん。やっぱり避けられてるなぁ。

 飯の後から、なんとなくマグダが俺を避けるような素振りを見せ始めた。

 飯の時は普通だったのにな。時間が経って冷静になった途端、急に照れくさくなり始めたのだろう。

 

「ほわぁぁああっ!?」

 

 庭に向かったロレッタが奇声を上げる。

 なんだ?

 何かあったのか?

 

「お、おにっ、おに、おにーちゃ、おにーちゃぁぁあん!」

 

 バタバタと、四足歩行で戻ってくるロレッタ。腰でも抜かしているのか?

 

「ひ、ひひひ、人が倒れてるですっ!」

「大変です!」

 

 ロレッタの言葉にジネットが駆け出す。……そして雪に足を取られて盛大に転ぶ。

 

「…………痛いです……」

 

 かんじきでダッシュとかするから……かんじきは真上に足を上げて、真下に降ろすように歩かなきゃそうなるんだよ。

 

 転ぶジネットを助け起こし、俺は陽だまり亭の庭へと回り込む。

 店の入り口。

 ドアの前に一人の男が倒れていた。

 

 ドカッと積もった雪に体の大半が埋まっている。

 

 その男の周りには、男のものと思われる足跡と、かんじきを履いた者の足跡だけが残されていた。

 

「犯人は、かんじきを履いていたのかもしれんな……」

「それ、あたしの足跡です!」

「ロレッタ…………お前……」

「犯人じゃないですよ!? さっき見に行った時の足跡です!」

「ヤシロさん! 見てください、その方の指先……何か文字が書かれています」

 

 ジネットの言う通り、雪に埋まった男の手元に文字らしきものが書かれていた。

 ダイイングメッセージというヤツだ。被害者が最後の力を振り絞って犯人の手掛かりを書き残すというアレだ。

 そして、そこに書かれていた文字は……『マグダたん』

 

「…………マグダ」

「……濡れ衣」

 

 マグダは犯行を否認する。だが、ダイイングメッセージはハッキリとマグダが犯人であると告げている……

 

「けど、マグダっちょはずっとあたしたちと一緒にいたです」

「くっ、そうか……マグダには完璧なアリバイがあるのか……」

 

 まさか、俺自身が容疑者のアリバイを立証することになるとは…………いや、しかし、なんらかのトリックを使って………………そうかっ!

 

「分かったぞ!」

 

 俺は拳を握り、そこにいる者すべてに向かって断言する。

 

「犯人は、この中にいる!」

 

 ざわっ……と、空気が波立つ。

 全員の注目が集まる中、俺は脳内で組み立てた完璧な推理を語り出す。

 

「犯人は、なんらかの方法で被害者をこの場所に呼び出し、なんらかの方法で教会から一瞬でこの場所へ来て、なんらかの方法で殺害、そして、なんらかの方法で何食わぬ顔をして教会に戻ったのだっ!」

「何一つ分かってないですよ、お兄ちゃん!?」

「えぇい、うるさい! トリックなんてのはそんなもんだ!」

 

 不可能を可能にするのがミステリーだ!

 

「つまり。犯人は、マグダ…………は、今日ちょっと頑張ったから……ロレッタだ!」

「ちょっと待つですっ!? そんな決め方、あんまりです!」

「あ、あの、ヤシロさん……その前に、倒れている方を助けてあげませんと……」

「おぉ、そうだな。一理あるぞ」

「一理、ですか……」

 

 困り顔のジネットに言われ、俺は雪に埋もれた男を助け起こす。

 そいつは、……大方の予想通り……ウーマロだった。

 

「うん。事故だな」

 

 被害者がウーマロなら、わざわざ推理とかする必要はない。不審死とかでも全然不思議じゃない。むしろ「あぁ、いつかそうなるだろうなって思ってました」ってインタビューで答えちゃうレベルだ。

 

「おい、ウーマロ」

 

 寒さでパシパシに凍りついたウーマロの頬を軽く叩く。

 

「……ん…………んんッス……」

 

 あ、そこにも「ッス」付くんだ。

 

「……あれ、ヤシロ…………さん?」

 

 ウーマロがまぶたを開ける。

 心なしか頬がコケているように見える。

 

 俺はウーマロの瞳を覗き込みながら、はっきりとした口調で言ってやる。

 

「店の前に不法投棄してんじゃねぇよ」

「オイラ、ゴミじゃないッスよ!?」

 

 うん。元気が出たようで何よりだ。

 

「……ウーマロ」

「あ……マグダたん…………会いたかっ……」

「……危うく犯人にされるところだった」

「あぁっ!? なんだかマグダたんが怒ってるッス!?」

「……ぷんぷん」

「怒ってるマグダたんも、マジ天使ッスゥゥウ!」

 

 はは、連れてってもらえばいいのに。天使に。パトラッシュくらい隣に置いといてやるぞ。パウラでいいかな、代用品? あいつ、イヌ人族だし。

 

「なんでマグダっちょの名前なんか書いてたです?」

「え? …………あれ、オイラなんでこんな文字を……?」

 

 無意識で書いたらしい。

 極寒の中、薄れゆく意識の中で最後の力を振り絞って書いたのが『マグダたん』…………うん、手遅れだな、こいつは。

 

「よく覚えてないッスけど、死ぬ時はマグダたんのそばがいいと思ったんッスかね」

「文字でもいいのかよ……」

 

 こいつのこの感情は恋愛じゃなくて信仰だな、もはや。

 

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