異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

106話 陽だまり亭裁判 -3-

公開日時: 2021年1月12日(火) 20:01
文字数:2,065

 今ここで、ポンペーオに「四十二区に嫌がらせしているか」と問い、否定したところで『精霊の審判』をかけてやれば一発で事実が判明する。

 カエルになれば犯人はポンペーオってことになるし、カエルにならなきゃポンペーオは無実だ。

 しかし、『精霊の審判』はむやみやたらと使っていい代物ではない。

 脅しに利用するとしても同じだ。

『精霊の審判』は相手の人生を一瞬で奪う武器であり、分かりやすくたとえるなら拳銃みたいなものだ。

 99%怪しい容疑者相手であっても、拳銃を突きつけるような行為は軽はずみにはしてはいけない。

 

 考えてみてほしい。友人やご近所さんに「あの人は何かあるとすぐに拳銃を向けてくる危ない人だ」なんてイメージを持たれてしまったら……きっとまともには生きていけないだろう。

 もしそれが、飲食店のような客商売なら、尚のことだ。

 

 パウラの気持ちも分かる。

 最も怪しい相手が、自分の嫌いなヤツだった場合……きっと誰でも「こいつが犯人だ」と決めつけてしまうことだろう。そして、すぐにでも制裁をと思ってしまうことだろう。

 だからこそ、慎重にならなければいけない。

 

 回りくどいようだが、順を追って対処していかなければいけないのだ。

『精霊の審判』は切り札だ。切り札は、最後に切るからこそ効果がある。

 初っ端からチラつかせていては、ここぞと言う時に足をすくわれてしまう。

 

 まして、こちらが仕掛けた切り札が『失敗』に終わった場合どうなるか……

 

『精霊の審判』が拳銃と違うところは、相手が嘘を吐いていなければ『回避』されてしまうというところだ。そして、『回避』されたということは、相手の『無実』が証明されたということなのだ。

 

 もしかしたら言質の取り方が悪かった可能性ももちろんある。『精霊の審判』は意外と穴のあるシステムだからな。

 だが、だからといって一度失敗に終わった『精霊の審判』を、二度、三度と使えるヤツがどれだけいるだろうか。

 もしまた回避されたら……と考えたなら、それが出来るヤツは限りなく少ないだろう。

 

『精霊の審判』は、濫用してはいけない。

 

 強過ぎる攻撃は、巡り巡って自分の首を絞めることになるからな。

 

 というわけで、『精霊の審判』は無暗に使わない方がいい。

 そもそも、こいつらはこれまでほとんど『精霊の審判』を使ってはこなかったのだ。その威力、効力、そしてそれがもたらす結末を恐れて。

 そして、恐れる心があったからこそ、この街が現在もなお平穏無事に回り続けているとも言える。

 一般市民までもがところ構わず銃を乱発するような世界が真っ当な状態を維持できるはずもないからな。

 しかし、その威力を何度か俺が利用したせいで、ほんの少しだが『精霊の審判』への抵抗力が減ってしまった感が否めない。

 だとするなら、ここは俺がきっちり言ってやらねばいかんのだ。

 

 強過ぎる武器は己の身を亡ぼす。

 それを知らない者は、力に溺れてしまう。

 

「とりあえず……、パウラ」

「なに?」

「俺に任せとけ」

「…………うん。そうする」

 

 笑みを向けると、パウラの顔から少し毒気が抜けた。

 語らずとも、こちらの思いを察してくれたのだろう。

 

「ヤシロならなんとかしてくれそうな気がするし、あたしが邪魔しちゃいけないよね」

 

 いや、あんまり過度な期待も困るけどな。

 

「まぁ、おかしなヤツがこの付近をウロつけないようにするくらいはやっておいてやるさ」

 

 そのためにも、ヤツの裏を探らなきゃなぁ。

 

「それで、私の疑いは晴れたのかね?」

「まぁ、黒ではなさそうだな」

「当然だ。そんな姑息なことなどしなくとも、私の店がこんな内装の雰囲気だけがずば抜けて素晴らしいだけの食堂に負けるはずがないのだ」

 

 ウーマロのところだけ褒めやがったよ、こいつ……

 

「では、話は終わりだな?」

「あぁ。わざわざ悪かったな。帰るか?」

「いや、店内をじっくり見せてくれたまえ!」

 

 ……どんだけ好きなんだよ、ウーマロのこと…………

 

「その前に、ポンペーオさん。当店の新製品をお召し上がりになりませんか?」

 

 ジネットが今朝仕込んでおいた『新製品』を手に、ポンペーオへと歩み寄る。

 

「新製品? なんだ?」

「フルーツタルトです。カスタードの甘みと、フルーツのさっぱりとした酸味が合わさって、とても美味しいんですよ」

「ふん。こんなケーキの紛い物など……」

 

 おいこら! 滅多なことを言うんじゃねぇよ。

 タルトは奥の深い崇高なケーキだぞ。

 

「まぁ、一口くらい食べてみるのも一興か…………………………うまっ!?」

 

 タルトを一欠け口に放り込んだ直後、ポンペーオが両目を見開いて、ダダダっと俺の前に詰め寄ってきた。両手をしっかりと握られ、鼻が触れそうな距離までイケメンフェイスがググッと近付いてくる。……怖い怖い怖い!

 

「これの作り方、教わってやろうか?」

「……お前なぁ…………」

 

 ウチがどんなケーキを出そうが気にせず、自分のケーキを提供するんじゃなかったのかよ……

 

「ごめんくださ……おや、これはまた。大盛況ですね」

 

 グイグイ迫りくるポンペーオをそろそろ蹴り飛ばしてやろうかと思い始めた頃、陽だまり亭にアッスントがやって来た。――朗報を持って。

 

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