「さぁ、ヤシロ、ロレッタ。さっさと行くよ~」
こっちでがちゃがちゃ騒がしくやっていたことすべてをまるっと無視して外出の準備を整えていたエステラ。
お前はもう少しこっちに興味持てよ。何を生き急いでいるんだよ。
もしかしたら、アレかもしれないぞ? お前が前へ前へと急ぐせいで、今まさに膨らもうとしているおっぱいに追いついていつまでもぺったんこなのかもしれないんだぞ?
言われてみれば、おっとりのんびりしたジネットやベルティーナ、自分で動く前に他人をアゴで使うイメルダあたりが巨乳なのはそういう理由なんじゃないだろうか?
という世紀の大発見を熱く語って聞かせたらエステラにグーで殴られ、ジネットに「懺悔してください」と強めに叱られた。
……こいつら、学者には向かないな、絶対。
「大体、その理論が正しいとすれば、デリアの胸が大きいのはどう説明するのさ? デリアだって落ち着きなく動き回っているじゃないか」
「バカだなぁ、エステラ。あれは遺伝だ」
「あれもこれもなくて、全部そうなんだよ!?」
く……図らずも、自身の提唱した仮説を自分で否定してしまった。
「うむ。ちょっと部屋に籠もって新しい仮説を立ててくる」
「教会行くですよ!? 忘れないであげてです!」
あぁ、そうだったな。
じゃあ、さっさと行くか。……雨だけど。
「……止まないかなぁ」
「君の日頃の行いが素晴らしくよければ、精霊神様の慈悲があるかもしれないよ」
「精霊神の日頃の行いが大してよくねぇんだから相殺して、トータルで見たら俺の方がちょっといいくらいだろうが」
「君の思考はポジティブというよりかは恐れ知らずに近しいよね……ホント」
呆れ顔で俺に傘を押しつける。
……って、これ、お前のじゃねぇか。
「相合い傘しろって強要してんのか?」
「は、はぁ!? 違うよ! 雨降ってるから傘を渡しただけだよ!」
「いや、持ってるし、自分の傘。ジネット~」
「はい。気を付けてくださいね」
俺が言う前に取りに行ってくれていたようで、すぐに差し出してくれる。
二人で差すより一人で差した方が濡れないからな。
「あと、このタオルを持っていってください。濡れてしまった時、すぐに拭けるように」
そう言って、タオルの入ったカバンを俺の肩にかける。
教会にもあるだろうがタオル…………いや、こうも雨続きなら、ガキどもが濡れまくってタオル不足に陥っているかもしれないな。
タオルを持ち、傘を差して、ジネットとマグダに見送られて俺たちは陽だまり亭を出発する。
歩いて数歩でズボンの裾が重く冷たくなってくる。
……まったく。思い出したように土砂降りになりやがって。
このまま歩いて教会に向かえば、着く頃にはズボンはびちょ濡れだろうなぁ。
とかそんなことを考えていると……
「あ~、ちょうどよかったわ、自分ら」
……背後から声をかけられた。
全身びっしゃびしゃに濡れまくったレジーナに。
「どしたんだ、お前!?」
「異色のコンビの、相合い傘やー!」
全身ずぶ濡れのレジーナの足下を見ると、ハム摩呂が子供用の小さい傘を差していた。
気持ち程度に、レジーナの膝付近を雨から守るように。
「あんたが差してどうするです!?」
「男の子が差すものって、聞いたー」
「女の子の方が一切傘に入ってないですよ!?」
ハム摩呂の身長じゃ、どう頑張ってもレジーナを傘に入れることは出来ない。
なら、お前が傘差せよ。
「出かける前にどうにか出来なかったのかよ?」
「ウチなぁ……天然さんを真面目に諭すの、苦手やねん」
ボケに突っ込むのは得意なのにな……
なるほど。レジーナとハム摩呂は相性が悪いんだな。悪意が微塵もない相手は邪険に出来ないもんな、お前は。
「とにかく、俺の傘に入れ」
「うんー! おにーちゃんと、相合い傘やー!」
「お前じゃねぇよ、ハム摩呂!?」
「はむまろ?」
「なぁ……ウチ、割と真面目に寒いんやけど? 普通はん、手ぇ出たら、ごめんな?」
「はぁあうゎう! あ、あたしがあとで叱っておくですから、その手に持った怪し過ぎる液体の入った小瓶はしまってです! 代わりに謝るですから!」
レジーナがそこはかとなくマジなトーンで警告をもらす。
ほらほら、いいから髪拭け。
……まさか、教会に着く前に使うことになるとはな、タオル。
ジネットの先見の明ってやつか……? いや、ジネットですらここで使うとは予想してなかっただろうけど。
「あぁ、やっぱり自分に合ったサイズってえぇもんやなぁ。ウチ、自分くらいのサイズがぴったりやわぁ……ほな、早よ入れてんか」
「その言葉選び、わざとだろう? 雨の中に突き飛ばすぞ」
「やめて! ウチ、これ以上濡れたらオカシぃなってま……やーめーて! 雨冷た~い! ごめんて~じぶ~ん! じょ~だんやんかぁ~!」
こいつは、次から次へと……
卑猥の泉か、お前の口は。
傘に入れ、勝手に髪を拭かせておく。……っとに。
「君たち……子供がいるんだから、自重してくれないかい?」
「俺に言うなよ。全部こっちのエロメガネだろうが」
「誰が濡れシャツボインちゃんやねん!?」
「言ってねぇよ!」
「そして君だよ、濡れシャツボインちゃんは!」
「エステラさんっ、そのツッコミ間違ってるですよ!? 確かにシャツが濡れてすごいことになってるですけども! 意識掻っ攫われないでです!」
緑色をした長い髪をタオルで包み込んで絞るように握りつつ、レジーナが「にしし」と嬉しそうに笑いをこぼす。
特定の人間の前では人見知りもネガティブも出なくなってきているようだ。
「はぁ~……助かったわ。タオル、おおきにな」
「それはジネットに言ってくれ」
「ほなら、今度会ぅた時におっぱいで語り合ぅとくわ」
「そういうことなら、是非立ち会おう」
「ヤシロ~。用水路がすごい増水してるんだけど、入る?」
モーマットの畑沿いに流れる用水路がまたすごいことになっている。
ここの水が減り過ぎてトラブルになってたのが嘘みたいだ。
……で、誰が入るか、こんな流れの速い用水路に。俺はオメロじゃねぇんだよ。
「けど……ちょっと、寒いなぁ……」
「あの、ごめんです。レジーナさん。ウチの弟のせいで、服が濡れちゃって……」
「まぁ、濡れた服さえ脱いだらしまいやさかい、気にせんとって」
「教会で着替えを借りるといいよ。大人用の服も置いてあるって、ジネットちゃんが言っていたから」
「ウチ、別に全裸でもかまわへんで?」
「こっちが構うんだよ!?」
「いや、待てエステラ。個人の主義主張を他人がねじ曲げるような行為は感心しないぞ」
「ヤシロ。貯水池がそこにあるんだけど、突き落とすよ?」
そうしたら、俺も全裸で過ごすぞ、教会で。
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