異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚19 二人はいい子 -1-

公開日時: 2021年3月4日(木) 20:01
文字数:4,085

「……おかえりにゃさいませ」

「…………マグダ、噛んだのか、今?」

「……にゃんのことにゃ?」

「あぁ……わざとなんだ」

 

 セロンのところから戻った俺とエステラを、マグダが獣っ娘口調で出迎えてくれた。

 ディナータイムのピークも過ぎて、夜はすっかり更けていた。店内に客の姿はなく、今日はこのまま店じまいになるだろう。

 だからまぁ、これは何かの遊びなのだろう。

 

「いつの間に始まったんだ、獣っ娘フェア?」

「頑張ったヤシロさんとエステラさんへのサービスだそうですよ」

 

 厨房からジネットが顔を出す。

 手にお盆を持ち、こちらへと歩いてくる。

 

「夕飯、用意しておきました。食べてくださいね」

 

 時刻は夜。

 ちょうど腹が減っていたところだ。

 

「エステラさんも、よろしければ」

「いいのかい? 助かるよ。お腹ぺこぺこだったんだ」

 

 図々しくもお言葉に甘える気満々のエステラ。

 そういう時は「いえ、時間も時間ですので」って辞退しろよ。京都辺りじゃ『ぶぶ漬け』出されちまうぞ。

 まぁ、ジネットの場合はそんなニュアンス微塵も含んでないんだろうけどな。

 

「お前らはもう食ったのか?」

「はい。いただきました」

「……今日のパスタは絶品だった」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 料理を褒められて、ジネットが嬉しそうな顔をする。

 セロンのところで小一時間ほど話し込んでいたため、他のみんなはすでに食事を終えてしまったようだ。

 まぁ、夕飯時は客が増えるから、どうしても飯を食う時間がずれたりしてしまうってのは、いわば飲食店で働く者の宿命だ。

 みんな一緒に食事ってのは、教会での朝食以外ではなかなか難しかったりする。

 

「お兄ちゃんにゃ。コーヒーの入れ方店長さんから教わったですにゃ。試しに飲んでですにゃ」

 

 う~ん……ロレッタはいまだに「にゃ」をマスターしてないのか。

 その「にゃ」を「じゃ」に変えるとババアみたいになるぞ。「ですじゃ」みたいな。

 

 俺が席に着くと、目の前にコーヒーカップが置かれる。

 エステラの前には、ジネットが紅茶を置いた。エステラはコーヒーより紅茶派だからな。

 

「忌憚なき意見を聞かせてほしいですにゃ」

 

 朝、マグダが持ってきてくれたのは、自分で淹れた風を装ったジネットのコーヒーだったが、今回は本当にロレッタが淹れたようだ。

 緊張した面持ちでこちらを窺っているロレッタ。

 

「どれ……」

 

 ロレッタの淹れたコーヒーに口をつける……………………苦っ!?

 

「……お前、何した?」

「えっ? えっ? あの、て、店長さんに教わった通りの淹れ方をベースに……」

「『ベースに』……?」

「じ、自分なりのアレンジを……」

「余計なことすんなっ!?」

「にゃふぅっ!? お兄ちゃんが怒ったですにゃっ!?」

 

「にゃ」じゃねぇよ「にゃ」じゃ!

 まずは基本に忠実に! アレンジはその先だ! 十年修行してから言いやがれ、アレンジだオリジナルだなんて言葉は!

 

「罰として、全部飲め」

「む、無理ですっ!? 普通のでさえ苦いですのに!?」

 

 ってことは、普通より苦いって自覚はあるんだな……

 

「味見できるようになってから淹れろ。それまでは禁止だ」

 

 豆がもったいない。

 ここ最近はコーヒーの需要も増えてきたんだからな。

 コーヒーゼリーは、今や陽だまり亭の人気メニューだ。

 コーヒー豆も無駄には出来ない。

 

「飲めないほど苦いのかい?」

「それほどではないが、飲む意味が見出せないレベルではあるな」

「あ、じゃあこうするですにゃ! ミルクとはちみつをたっぷり入れて……!」

「だから変なアレンジすんなってのに!」

 

 甘ったるくなったコーヒーなんか余計飲めねぇわ。

 

「ヤシロさん。コーヒー、淹れ直してきましょうか?」

 

 ロレッタの失敗作を見て、ジネットが窺うように聞いてくる。

 ロレッタのコーヒーは、まったくもって飲めたものではないのだが…………

 

「いや、俺はこれでいい」

 

 豆を無駄にするのも忍びないしな。

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 突然ロレッタが俺の首に抱きついてくる。

 なんだよ、急に!?

 

「今度はちゃんと成功させるですっ! 美味しいヤツ飲んでもらうですっ!」

「あぁ、はいはい。言われた通りにしてりゃ、それなりのものは淹れられるからな」

「それなりじゃなく、ちゃんと美味しいやつを淹れるですっ!」

 

 だから、そこで変に力むから失敗するんだっつの。

 

「飲む意味を見出せたようだね」

 

 紅茶を片手に、知った風なことを言うエステラ。

 なんだよ、飲む意味って。『豆がもったいない』以外にあるか、そんなもん。

 

「……ヤシロは甘々」

「あぁ、だから苦いコーヒーも飲めちゃうわけだ」

 

 なんだそれ。うまいこと言ったつもりか?

 ……にやにやすんな。

 ここでこのコーヒーを捨てたら、そりゃさすがのロレッタもへこむだろうなぁ、くらいのことしか考えてねぇよ。

 マズいが飲めなくはないんだ。飲むさ、そりゃ。

 そんで、これがいかにマズいかを切々と語り聞かせてやる。二度と失敗しないようにな。

 

「おい、マズッタ」

「酷いですっ!? そりゃ、このコーヒーはマズいかもしれないですけどっ! 他のものはちゃんと美味しく作れるですよっ!」

「コーヒーを飲むから離れろ」

「イヤです! 『オイシイッタ』って言うまで離れないです!」

 

 いや、お前ロレッタだろう。

 いいのかよ、『オイシイッタ』で……

 

「お二人とも、お食事は何にされますか?」

 

 奥歯の奥が「いぃー!」ってなる一息つけないコーヒーを飲んで一息ついたところで、注文を聞かれた。

 何を食うかは全然決めていなかったのだが……

 

「じゃあ、絶品のパスタで」

「あ、ボクも同じのを」

「はい。少々お待ち下さい」

 

 ぺこりと頭を下げ、ジネットが厨房へと入る。

 エステラは紅茶を飲んでくつろいでいるが、俺はロレッタに取り憑かれて全然くつろげない。飯が来るまでこのままじゃないだろうな?

 そんな俺と俺の首に巻きつくロレッタを、マグダはジッと見つめている。

 

「……実は、店長もマグダと同じものを食べていた」

「パスタか?」

「……そう」

 

 最近、パスタの人気が上がってきている。

 発売当初は二軍扱いだったことを考えると胸アツだ。

 

「……つまり」

 

 無表情のマグダの口角が「にやり」と持ち上がる。

 

「……ロレッタだけ仲間外れ」

「はぅっ!? そういえばあたし、今日はオムライスを食べたですっ!?」

「いいじゃねぇかよ、それくらい」

「なんかいやですっ! 店長さん! あたしにもパスタお願いするですにゃー!」

 

 思い出したかのように獣っ娘を発揮して、ロレッタが厨房へ駆け込んでいく。

 ……夕飯を二回も食うな。

 

「マグダ。君、面白がっているだろう?」

「……ロレッタは、可愛い」

 

 エステラのため息に「むふー」と満足げに答えるマグダ。

 後輩いじりとか……お気に入りの子をいじめちゃうタイプか?

 

「ロレッタ、やめとけ。あとで一口やるから」

「いや、なんか、注文したらお腹空いてきたです。一人前イケるです!」

「……賄いを二人前も食うんじゃねぇよ。金取るぞ」

「にょにょっ!? じゃ、じゃあ、今日の閉店作業と、お風呂の準備と、寝る前の戸締まり、全部あたしがやるですっ! パスタ代、働いて払うです!」

「ロレッタ、必死だねぇ。ふふ……」

 

 力説するロレッタを見て、エステラとマグダがニヤニヤしている。

 なんだろう……ロレッタって、愛されてるのかいじられてるのかよく分かんねぇな。

 まぁ、愛されるいじられキャラなんだろうけど。

 

「ヤシロ。もう食べさせてあげたら?」

「いや、つぅかさ……」

 

 働くならパスタくらい食わせてやっても構わんが……というか、ジネットがなんだかんだ言って食わせてやるのだろうが……それよりも気になることがある。

 

「ロレッタ。お前、泊まるの?」

「ほぅ?」

「いや、戸締まりとか風呂の準備とか言ってるからさ」

「ギルベっちゃんが泊まるとか言い出した時から泊まる気満々だったですよ?」

「いやいや。ギルベルタ、帰ったし」

 

 途端に、ロレッタの瞳が一回りくらい大きくなりうるうると潤み出す。

「も、もう心がお泊まりモードになってるです! この盛り上がった気持ちのまま帰るなんて悲し過ぎるです!」

「い、いやっ、泊まっていい! 泊まっていいけど、ちょっとなんでかなって思っただけで……あぁ、もう! マグダ、ロレッタの寝間着を用意してやってくれ!」

「……了解した」

「ぅわ~い! お兄ちゃんもマグダっちょも大好きです!」

 

 はぁ、ビックリした……

 何も泣かなくても……

 

「泊まる気でいて、それが無しになるってのは、そんなに悲しいもんなのか?」

「もちろんです! それはもう、一瞬目の前が真っ暗になるくらいです」

「そんなもんか?」

「そんなもんです!」

 

 ロレッタの目は真剣だ。捨てられることを察知した子犬みたいな目をしている。

 そうか、そんなになのか。

 だとしたら、ギルベルタは相当寂しい思いをしたかもしれんな……

 明日、ちょっとくらいはサービスしてやるか。あいつが何をすれば喜ぶのかなんて知らないけど……まぁ、なんかしてやろう。

 

「ふふっ。君も、女の子の涙の前では形無しだね」

「んなことねぇよ」

「今度ボクも泣いてみようかなぁ。それで君が優しくなるのなら」

「嘘泣きは『精霊の審判』に引っかからないのかよ?」

「さぁ、試したことないからね」

 

 エステラが嘘泣きを武器にしたことなんか、きっと一度もないのだろう。

 こいつは、そういうズルい手段を使わない。

 まっすぐ過ぎるバカ領主だからな。

 

「だったらエステラさん! 『にゃー』って鳴くといいです!」

「うん……『なく』の意味が違ってるね」

「え、でも。『にゃー』って鳴くと、お兄ちゃん優しくなるですよ?」

「え、なに? 俺ってそんなイメージも持たれてるの?」

「持ってるですにゃ」

「だから、お前のはちょっとお婆ちゃんっぽいって」

「マジですかにゃ!?」

 

 うむ。自覚はなかったようだ。

 わざわざ教えるようなもんでもないからなぁ……

 

『ネコ語の正しいやり方はこうだっ!』

『こうですかにゃ!?』

『ちが~う! もっと可愛くっ! もっと心を込めてっ!』

『はいにゃ!』

 

 ……アホくさいったらないな、その光景。

 必要ならマグダが伝授するだろう。店員の教育はマグダに任せておけば間違いない。………………でも、ないか? たまに変なサービス始めようとするし…………え、俺が監督するの? なにそれ、拷問?

 

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