異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

62話 蝋 -2-

公開日時: 2020年11月30日(月) 20:01
文字数:2,324

「確かに素敵だよね、花に囲まれたお店って」

「やっぱり、そう思いますか?」

「思うです思うです! ……でも、もう一味スパイスが欲しい時は…………視界の隅に黒い影なんかが……」

「手入れが大変なんじゃないのか?」

「わたし、植物のお世話って好きですよ」


 まぁ、ジネットならそうかもな。


 と、エステラが何か意味深な笑みを浮かべて俺を見てくる。……なんだよ、その目は?

 そしてジネットに向き直るなり、こんなことをのたまった。


「お店が繁盛すれば、ジネットちゃんにも花束を持ってくる男が出てくるかもね。ジネットちゃん、可愛いし」


 そんなことを言いながら、チラリと俺に視線を向ける。

 ……なんだ? 何が言いたいんだ?

 言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろうが、こら。


「そ、そんな。わたしなんて、全然ですから……」

「いやいや。見ていると癒されるし、ご飯は美味しいし、気は利くし……見る目のある男ならすぐに見初められちゃうんじゃないかなぁ」

「見る目…………見える目……そう、その人は見たですよ…………闇に蠢く黒い影を……」

「もしそうなったら、花を買う金が浮くな。経営に優しい男だ。どんどん貢ぐがいい」


 そんな話で俺がどうこうなると思ったか?

 何がしたいんだ、エステラよ。

 十代の若者なら、そんな一言で動揺もするかもしれないが……あいにく俺は…………あ、今は十代か。


 とにかく、ジネットが誰かに言い寄られたところで、俺がどうこうすることもない。

 そんなもんは、ジネット自身がどうするか決めればいいだけの話であって………………


 なんかムカつくな、この話。


「そんなことよりも祭りだ、祭り。祭りで売る物の話をしてるんだよ。祭りで花なんか売れるか!」

「すみません。わたしが余計なことを言ってしまったせいで、話が脱線してしまって」

「いやいや、店長さん。脱線することは悪いことではありません。気を付けなければいけないのは、行く宛てを見失ってフラフラとさまよい歩く…………そう、浮かばれない影のような存在が……」

「いやいや、ジネット。お前に話を振ったのは俺だから、それは別にいいんだよ。謝ることじゃない」


 頭を下げるジネットに、俺は気にするなと伝える。

 悪いのは、くだらないイタズラ心でおかしな方向へ話を導いた赤髪のぺったんこ貴族と、……諦めの悪いハムスター娘だけだ。


「ごめんね、ジネットちゃん。冗談のつもりだったんだけど」

「いいえ。お気になさらないでください」

「気になると言えば、あたし今、すごく気になることがあるです。何かと言うと、黒い影が……」

「それでエステラ。そのレンガ職人ってのは花壇を作ってるのか?」

「そうだよ。四十二区唯一のレンガ職人さんでね、いい品を作っているんだ。ウチの花壇もそこのレンガを使っているんだけど、やっぱり本物は違うよね」

「本物……そう、確かにその女性は見たです。目の前に、確かに存在した、黒い影をっ!」

「そんなに腕がいいなら、噂くらい耳にしてもよさそうなもんだけどな……」

「おっ! 噂ですか!? お兄ちゃん、いいキーワードを口にしたです! そうです! 噂ですよ、噂! 噂の究明に……」

「四十二区で、花壇にまでお金をかけられる人って少ないからね。需要が少な過ぎるんだよ」

「それって、遠回しに自慢してないか、この小金持ち」

「そんなつもりはないよ。……今はすごく貧乏だしね」


 と、しくしくとすすり泣くエステラ。

 その後ろで耳を澄ませるジェスチャーをするロレッタ。


「ややっ! ……どこかからすすり泣く女の声が聞こえるです……」


 それエステラだから。

 お前の目の前にいるから。


「なら、そのレンガ職人にも出店してもらおうかな」

「祭りでレンガを売るのかい?」

「売れなくても、現物を見てもらうだけでも宣伝になるだろう。いいものは広めないとな」


 それがゆくゆく、四十二区の税収を支えることになる。……かも、しれない。


「広めると言えば、今巷で広まっている噂が……」

「それじゃあ、レンガ職人にも会いに行った方がいいね。どうする? ボクが行っておこうか?」

「はいっ! はいです、はい! あたしが! あたしとお兄ちゃんが行くです! この地区一帯をたっぷりじっくりねっとりと調べ尽くしてくるです!」

「……ロレッタ、君…………挫けないよね」


 あ~ぁ、絡んじゃった。

 そいつの存在を認めた時点でお前の負けだぜ、エステラ。


「それじゃあ、張り切って調べるですよ、お兄ちゃん! おぉ、奇しくも時間は夕方! 光る影が目撃された時間が迫ってくる頃合いじゃないですか!? ジャストタイミングですっ!」

「……あの、ヤシロさん? ロレッタさんはなんの話をされているのでしょうか?」

「くだらない噂話だ。気にしなくていい」

「そうなのですか?」

「やや!? 店長さん、気になるですか!? 気になっちゃったですか!? ではお聞き願うです、闇夜に浮かぶ怪しい光……そしてその中に佇む黒い影のような女の話を……」

「ひっ!? あ…………あの、わたし…………ちょっと、用事を思い出しまして…………」


 ジネットも怖い話は得意ではないらしい。

 よし! これは使える!


「こら、ロレッタ。『店長を』怖がらせるような真似はやめろ! この店で一番尊重されるべき『店長を』怖がらせるような行為はな!」

「……ヤシロ。自分が怖いからって、それをジネットちゃんのせいにしてないかい?」


 はっはっはっ、何を言うんだいエステラ君。

 俺が怖がっているとでも言うのかい?

 幽霊なんて枯れ尾花であり、寝ぼけた人の見間違いであり、一部の胡散臭い自称霊能力者の金儲けのための作り話に過ぎないというのに。


「もう! どうして誰も聞いてくれないです!? あたし、話したいですのに!」


 お前が話したかろうが、こっちは一切聞きたくねぇんだよ!

 空気読めよ! 察しろ!


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