「はい、ヤシロさん」
「ん? おう、サンキュウ」
ジネットが俺に取り分けたおかずを差し出してくれた。
唐揚げにエビフライ、ミニハンバーグとアスパラベーコンが載っている。……重いな。
「すみません。バランスよくと思ったのですが、すぐになくなっちゃいそうだったので」
見れば、エビフライも唐揚げもハンバーグも、物凄い勢いでその数を減らしていた。
アスパラベーコンも思っていた以上の売れ行きだ。
「エビフライ、うまっ!?」
「なにこれ!? 初めて食べた!」
「ウチの店のエビフライより美味し……いやいや、ウチのだって負けてない!」
エビフライが何名かの人間に衝撃を与えているらしい。
そりゃあ、最高級のエビフライだからな。
俺だって滅多に食えねぇ逸品だ。
「お前ら、そのエビはウチのニッカが海に出て獲ってきたエビなんダゾ! 感謝して食べろダゾ!」
なんでかカールが偉そうにふんぞり返っている。
数名の男がカチーンときた顔をしている。
「なんでお前がそんな偉そうなんだ」ってのと、「あんな可愛い嫁もらいやがって、臭角もなくなってないイモムシのクセに」という思いがありありと伝わってくる。
「もう、カール。恥ずかしいから騒がないでデスネ」
「だって、ニッカが獲ってきたエビがあまりにも美味しくて、オレ自慢したくなったダゾ」
「自慢はしないでいいデスヨ……ただカール一人が『美味しい』って思ってくれたら、ワタシは嬉しいデスカラ……」
「あはぁ! ウチの嫁可愛いダゾ! このエビフライもニッカの味がする気がするダゾ!」
ほっほぅ……「お前のこと、食べちゃうゾ」ってか?
このイモムシ……よぉし。
「みんな! このエビフライはニッカの味がするらしいぞ! ニッカをガン見しながら味わってやれ!」
「「「「合点だ!」」」」
「うわぁ、ニッカうまっ! ニッカ、すっげぇぷりっぷり!」
「奥さん、いい味出してるねぇ」
「いい具合に引き締まってるよ!」
「若奥様、濃厚だなぁ~」
「人妻美味しいなぁ~!」
「わぁぁああ! やめろダゾ! お前らニッカをそんな目で見るなダゾ!」
ふん。
モテない……もとい、女にうつつを抜かす間も惜しんで仕事に情熱のすべてを傾ける漢たちの前でイチャイチャするからだ。
わぁ、ニッカってば、尻尾がカリッカリ! ふん!
「ダメですよ、ヤシロさん。いじめちゃ……くすくす」
言いながらも、ジネットは嬉しそうだ。
まぁ、悪意はないからな。……悪意がなかろうが酷いセクハラであることは確実なのだが……
「……? あの男たちは何を言ってるデスカ? 人妻が美味しい? あのエビ、旦那がいるデスカネ?」
……と、超鈍感なニッカ本人が気付いていないので大目に見てもらおう。
なんでも、セクハラってやられた人が不快に感じたらアウトらしいし。うん。セーフセーフ。
「というわけで唐揚げを食べよう」
「ちょーっと待った、あんちゃん!」
ずどじゃあー! と、パーシーが俺の前に割り込んでくる。
レジャーシートの上で暴れんな……
「……米の一粒でもこぼしたら、罰するからな?」
「お…………おぅ……こ、こぼれてねぇーし、いや、マジで……こ、怖い顔すんなし……マジゴメンて……」
俺の前で正座して頭を垂れるパーシー。
よしよし。食い物のそばでは暴れるな。
「で、なんだよ?」
「か、唐揚げ食べる時に、その……ネフェリーさんを見るのはなしだかんな!」
「見るかよ、んなもん」
「マジだかんな!? さっきみたいなやらしいの、なしだからな!」
あのなぁ、パーシー。
……ネフェリー(ニワトリ)を見ながら唐揚げを食うとか……子豚の前でとんかつ食うのと一緒だろうが。
いや、母牛の前で仔牛のロースト食うようなもんか。
とにかく、ご本人さんの前では食いにくいんだよ、肉!
「と、特に、この唐揚げは胸肉だから、その、ネ、ネフェ、ネフェリーさんのむ、む、む、むね、む……」
「兄ちゃん、キモい」
「ちょぉおおう!? モリー、いつの間にそこに!?」
「お前が滑り込んできた時からだ。あんま妹の手を煩わせるなよ」
「本当にすみません、馬鹿な兄ちゃんで」
「バカとか言うなし! あとキモいも!」
「じゃあ、ニワトリさんに『あなたの胸肉美味しいです』って兄ちゃんが言ってたって言ってくる」
「待ってモリー! オレそんなこと言ってねーし! マジでねーし!」
騒がしい兄妹が去っていく。
『騒がしい兄』と妹が去っていく、だな。
「しかし、相変わらず陽だまり亭の飯は美味ぇな」
ウッセがそんなことをぽつりと漏らす。
ジネットがそれを聞き止めて物凄く嬉しそうな顔を見せる。
そしていそいそと唐揚げとアスパラベーコンを取り皿に盛ってウッセに差し出した。
「よろしければ、こちらもどうぞ」
「えっ!? お、俺に、か?」
「はい。お腹が膨れていなければ」
「いや、そんな。全然まだまだ食えるけど…………その……なんか、悪ぃな」
オッサンがガラにもなく照れている。
座り直して両手で小皿を受け取ると、遠慮がちに頭を下げる。
真正面に向き直って、顔を下げ……はっ!?
「谷間を覗くな!」
「お前と一緒にすんな!」
「巨乳好きは一緒だろう!?」
「節操がないのはお前だけだ!」
「ジネット、どう思う!?」
「ヤシロさん。懺悔してください」
ちぇ~!
ウッセだっていつもチラ見してんのに。
「面と向かうとヘタレやがって。いっつもすみっこの席でチラチラ見てるくせに」
「ちょっ!? おまっ、ひ、人聞きの悪いことを!」
「あ? 『精霊の審判』かけんぞ?」
「…………今日は、禁止だろうが」
それは自白と同義だろうが。
巨乳好き狩人がこそこそと退散し、空いたスペースにルシアがどっかと腰を下ろした。
ギルベルタも後をついて来てちょこんと座る。
「実に見事な味だぞ、ジネぷー」
「ありがとうございます」
「しかし、アレだな! 冷えてるからかもしれんが、やはり普段の食事とはちょっと違った味に感じるな」
「はい。冷めても美味しい……いえ、冷めた方が美味しく感じる味付けにしてあるんです」
「うむ! 見事だジネぷー! 三十五区へ嫁に来い!」
「ダメですよ!? 店長さんはあげられないです!」
「……ハム摩呂はどうするつもり?」
「ハム摩呂たんのところには……わ、私が嫁に行くっ……ぽっ」
「ジネットが三十五区で一人ぼっちじゃねぇか、それ」
「うふふ、それは困りますね」
ルシアの与太話をジネットが面白そうに受け流す。
他所の領主にここまで気に入られるってのもなかなかだよな。……あ、そもそも自区の領主を餌付けしてた人物だったっけな、ジネットは。
こいつなんじゃないか、実は? 各区の領主が四十二区に集まりたがる原因になってるのは。
「トレーシーさん、いかがですか?」
「はい。美味しいです。ねぇ、ネネ……さん」
「はいとっても美味しいです。トレーシーさ……ん」
いや、だから、大丈夫だって。
もう普通に呼び捨てと様付けでいいから。……しつこいなぁ、こいつらのトラウマ。
「マーゥルさん、油っぽくはないですか?」
「ううん、とっても美味しいわ。揚げ物なのにくどくなくて、お箸が止まらなくて困っていたところよ」
「奇遇ですね。私も止まりません」
満足げなマーゥルに、にこにこ顔のベルティーナ。お前の箸が止まらないのはいつものことだろ、ベルティーナ。
「ドニスさんもフィルマンさんも、おひとついかがですか?」
「「いや、自分でやるので大丈夫だ」です」
ブレないな、この拗らせ血族は!?
別におかずを取り分けてもらうのは浮気にはならないからな!?
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