異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

133話 たまには一人で -3-

公開日時: 2021年2月9日(火) 20:01
文字数:2,526

「おぉ……こうなったかぁ……」

 

 思わず口を開けて、その通りを眺めてしまった。

 四十一区の大通りが、滅茶苦茶綺麗になっていた。

 道が舗装され、店が整理され、外観も煌びやかに、華やかに変わっている。

 

 荒野のあばら家みたいだった武器屋はすっかり影を潜め、オシャレなギャルがルンルン気分でウィンドウショッピングに勤しみそうな明るい街並みになっている。

 

 そんな大通りのど真ん中。

 大きく開けた中央広場に、なんだかよく分からない奇妙な物体がそびえたっていた。

 そいつは、鼻の穴の中に大量のメンソレータムを塗り込まれて悶絶しているブナシメジのような形をした彫像だった。

 

「……精霊神の像、か。相変わらずのキノコ具合だな、精霊神は」

 

 そして、デカい。

 全長は5メートルを優に超える、威風堂々としたブナシメジだった。

 ハム摩呂たちめ、なんて無駄な労力を。

 

「ん?」

 

 こんな巨大な悶絶ブナシメジなんか誰もありがたがらないだろうと、思っていたのだが……

 

 巨大ブナシメジ像の前に膝をつき、真剣に祈りを捧げている半魚人がいた。

 筋骨隆々でおそらく190センチ以上はあるであろう巨体を小さく丸め、まぶたを閉じて祈りを捧げる半魚人。……魚ってまぶたあったっけ?

 

「………………」

 

 結構な数の人が行き交う中、一切心を乱すことなく、真剣に祈りを捧げる魚顔の大男。……おそらく、敬虔なブナシメジ教の信者なのだろう。

 

 あ、精霊神なんだっけな、この彫像。三秒ほど見てると忘れそうになる。ほら、人間って視覚からの情報が八割っていうじゃん? どう見てもブナシメジなんだもん。

 

「おい、あれ」

「あぁ……」

 

 俺の後ろにいた通行人AとBがこそこそと会話を始める。

 

「グスターブのヤツ、また祈りを捧げてるぜ」

「この街で一番信仰心が高いんじゃないかって言われるだけのことはあるよな」

 

 グスターブという名前らしいな。

 

「有名人なのか、あの大男は?」

「誰だ、あんた?」

「通行人Cだ」

「……AとBはどこにいるんだよ?」

 

 お前らだよ。

 んなことはどうでもいいから、誰なんだよ、あいつは?

 

「狩猟ギルドのグスターブ。大会で活躍間違いなしの、この街一番の大飯ぐらいさ」

「あいつが?」

「あぁ。あいつの日課は、あぁやって精霊神様に祈りを捧げることと……仕事上がりにフードコートの食い物を食い荒らすことなんだ」

 

 ……マグダたちが言っていたのは、あの野郎のことらしいな。

 

「やっぱ、狩猟ギルドが中心になるんだろうな、この街の代表は」

「中心も何も、全員が狩猟ギルドから選ばれてるさ」

「全員か?」

「あぁ」

「へぇ~、そうなのか」

 

 リカルドは、勝つための戦いとか言っていたが、……全員か。

 

「大方、大会で勝利できるよう、精霊神様に祈りを捧げてるんだろう」

「筋肉ムッキムキのオッサンのくせに、信心深いこったな」

「バッカ、お前。男も女も関係ねぇよ。精霊神様を敬う気持ちは、誰だって同じようなもんさ」

 

 ってことは、あのひょうきんなブナシメジ像に、筋肉ムキムキのオッサンが真剣な表情で祈りを捧げているこのシーンは、笑うところではない――と、いうことだな?

 

「狩猟ギルド以外のヤツは何も言わないのか?」

「まぁ……領主様の考えることだからな」

 

 通行人Bの言葉は、半ば投げやりに聞こえた。

 

「狩猟ギルドがあって、俺ら領民がいる。この街は、そうやって成り立ってんだよ」

「そうだそうだ。俺らはただ、黙って結果を待ってりゃいいんだよ」

 

 ……諦め……悟り…………どっちも違う。

 こいつらにとっては、それが常識。当たり前のことになっちまってるんだ。

 

 うまくいくのも、しくじるのも、みんな他人のおかげで他人のせい。

 

 やっぱ、一朝一夕でその凝り固まった人生観は覆せないか。

 

 じゃあもし、リカルドが惨敗しちまったら…………お前らどうするんだよ?

 暴動でも起こすのか?

 甘んじて、すべての不幸を受け入れるのか?

 

 リカルド。

 お前やっぱ、ちょっとだけでもエステラを見習った方がいいんじゃねぇか?

 

 おそらく、四十一区はリカルドと狩猟ギルドで『勝つための作戦』をガッチガチに固めてきてるのだろう。選手も、そしてたぶん料理も、狩猟ギルドに寄せたものになっているはずだ。

 勝ちにこだわり、勝たなければいけない立場での判断と見れば、悪くはない選択かもしれんが……

 

 結構な賭けだ。

 俺なら、リスクが高過ぎてベットは出来ない。

 

「で、あの半魚人は、そんなに食うのか?」

 

 さり気な~く、探りを入れてみる。

 ほらほら、通行人のよしみで教えてくれよ。

 

「半魚人じゃねぇよ。ピラニア人族だ」

「分かりにくいわ!」

「俺に言うなよ!」

 

 

 通行人の弁によれば、「食うなんてレベルじゃねぇ」らしい。

 どれ……いっちょお手並み拝見といこうか。

 

 グスターブを尾行して、飯を食うところを見せてもらおう。

 今もなお続く熱心な祈りを、少し離れた場所から眺める。

 すげぇ長いな。欲張りか! ……って、そういえば、お祈りってお願いごととは違うんだよな、たしか? お賽銭、あげないもんな。

 

 ……それにしても長い。敬虔過ぎるにもほどがあるだろう。

 グスターブが祈りを捧げている間にも、わらわらと人は集まり、そこかしこでブナシメジ像に祈りを捧げる姿が見られた。

 ブナシメジ教、すげぇな…………あ、精霊神だっけ? もうブナシメジ教でいいじゃん。

 

 正味、三十分もの間、グスターブは祈りを捧げ続けていた。

 なんかさぁ……もっとお気楽な神様なんじゃなかったっけ、精霊神って?

 俺にとっては、「おっぱい」って言う度に懺悔させられる相手だから、全然ありがたみが湧かないんだよなぁ。

 

「さぁて、お祈りも済んだし、お昼ご飯でも食べに行こうかな!」

「ぶふっ!」

 

 ピラニア人族のグスターブが口を開く。

 が、予想外の声の高さに思わず吹き出しそうになった。

 甲高ぇよ、声!

 千葉県の夢の国のあのキャラクターか、お前は!?

 

 幸い、グスターブには気付かれなかったようだが……気を付けよう、気を抜くと笑いそうになる。そのギャップは卑怯だ。

 

 時刻は十一時過ぎ……飯を食ってから仕事に行くのか。

 なんか変な時間に休憩を取ってやがるな。あ、あれかな。昼食時の混雑を避けるためにローテーションでもしてんのかな。

 

 そんなことを考えながら、軽い気持ちでグスターブを尾行した俺は……その後で激しく後悔することになる。

 

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