狩猟ギルドを後にした俺たちは、マグダが現在入居している狩猟ギルドの寮へと来ていた。
このまま陽だまり亭へと引っ越すことになったマグダの荷物を取りに来たのだ。
荷物は小さなカバン一つと、大きなマサカリだけだった。
マサカリデカッ!? 金太郎か!?
いや、それよりも荷物の少なさに驚くべきか?
「これで全部か?」
「……そう」
「あんまり物持ってないんだな」
「……替えの下着がいくつかだけ…………いる?」
わぉ!
思ってもみない弾が飛んできた。
「ヤシロ……君という男は……」
「待て! 俺は何も言っていないだろうが!」
「で、でも、ヤシロさんは、『もらえる厚意はありがたくいただく主義』なんですよね……?」
「おい、ジネット。俺をそんな変質者を見るような目で見るんじゃない」
「変質者であることは否定できまい?」
「出来ますけど何か!?」
まったく。マグダが急におかしなことを言い出すから、俺が変な目で見られたではないか。
こいつは一体何を考えているんだ?
まさか、本気で俺に惚れてアプローチしているつもりか?
「マグダさん。女の子がそんなことを口にしてはいけませんよ」
「……なぜ?」
「はしたないからです」
「……分かった」
ジネットがマグダに言い聞かせている。母というより、姉という雰囲気ではあるが、なんだかこういうのには向いていそうだ。よし、マグダの教育はジネットに任せよう。
そんなわけで、俺たちは陽だまり亭へと向かう。
本当は、この後他のギルドにも顔を出したかったのだが……マサカリ担いだマグダを連れて行くのはちょっとな……
狩猟ギルドは、四十二区の東寄りに拠点を構えていた。割と栄えている場所だ。ってことは、結構儲かっているってことだろう。
そこから大通りへ出て、繁華街を歩く。
すれ違う人がみな、マグダのマサカリを見てギョッと目を丸くする。
しかし、注目を集めている当のマグダは我関せずを貫いており、終始ぼ~っとした顔をしてとぼとぼ歩いていた。
こいつはちゃんと前を見て歩いているのだろうか?
向かいから人が来ても避けることすらせず、ふらふらと広い道をジグザグに歩いている。
危なっかしいことこの上ない。
「ジネット」
「はい」
「手でも繋いでやったらどうだ?」
「そうですね。マグダさ~ん!」
ジネットがマグダの名を呼び駆けていく。
「随分親切じゃないか。保護欲でも掻き立てられたのかい?」
「いや、単純に危ないだろ?」
「なるほど。君でも、幼い女の子に対しては無条件で優しくなるというわけだね。新発見だ」
エステラが嬉しそうに笑う。
が……
「何言ってんだよ。危ないのは通行人の方だよ。見ろ。一歩間違えればマサカリで頭がパッカァ~だぞ」
ジネットに呼び止められてもなお、マグダはふらふらと体を揺らしている。
それに合わせて、巨大なマサカリもあっちへふらふらこっちへふらふらと揺れている。
ここまで流血事件が起こらなかったのは奇跡だ。
「怪我人でも出そうもんなら、賠償責任を取らされるのは俺たちだ」
「……君は…………金勘定の絡まない発想は出来ないのかい?」
わざわざそれをするメリットがないじゃねぇか。
金の『種』はそこかしこに転がっているんだからな。
エステラが俺にジト目を向けている頃、ジネットはマグダと手を繋ごうとしていた。
しかし、マグダを見たジネットの表情が曇る。
「両手が塞がっていますね」
マグダは右手にマサカリ、左手にカバンを持っている。
あれでは手が繋げん。
手が繋げないとマサカリがふらふらで通行人の頭がパッカァ~だ。
……ったく、しゃ~ねぇなぁ。
「マグダ」
「…………」
名を呼ぶと、返事の代わりに静かな瞳が俺を見上げてくる。
「荷物を貸せ。持ってやる」
「…………」
俺が手を差し出すと、マグダはしばらく考えた後で……小さなカバンを手渡してきた。
「こっちじゃねぇよ!」
「ヤシロ……それが欲しいがために親切なフリを……」
「違う!」
「ヤ、ヤシロさん、ダメですよっ!?」
「だから違うっつの!」
俺はパンツ入りのカバンをマグダへ突き返し、奪うように巨大マサカリを取り上げた。
「……んずぉっ!?」
取り上げた瞬間、そのあまりの重さに俺は地面に顔面から突っ込んでしまった。
鼻を強打し、すげぇ痛い。
……なんだ、これ?
滅茶苦茶重いじゃねぇか!
「……無理」
地面に座り、鼻をさする俺を覗き込むように見下ろし、マグダが言った。
そして、たっぷりと間をあけて次の言葉を追加する。
「……普通の人間には」
何者なんだ、このちびっ子は……
こんな重いマサカリを片手で持っていたのか……
へたり込む俺をジッと覗き込むこの小さな少女が、なんだかとてつもなく恐ろしい正体不明の獣のような、そんな気がしてきた。
こいつと、ひとつ屋根の下で暮らすなんて可能なのか?
背筋にうすら寒いものが走る。
と、目の前に小さな手が差し出される。
マグダが俺に手を差し伸べているのだ。
「……え?」
意味が理解できず、マグダを見上げる。
するとマグダは虚ろな目で俺を見つめたまま呟くように言った。
「……ありがとう」
行動と言葉と表情がバラバラだ。
さっぱり意味が分からん。
とりあえず、俺を起こそうとしているようなので、差し出された手を取り立ち上がる。
尻についた砂を払おうと、マグダの手を離そうとしたところ、その手をキュッと握られた。
「……初めてだった」
…………な、なんだよ。その妙にドキッとするワードは……?
俺、何か責任的なものを取らされるのか?
何もしてないぞ、俺?
「……マグダの荷物を持とうとしてくれたのは、あなたが初めて」
握る手に力がこもる。
俺を見つめる目に、力がこもる。
「……だから、ありがとう」
まっすぐに見つめられ、そんなどストレートな言葉を向けられて……なんとも居心地が悪い。
「いや……つか、結局持ててねぇし」
「……持とうとしてくれた」
「サービスは提供されて初めて価値が発生するものだ。『やるつもり』に、料金は発生しない」
「…………?」
「……分かんねぇならいいよ、別に」
何が言いたいのかというと……要するに、礼を言われるようなことは何もしていないってことだ。
俺は、こけた拍子に落としたマグダのカバンを拾い上げる。
「……マサカリは、マグダが持つ」
そう言って、地面にめり込んだマサカリをひょいと持ち上げる。
……こいつ、狩猟ギルドでいじめられてたのって、この力のせいもあるんじゃないのか?
こんな規格外の力を持っている者はいじめの対象になるだろう。
単純な力比べ……要するにケンカだが……では、絶対に負けないはずだ。
だが、『個』は『群』には勝てない。
特に、狡猾な『群』には。
こいつの居場所は、狩猟ギルドにはなかったのだろうな。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!