「だから、誓ってそういう関係じゃない。無責任に噂話をするのはやめてやってくれ。エステラは、俗世間に汚れていい身分じゃないんだ」
と、ここまで言えば、さすがにこいつらもくだらない噂話を流布するような真似はしなくなるだろう。
その一言に責任がのしかかるんだぞと、分からせてやればな。
けどまぁ、こうやって距離を置くような発言をすると、決まってエステラは不服そうな顔をするんだけどな…………へいへい、フォローしとけばいいんだろ。ったく。
「……ってことでいいよな、エステラ」
小声で話しかけ、他意はないことを示……そうと思ったんだが。
「ふぇっ、や、あの…………わ、分かってるよっ」
……こいつは、なんでまだ照れてやがるんだ。
その照れは、もう終わった話だろうが。
「ち、違うっ、これは、さっきの話じゃなくて…………あの…………」
聞きもしないのに弁解を始めるエステラ。
その態度は、「やましいことがあります」って言ってるのも同然だろうが。
「いや、だから、あの…………ヤシロに、そ、そこまで女性扱いされたのって、あんまりないから………………あっ、いや、違う! えっと、……そう! 懐! 君がそこまで信頼を寄せてくれるような領主になれたんだなって、ちょっと嬉しかっただけさ! 領主として! だから、うん、そういうこと!」
この……ポンコツのポン娘め!
お前の照れは伝染るんだよ!
今すぐ顔面を冷やせ! スイカを食え! 体温下げてくれるから!
「あー、とにかくだ!」
大きな声を出そう。
うん、こういう時は大きな声に限る。……空気が悪いったらない。
「これから誕生する『美の通り』は、俺が作った通りとしてではなく、お前たちが主役になる通りとして成長していくべきなんだ」
そして、そこで生まれる利益の一部が俺の懐へ。
そういう通りなのだ!
ロイヤリティ、うまうま。
「だから、お前たちと、お前たちに憧れるであろう未来のオシャレ女子たちのための名前を付けるべきなんだよ」
「そう……ですね。私たちが、主役…………なんですね」
感動でもしたのか、『新たな通りの名称を考える会』の代表者は瞳をうるっとさせて、そして厚化粧越しでも分かるくらいに、素直で明るい笑みを浮かべた。
「では、もう一度みんなで話し合って正式名称の候補を出してみますね」
そんな代表者の声に、反対する者はいなかった。
多少臭過ぎた感はあったが、こいつらをうまく丸め込むためには必要だったのだ。あれくらいでちょうどいい。流されやすいくせに、変なところで頑固だからな。
そうして、濡れた髪と濃過ぎるメイクをタオルで拭いて、『新たな通りの名称を考える会』の面々はテーブルを囲んで臨時の会合を開く。
スイカで体が冷えたためか、コーンポタージュスープが飛ぶように売れ、前向きになった彼女たちにジネットもにこにこ顔を見せていた。
そんな会合の横で、ウーマロは女性たちの方を見ないように黙々と作業に没頭し、エステラは妙に俺から離れた席に腰掛けて窓の外を見ていた。……お前ら、居心地悪いなら帰れよ。
一方、『ヤシロ・アベニュー』が却下されたことで、保留になっていた依頼が正式解除されて暇になったベッコは退屈そうで、ウーマロの設計図を覗き込んだり、エステラに「よろしければコンパクトサイズの英雄像をお作りするでござるよ?」とか空気の読めないことを言って割と強めにわき腹を殴打されたりしていた。
……だからお前はベッコなんだよ。
まぁ、この辺の流れは一種のギャグのようなもので、ベッコ自身も本気ではなかったはずだ、きっとそうだ、そうに違いない。だからな、ジネット。「出来ればウチにも一つ」じゃねぇんだわ。ギャグだから。ベッコ流の面白いおふざけだから。真に受けるな。な? ……で、マジで作りやがったらぶっ壊してやる…………製作者の方を。
「決まりました!」
『新たな通りの名称を考える会』代表が立ち上がり、俺の前へとやって来る。
……ほら、エステラも来いよ。
報告したいんだとよ。
手招きに応じてこちらへやって来たエステラ。なのだが…………この微妙な距離やめてくれる?
なんか、意識されてて逆に恥ずかしいからよ。
「オオバヤシロさんの言葉、私たちの心に響きました!」
「主役は私たち」
「そして、未来のオシャレ女子たち!」
「そんな私たちの通りにふさわしい名前を候補として領主様に上申したいと思います!」
「その新たな名称は――」
ごくり、と、エステラがのどを鳴らす。
ジネットにマグダも、固唾を呑んで見守っている。
四十一区に誕生する女性が主役の一角。街の中の小さな『町』ともいえるその一角にふさわしい名前。
あくまで候補の段階だが、リカルドの様子からも、彼女たち『新たな通りの名称を考える会』が決めた名称がそのまま採用されることだろう。
そんな、注目の名称が、今、発表される。
「『素敵やんアベニュー』です!」
ぱちぱちぱち……と、『新たな通りの名称を考える会』の内々で拍手が起こる。
エステラはというと……うん、頬が引き攣ってた。さっきまでの緩んでいた表情は最早見受けられない。
ジネットはというと……おぉう、微笑んでる。
ジネット的には『あり』な名前なのか、これ……
そしてマグダはというと……
「……『素敵やんアベニュー』…………その名前………………素敵やん?」
お気に召したようだ。
こいつのセンスも独特だよな……
まぁ、四十一区の話だし、ふざけた名前になっても、……笑われるのは俺じゃないし……いいかな、どうでも。
「こうしちゃいられませんね!」
「そうだわ! 早く領主様――リカルド様に上申差し上げなければ!」
「行きましょう、みなさん!」
「参りましょう、みなさん!」
「「「では、陽だまり亭のみなさん、ごきげんよう!」」」
一斉に立ち上がり、慌ただしく店を出て行く『新たな通りの名称を考える会』の面々。
……なんだったんだよ、ホント。
「なぁ、エステラ……」
「何を聞かれても、答えられないと思うよ……彼女たちの感性は、ちょっと……理解が難しい」
眉間を揉むように摘まんで、エステラが偏頭痛に耐えている。
奇遇だな……俺も頭が痛くなってきたところだ。
けどまぁ……俺の名前の悪用は阻止できたから、よしとするか。
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