異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

220話 『宴』の準備6 -2-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:2,719

「ベッコさんを呼んできてくださいまし!」

「あとにしてくれるかな、それ!?」

 

 たい焼きを渡すや、すぐベッコを呼びつけようとするイメルダ。

 いいから落ち着け! 給仕も動かなくていいから! そこに立ってろ!

 

「ウチでもいくつか頼む予定だから、その時一緒に作ってもらえばいいだろう」

「一番出来のいいヤツを譲ってくださるのでしたら」

「どれも一緒だよ、ベッコの作るもんは」

 

 あんなふざけた顔しているくせに、驚くほど几帳面にまったく一緒のクオリティで仕上げてくるんだよな、ベッコは。……あいつ、サイボーグなんじゃねぇの?

 

「しかし、もぐもぐ……美味しいですわね……もぐもぐ……こんなおやつは……もぐもぐ……初めて食べましたわ……もぐん! 給仕、お茶を」

「どうしようジネット。住民がみんなベルティーナ化していく……空気感染すんじゃねぇの、アレ」

「そんなことはない……と、思いますよ…………たぶん」

 

『精霊の審判』対策か、盛大に言葉を濁したな。

 自信が持てないらしい。

 

「はっ!? ないです。ないですよ、そんなこと」

 

 と思ったら、さすがに失礼だと感じたのか、懸命に否定し始めた。

 だがなジネット。咄嗟に出た言葉が、お前の本心を表しているのさ。認めちゃえよ。

 

「いいものをいただきましたわ」

 

 と、そそくさと弁当箱をしまい込むイメルダ。

 あ、やっぱり全部持ってった。

 

「やはり、もう一箱用意しておいてよかったですね」

「な? 俺の言ったとおりだろ」

 

 イメルダなら、「冷めても美味しいですわ、きっと!」とか言ってあとで食べる用に確保しておくだろうことは予測できた。

 なので、同じ過ちを繰り返さないために、ミリィ用にもう一箱作ってあるのだ。

 ミリィはそんなに食べないだろうが、余ったらギルドの『お姉さん方(という名のオバサンたち)』にでも配ってやればいい。

 

 ………………宣伝を兼ねてな。

 

「口コミって大切だからな!」

「へっ? どうしたんですか、急に?」

「気にする必要ありませんわ。大方、ご自分に言い訳でもしているのでしょう。いつものことですわ」

 

 何がいつものことだ。

 俺はいつでも自分に正直だっつの。

 

「おっぱいが好きです!」

「にょっ!? どうしたんですか、急に!?」

「気にする必要ありませんわ。大方、発作ですわよ。いつものことですわ」

 

 ちっ……知った風な口を。

「発作を鎮めるためにご協力を!」って、乳を揉むぞお前ら。

 

「発作を鎮めるためにご協……」

「それで、今日はどんなご用ですの?」

「はい。また木材を見せていただきたいんです」

 

 ……こいつら。

 人の話はきちんと最後まで聞きなさいって教わらなかったのか? 嘆かわしい。

 

「あぁ、そうですわ。ヤシロさん」

「……んだよ」

「『くだらない話は最後まで聞くな』と、先日とある領主さんが店長さんに教育なさっていましたわよ」

「やっぱりあいつか!?」

 

 おのれ、ぺったんこめぇ!

 

「ぺったんこー!」

 

 窓を開けて、晴れた空へ向かって吠える。

 呪詛のこもった俺の声は空へと溶けて、ヤツの胸にも届くだろう。成長を阻害するために。

 

「的確に伝わったようで何よりですわ」

 

 満足げにお茶を飲むイメルダ。

 今日は紅茶ではなく緑茶だ。和風だな。こっちでも、あんこには日本茶を合わせるのが主流なのだろうか。

 

「そういや、ジネット。ほうじ茶ってあるよな?」

「はい。お祖父さんが好きで、よく飲んでいましたよ」

 

 ジネットの祖父さんは香ばしいのが好きなのかもな。ほうじ茶といい、コーヒーといい。

 焙煎マニアだったのかもしれない。

 

「ワタクシ、そのお茶をいただいたことがありませんわ。たい焼きに合いますの?」

「好みだと思いますよ。そうですね……わたしは、合うんじゃないかと思います」

「給仕! ほうじ茶をお入れなさい!」

「無茶振りしてやんなよ」

 

「えっ!? 入れ方も知らないのに!?」って、給仕がおろおろしてんじゃねぇか。

 茶葉を焙じるのは結構難しいんだぞ。やり過ぎると焦げ臭くなるし。

 

「焙烙を持っておくと、簡単にほうじ茶がいただけますよ」

「売ってくださいまし!」

「えっと……セロンさんにお願いすれば、きっと陶磁器ギルドの方を紹介してくださいますよ」

 

 茶葉を焙煎するための焙烙は、やはり陶磁器ギルドの領分か。

 陽だまり亭にある焙煎機は、コーヒー豆用の鉄製ロースターだ。

 

「ウチに焙烙ってあるのか?」

「ありますよ。お祖父さんが使っていた年代物ですけど」

 

 年代物の方が美味いものが出来そうな気がするよな、こういうのって。

 今度飲ませてもらおう。

 

「では、ワタクシ、早速セロンさんのところへ行って参りますわ。お二人とも、ごきげんよう」

「こっちの話終わってないけど!?」

 

 なんでこいつはこう、思い立った途端に行動を始めるんだろうな。

 

「それでなんですの? 三秒で話してくださいまし!」

「もうちょい時間寄越せよ、さすがに!」

「後日検討いたしますわ。では!」

「『では!』じゃねぇんだわ! ちょっと新しい物作るからそれに適した木材を見せてくれねぇかな!」

「詳しく聞かせてくださいまし! えぇ、じっくりと!」

 

 焙烙に向いていた気持ちが一瞬でこちらに戻ってきた。

 こいつも新しい物好きだからな。

 足漕ぎ水車にとどけ~る1号。すべてはこいつの用意した木材が使用されている。

 で、次もまた木を使って物作りをしようってわけなんだが……嬉しそうな顔してやがんなぁ、ホント。

 

「この街には社畜しかいないのか」

「自分の技術が認められると嬉しいものじゃないですか。きっとみなさん、そういう気持ちなんですよ」

「お前も嬉しいのか?」

「もちろんです。『美味しい』は最高の褒め言葉ですから」

 

 じゃあ、たい焼きをごっそり持っていったイメルダやデリアの行動は、ジネットにとっては堪らない称賛だったってわけだ。

 ならまぁ、材料費くらいは惜しくない、かもな。

 

「ムクの木はあるか?」

「ありますわよ。今度は家でも建てるつもりですの?」

 

 いや、ムクの木はなんとなく身体に良さそうなイメージがあるからな。別にヒノキでもスギでも構わないのだが。

 

「ガキが乗って遊べる物を作りたいんだ」

 

 とりあえず、今現在漠然と考えている遊具の姿形、使い方や動きを説明して、それに適した木材や形状を相談する。

 俺の説明を聞くうち、ジネットとイメルダの目が若干違う感じできらきら輝き出す。

 イメルダは、木こりとして新たな物作りを楽しむような目に。

 そしてジネットは、その遊具で遊ぶガキどもを想像して幸せそうな、嬉しそうな、そんな目になっていた。

 

「いくつか候補をあげておきますわ。設計図が出来ましたら、改めて見に来てくださいまし」

 

 それだけ言うと、イメルダは席を立った。

 概要を聞けば、あとは仕事をしてみせる。そんな職人気質な態度のように見えた。

 無駄口は叩かない。結果で話そうぜ、みたいな、な。

 

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