アヒムいずべりーぐろっきー。
ばっと、あいどんのーほわ~い。
「ヤシロさんが乗せたからッスよ」
「まさかこんなことになるなんて~」
ま、思ってたけど。
オルキオに対し、デカい態度を取っていた強硬派を黙らせるには、ウィシャート以外の貴族に対する恐怖心を芽生えさせる必要があった。
アヒムに危害を加えて、なんのお咎めもなしとはいかない。
それを経験すれば、オルキオに対しても下手なことは出来なくなるだろう。
「ウィシャートでなければ怖くない」なんて勘違いは、早々に正さなければいけなかった。
そう思ってアヒムをビックリハウスに乗せたのだが、結果はご覧の通り。
アヒムは蹲ったまま立ち上がることも出来なくなっている。
「大丈夫ッスか、アヒム……さん?」
ウーマロが気を遣った。
最近ずっと呼び捨てにしてたのに、よくよく考えたらこの人貴族だったわ~ってことに気が付いたのだろう。
特に、理不尽な危害を加えられた今、アヒムは相当ご立腹だろうからな。
「……まったく、酷いものだ」
口を手で押さえ、アヒムが立ち上がる。
体がふらふらして、今にも倒れそうだ。
「三十区の兵士か……」
これまで、散々な目に遭わされていたアヒムにとって、『三十区の兵士』というのは恨みの対象でしかないのかもしれない。
険しい顔をするアヒムに言ってやる。
「お前が声を上げれば、全員いっぺんに潰せるぞ。搭乗を勧めた俺もろともな」
貴族には、容易に振りかざせる大ナタが存在するのだ。
まして、今回は完全に三十区に非がある。内部での諍いを他区まで持ち出して、兵士が悪乗りをして貴族を傷付けたのだから。
相手がウィシャートだったら、問答無用で処刑されていただろう。悩みすらしなかっただろう。
「まぁ……悪ふざけが過ぎた感は否めんな」
さて、アヒムはどう出るか……と、思ったら、オルキオが動いた。
「ミスター・マイラー。私の監督不行き届きのせいで、御身に多大な苦痛を強いることになってしまいました。此度のこと、心より謝罪させていただきたい」
アヒムの前に跪き、頭を下げる。
アヒムは驚き、兵士たちはそれ以上に驚いていた。
次女たちにデレデレしていた顔が、再び青く染まる。
そして――
「申し訳ございません!」
「知らなかったこととはいえ、申し開きのしようもございません!」
――全員が一斉にアヒムの前に跪いた。
若干、オルキオを庇うような位置で。
「心より謝罪申し上げます! ですが、この方は我々を監督する時間もなかったということだけはご理解ください!」
「そうです! 俺たちは反発するばかりで、全然……ホント、馬鹿みたいにやさぐれちまって……なのに、この方は、そんな俺らのために頭まで下げてくれて……どうか! この方のことは見逃してあげてください!」
「罰なら俺らが受けます!」
「そうです! どんな罰でも受けますから、この方だけは!」
オルキオに対し、あからさまな反発心を見せていた兵士たちが口々にオルキオを庇う。
見捨てず、寄り添い、仕事の楽しさの片鱗を見せてくれたオルキオに恩義を感じているのだろうか。
この手の厳つい連中は、世間から認められずに鬱屈した心のまま大人になっちまってるんだよな。
だから、自分を認めて、導いてくれる相手には心を開くし、心からの信頼を寄せる。
ほら、あれだ。
不良だらけのクラスに熱血教師がやって来て、血よりも濃い絆で結ばれるっていう、よくあるあのパターンだ。
おそらく、オルキオにはこういう連中を引き付ける魅力があるのだろう。
ゼルマルに作らせた『やる気製造マシーン』は、見事に効果を発揮した。
やらざるを得ない状況と、やった後の達成感。それを同時に与えてくれる、すごいマシーンだ。
歯車をあえて重くし、八つのハンドルを連動させる改造は骨が折れたろうが、一丸となって達成した成功体験は、こいつらの胸に深く突き刺さったことだろう。
そんな、前向きになった瞬間に聞こえてきた破滅の足音。
連中は、一丸となったまま、オルキオを守ろうとしている。
それはもはや、恩人に対する行動と同じだ。
「……はぁ。かつての私なら、怒りに任せて諸君を糾弾したであろうが……」
アヒムが俺を見る。
俺の顔を見て、何かを噛みしめるようにぐっとまぶたを閉じる。
「一度大失態を演じた私に、再起の機会を与えてくれた恩人がいる。私は、その恩人に心から感謝しているし、もしその恩人が不当な目に遭うと知れば、諸君らと同じような行動を取るだろう」
そして、口を歪めて息を吐いた。
「つまるところ、私と諸君らは同じ穴のムジナだ。これ以上責められるはずもない」
アヒムはヒザを突くオルキオに手を差し出す。
「あなたのようは人が、この街には必要なのです。これから先、どうか彼らを正しい方向へ導いてあげてください」
「ミスター・マイラー」
「お詫びを頂戴できるのでしたら、今後三十一区と良好な関係を築いてくだされば、この上もない喜びです」
「はい。もちろんです。次代の領主様に代わり、私からお願い申し上げます。今後は隣り合う区として、共に発展していきましょう」
固い握手を交わすオルキオとアヒム。
これでまた少し、カンパニュラの土台は固くなったかな。
「ミスター・マイラー、寛大なご処置、感謝いたします!」
「「「ありがとうございます!」」」
兵士たちが声を合わせる。
ちゃんと兵士っぽい訓練もされてたんだな。姿勢で分かる。
「諸君らは、彼を信じて日々の仕事に邁進してほしい」
アヒムもなんだか満足そうな顔だ。
「さぁ、次のお客様がお待ちだよ。彼女たちに楽しい思い出をプレゼントしてあげてほしい」
ビックリハウスに並びながらも、事の成り行きを静かに見守っていた妹たち。
みんなの視線が集まると、にっこりと笑って、嬉しそうに言う。
「「「よろしくおねがいしまーす!」」」
「「「うっはぁ、かわぇぇー!」」」
兵士たちが妹スマイルに胸を撃ち抜かれその場に崩れ落ちる。
……崩壊してしまえばいいのに。
うっきうっきと持ち場へ戻る兵士たちを見て、アヒムが微妙な表情になる。
「……うん。気持ちの切り替えは大事だ……大事だが……なんかモヤモヤするなぁ」
まぁそう気にするなアヒム。
そのモヤモヤが、君を大きく成長させるのさ☆
「これはまた、間接的にヤシロ君に救われたということなのかな?」
にこやかに、オルキオが俺の顔を見る。
さて、なんのことやら。
「あぁ、そうだ、ミスター。失礼だとは承知していますが、貴公のお名前を窺ってもよろしいかな?」
アヒムがオルキオに名を問う。
そういえば、俺もオルキオの苗字は知らねぇな。
オルキオとしか呼んでなかったし。
「失礼なことはありませんよ。大昔に取り潰しになった家の名を知らないのは当然のことです」
「取り潰しとは……?」
「かつて、ウィシャートの口車に乗せられて、親族間で諍いを起こし重大な罪を犯してお家取り潰しの憂き目に遭った愚かな一族ですよ」
オルキオの言葉に、アヒムの顔色がどんどんと悪くなっていく。
「それは、あの、もしや……三十五区の……BBDC?」
「あはは。その呼ばれ方をするのは久しぶりですね」
オルキオの肯定に、アヒムの額から汗が拭き出した。
なんだ、その怯え方?
というか、『BBDC』ってなんだ?
「……はっ!? そ、そうだ、『オルキオ』……どこかで聞いた名だと思ったら……悲劇のアゲハ蝶人族の……」
「それは、私の妻のことですね。ヤシロ君のおかげで、今は一緒に暮らすことが出来るようになったのですよ」
「そ、それは、なんとも……慶事ですな」
アヒムが頑張って笑おうとしている。
が、頬が盛大に引き攣っている。
なんだ? どうしたんだ?
「なぁ、オルキオ。『BBDC』ってなんだ?」
「私のファミリーネームを文字って、そう呼ぶ人が多かったんだよ」
「ちなみに、聞いてもいいか?」
「もちろん。隠すようなことじゃないからね」
ゆったりと笑い、オルキオはおのれのファミリーネームを名乗る。
「私のファミリーネームは、『ブラックブラッドデスクロー』というんだよ」
「なにその中二全開なネーミングセンス!?」
ブラックブラッドデスクロー!?
中学生が、思いついたカッコ良さげでダークな英単語を適当に並べただけみたいなそれが、オルキオのファミリーネームなのか!?
ファミリー全員が名乗ってたのか? ブラックブラッドデスクローって!?
「ブラックブラッドデスクローさん家のオルキオさん、今度ご結婚されるんですってね~」みたいな感じでご近所さんに噂されてたのか!?
「この名前はね、初代が獣人族斡旋業を始めたころに、組織の名前として付けたものなんだよ。初代が十四歳の頃の話だそうだ」
本当に中二だった!?
獣人族斡旋業って、オルキオの家がやっていた、獣人族をいろんな職場に派遣するヤツだよな?
そこの名前が『ブラックブラッドデスクロー』って……確実に反社じゃねぇか!
半グレも真っ青な真っ黒組織だったんじゃねぇの!?
「後にその組織が大きくなり、区への影響力が大きくなったころ、それなりに功績を上げていた初代は当時の王より館を賜ったんだ」
この街では、王から爵位――というか、貴族という肩書と館をもらうことで貴族と認められる。
功績が認められたのか、認めないと危険だと判断されたのか……
ゴロつきを取り締まるのに、ゴロつきを使うってのは、よくある話だしなぁ。
「それで、初代はその組織の名を、自分たち一族の名に使用したんだよ」
「誰か反対しなかったのかよ? 初代の奥さんとか」
「初代の伴侶は『イヤ、マジ、ハンパないっしょ!』と言ったと、文献に記されていたよ」
文献に記して後世に残すような内容じゃねぇな!?
うわ~、初代さん、めっちゃお似合いな女性とご結婚されてるぅ~……
「初代は子だくさんだったそうだよ」
うん。なんかそんなイメージあるわ。
統計は取ってないけど、偏見交じりの勝手なイメージで。
「ま、まさか……お隣に、あのBBDCの方が越してこられるとは……あは、あはは……」
アヒムの顔が真っ白だ。
唇カッサカサだな。
知っている者からすれば、BBDCってのは名前を聞くだけで恐ろしいようだ。
……やっぱ、半グレか反社だったんじゃ……
まぁ、一族の中でもオルキオだけは真っ当な仕事をしていたって言ってたし……ま、大丈夫なんじゃん?
しかし、思わぬところでオルキオの過去が知れた。
オルキオ組って、結構昔っから存在してたんだなぁ。
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