「おう、こら。遊んでないでさっさと行くぞ。言われたとおり話は付けてある。きっと今頃待ちくたびれちまってるぞ」
モーガンがバルバラの首根っこを捕まえつつ俺たちに進言する。
トムソン厨房の女将を店で待たせているようだ。
「ほれ、お前は荷物を運ぶんだろうが。さっさと準備しろ」
牛を指差して「臭い臭い」言っていたバルバラを引き摺るように、牧場を仕切る柵から遠ざける。
ちょっとイラついていたようだ。さっさと牧場から追い出したいって気持ちが溢れ出している。
「わぁ、ちょっと待てって、ジイサン!」
「誰がジイサンだ! オレぁまだ五十八だ!」
バルバラから見りゃジイサンだよ。
頑張るなよ、もう。
「あの牛! なんか元気なくないか?」
首根っこを掴まれながら、バルバラが一頭の牛を指差す。
その牛は、確かに少々やつれていて、毛並みもあまりよくなかった。
「あいつはなぁ……、まぁ、今ちょっと病気をしちまってんだ」
「ちゃんと栄養ある物食わせてやってるか? ダメなんだぞ、腹が膨れる物とか、甘い物ばっかりじゃ! 美味しくなくても野菜を食わせてやるんだぞ」
それは、お前が周りから散々言われてることだろうが。
野菜嫌いだとか抜かしやがって。
しかし、バルバラの意識改革は遅まきながらも進んでおり、栄養バランスなんてものを分からないなりに意識するようにはなっているようだ。
やっぱ、テレサの目の一件が大きかったんだろうな。
二度と同じ過ちを繰り返すことはないだろう。
「アーシがとーちゃんに頼んでトウモロコシ持ってきてやるよ! 美味いんだぞ、とーちゃんのトウモロコシは。とーちゃんのトウモロコシを食えば、あの牛もすぐに元気になるぞ、きっと!」
「そんなに美味いのか?」
「あぁ! 世界一だ!」
スイートコーンは栽培してないけどな。
人間用と考えると、世界一ってのはどうかと思うぞ。トルティーヤとかポップコーンに加工するには申し分ないけども。
「おーい、牛ー! お前も食いたいよなー? とーちゃんのトウモロコシ!」
バルバラが手を振って牛に問いかけると、毛艶の悪い牛がゆっくりとバルバラの前へと歩いてきて、バルバラの顔を舐めた。
長い舌がバルバラの頬を撫でる。
「ぅどぅおゎぁあああ!?」
顔を舐められたバルバラが奇妙な声を漏らし、次の瞬間には弾けるように笑い出す。
「なはは! なんだよ、お前ー! アーシはトウモロコシじゃないぞ~! そんな美味しそうな匂いしたか? そうかそうか。そんなに食いたいか、とーちゃんのトウモロコシ! お前はいい物が分かる牛なんだな!」
「んもー!」
牛の大きな頭を抱きかかえ、ぐりんぐりんと撫で回す。
牛も嫌がる様子を見せずに、好きなように撫でさせている。
「お前、よく見たら目がキラキラして可愛いな!」
「分かるか!?」
「ぅおう!? なんだよ、ジイサン!?」
「ジイサンじゃねぇ!」
牛を可愛がるバルバラに、モーガンが突進していった。
牛の接近より怖いな、モーガンの急接近は。
「こいつは病弱だが、心根の綺麗な牛なんだ。瞳を見りゃ分かるだろう? こいつはな、穏やかな日常を愛する、いい牛なんだぜ」
「何言ってんのかよく分かんねぇけど、こいつがいい牛だってのは分かるぞ」
「そうかそうか! 分かるか! がはは!」
ばしばしとバルバラの背中を叩いて、モーガンがこちらへ戻ってくる。
満足げな顔でウンウンと頷き、訳知り顔で言い放つ。
「あの娘は若いのに見所がある」
「手のひら返し過ぎだろう」
「目を見りゃあ分かる。あの娘は、少々口と態度は悪いが、心根の優しい娘だ」
えぇ……すぐに暴力で解決しようとする単細胞で、人の言うことの半分も理解しないバカサルなんだけど?
心根が優しかろうが、その上に育つ茎やら花やら実が全部猛毒だったらダメなんじゃね?
「オレぁ、牛飼い一筋五十余年だ。牛みたいな女が好きなんだよ」
「あぁ、巨乳な。分かるぜ」
「ヤシロ、君は何一つ分かっていないから口を閉じるように」
エステラに首根っこを掴まれてモーガンから引き離された。
折角牛並みの巨乳について熱く語り合おうとしていたところなのに。
「おう、娘。見てたきゃいつまででも見ててやってくれ。この荷車はオレが曳いてってやる」
「ん? そうか、ありがとう」
「礼には及ばねぇよ」
「けど、臭いからもういいや。アーシも一緒に行くぞ」
「ふふ……そんな悪態を吐けるほど、ウチの牛と打ち解けたのか。やるな、娘」
いやいや。
なんら、一切、何一つ変わってねぇだけだから。
あいつの主張、ずっと『臭い』だから。
『可愛い。けど臭い』だから!
変わったのはお前だよ、モーガン。
なに、その「一度認めたヤツは何がなんでも擁護する」みたいな姿勢。
俺、三割くらい本気出したらこの牧場乗っ取れそう。乗っ取らないけど。
「んじゃ、モーガンは食材を載せた荷車を、ギルベルタはマーシャの水槽を、エステラは面倒くさいルシアを運んでくれ」
「ヤシロ、ボクには荷が重いよ」
「失敬だぞ、エステラにカタクチイワシ! 私は一人で歩いていける」
ギルベルタがマーシャを運ぶからお目付け役が必要なんだよ。
道端で遊ぶ獣人族の子供が誘拐されたりしたら大変だからな。
ちなみに、バルバラには水槽を押させない。マーシャからNGが出ているのだ。
なんでも、発車停車が乱暴で水が零れるのと、カーブが下手で乗り物酔いするかららしい。
あるんだな、アレを押すテクニックっての。
「英雄。アーシは?」
「テレサと手を繋いでついてこい」
「よっし! テレサ、手ぇ繋ぐぞ!」
「ゎーい! おねーしゃ、おててー!」
「ふむ。妹にもあんなに懐かれて……やはり心根がな」
もういいよ、うっせぇよモーガン。
全肯定し始めてんじゃん。
詐欺師が引くレベルでチョロイな、お前。
「ほんじゃ、モーガン。案内を頼む」
「おう。ついてこい、お前ら」
モーガンを先頭に、俺たちは牧場を離れトムソン厨房へと向かった。
牧場付近のあぜ道を出て、平らにならされた通りへと抜ける。
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