「ほぅ、精霊神様に感謝する祭りを」
「そこで、この工房のレンガを展示販売してもらえないかと思ってな」
「いいじゃないか! 面白そうだ! だが、ウチのレンガが売れるのかねぇ……」
「いや、販売数は今回は期待していない。あくまで知名度を上げるくらいのつもりで挑んでもらえればいいんだ。出店料は売り上げから決まった割合を領主に納めてもらうことになるが、今回は場所代はもらわないことにしてある」
もし出店料を取られるとなれば、売り上げの見込みがない店は参加を迷うだろう。それでは困るのだ。初回はとにかく賑やかでないと。
なので、出店料は取らない。
代わりに、売り上げから定められた割合を税金として納めてもらう。
こうすれば、金だけ取られて利益がない……なんて店はなくなるはずだ。まったく売れなくて黒字にならない店は店側の努力が足りなかったということだ。
「いやぁ、しかしなぁ……こういう話をすると卑しいように聞こえるかもしれんが、出店するなら売りたいじゃないか。ウチも、そう余裕のある工房じゃねぇからなぁ」
レンガ工房は陶磁器ギルドに加盟する職人らしい。
見たところ、あまり盛況なようには見えない。
まぁ、四十二区だしな。道は土が剥き出しで、建物はほぼ木造。たまにある石造りの建物も、レンガは使ってはいない。
四十二区内において、レンガの需要は極めて低いのだ。
「よくやっていけてるな」
「はは……はっきり言ってくれるなぁ」
まぁ、取り繕ってお世辞を言うのも変だろうしな。
「正直厳しい。というか、もう限界だ。このままじゃ、このレンガ工房は閉鎖するしかない」
「花壇の需要があると聞いたが?」
エステラがここのレンガを絶賛していた。
「まぁ、年に数回くらいだな。領主様んとこの花壇はデカいから、あそこからの依頼が入ると、これで今年もなんとか持ち堪えられるって安心するんだ」
そんな、一つの顧客にすがるような経営状況なのかよ……
「けど、レンガの花壇を持っている家なんざ、数えるほどもないからな」
確かに。見たことがない。
カンタルチカのような儲かっていそうな酒場でも、店先に花の一つも飾っていない。
ウクリネスの服屋はどうだったかな……? あの羊のオバサン、可愛い物好きだからなぁ……もしかしたらあるかもしれないな。
ムム婆さんは花とか好きそうだが、きっと花壇を買う金など持ち合わせていないだろう。
俺の知り合いの中で花壇を持っていそうなヤツなんて片手の指ほどもいない。
そんな状態ではやっていけないだろうな。
レンガ工房は、綱渡りの状況なのか。
「でもな! ここに来て、奇跡が起こったんだよ!」
「き、奇跡……?」
突如、ボジェクが立ち上がり、腰だめに拳を構えてわなわなと力を溜め始める。
……なに、俺、殴られるの?
「逆玉の輿だぁー!」
拳を突き上げ、天高く吠えるボジェク。
……逆玉の輿?
「どっかの金持ちがお前の息子を見初めたってのか?」
「その通りだ! いや、見初められたのは、息子の技術なんだがよ? いやぁ、なかなかに見る目のある御仁だぜ! ウチが納品したレンガを見てよぉ、『このレンガを作ったのはどなた?』ときたもんだ。で、俺ぁ、正直によ? 『あ、それはウチの倅が作ったレンガでさぁ。なかなかの出来でしょう?』って言ったわけだよ! そうしたら!」
パァーン! ――と、手を打って派手な音を鳴り響かせる。
鼓膜がビックリして一瞬痙攣したかと思った。それくらいにデカい音が鳴った。
「『このレンガ職人をウチの専属にしてくださらないかしら?』ときたもんだ! 実際よぉ、倅の作るレンガはそこらのレンガとは格が違うんだ! レンガ一筋三十年の俺が言うんだ、間違いない! 親の贔屓目なんざねぇぜ? むしろ他より厳し目に見繕ってのこの評価だ!」
「その評価を客に向けて発信してりゃ、もう少しレンガの売れ行きも変わったんじゃないか?」
「バカだなぁ、お前さん。親父がよそ様の前で倅を絶賛できるわけないだろう? あんただから話したんだよ」
特別扱い痛み入るね。そりゃどうもと、言えばいいのか?
「でだ、その御仁はな、二十九区に住んでいる貴族のご婦人でな。生まれてからずっと花に囲まれて暮らしていたような心美しい御仁でよ。これまで浮いた噂は一つとしてなく、言い寄る数多の男に会いもしない、まさに深窓の麗人、高嶺の花と言われた淑女でな。彼女自身、生涯独身を貫くつもりだったらしいんだが、倅のレンガを一目見て、『このような素晴らしいレンガを作れる方になら、私の資産のすべてを差し上げてもいい』とまで言ってくれたんだよ! ウチの倅にだぜ? 母ちゃんを早くに亡くして、俺が男手ひとつで育て上げた、教養の欠片もない、石ころみてぇな身分のガキを、貴族様が拾ってくださるってんだ。こんな幸運なことはねぇだろ? なぁ、そう思うよな!?」
「ま、まぁ……滅多にあることでは、ないだろうな」
「だよなっ!? そう思うよな!?」
興が乗ってきたのか、ボジェクはグイグイと迫ってくるようになった。正直暑苦しい。
教養がないのはお前だけで、息子の方はそれなりに分別がありそうに見えたがな。
それから、ご婦人のセリフの時に裏声使うのやめてくれる? 気持ち悪いんだ。あと、体をくねくねさせるのも。
「だってのに、あのバカ息子はっ! 『僕は、自分が作りたいと思うレンガ以外は作りたくないんだ。貴族と繋がりが持ちたいなら、父さんが再婚でもすればいいよ』とか抜かしやがったんだぜ! ぶん殴ってやったよ、俺ぁ!」
息子のモノマネに悪意が感じられる。
つか、俺の主観が父親より息子世代に近いせいかな……親父の言い分が滅茶苦茶に聞こえるんだが。
どう考えても息子の方が正論だろう。
顔も知らない相手といきなり結婚しろと言われ、それが金のためなんてのは……納得できないんじゃないか?
「なぁ、ボジェク。他に息子はいないのか?」
「あいつは一人っ子だ。母ちゃん……早くに逝っちまったからよぉ……」
「じゃあ、一人息子を貴族の婿に差し出したりしたら、このレンガ工房はお前の代で途絶えるんじゃないのか?」
「はっはっはっ! 大丈夫だ! 倅にガキが生まれるまで、俺は引退しねぇからよ!」
「倅の息子は貴族の子供になるから、レンガ工房なんか継がせてもらえるわけないだろう?」
「だったらたくさん生めばいい! 五、六人もいりゃあ、一人くらいはウチに回してくれるだろう!」
……ダメだ、こいつ。
驚くほどに短絡的過ぎる。
「ホント……お前が再婚するわけにはいかないのか?」
「すまねぇが、俺ぁ、母ちゃんだけだって心に決めてるんでな」
……テメェが一番わがままじゃねぇかよ。
「作りたくないつってんだから、しょうがないだろう? 無理やり婿にして、不興を買う方がレンガ工房にとってマイナスなんじゃないのか?」
「大丈夫だ! 貴族のお嬢様だぞ? 絶対惚れるに決まってる!」
誰が決めたんだ、そんなもん。
「それに、倅が反対してるのは、レンガがどうとか、仕事がどうとか、そういうことじゃねぇんだ」
「……どういうことだ? 納得したレンガ以外作りたくないから嫌なんだろ?」
「違う! 違うんだよ、ヤシロッ!」
急に呼び捨てにするなよ。……ったく、これだから『一度認めた相手には』系の職人は……お前が認めても、俺はまだ認めてねぇっての!
「倅はなぁ! あの怪しい女にたぶらかされてんだ!」
「怪しい女?」
「俺ぁ見たんだよ! 倅が昼間、こそこそと工房を抜け出して、人目を避けるように歩いていくからよ、俺ぁ気になって後を付けたんだ」
なにこのストーカー気質の父親。きもーい。
「そうしたら、この先の廃墟が並んでるところあるだろ? あの付近で、全身真っ黒の服を着た、陰気くせぇ女と密会してやがったんだ!」
拳を震わせるボジェク。瞳には恨みの炎がメラメラと燃え上がっていた。
人目を避けて会うような間柄なら、女の方が黒い服で目立たないようにしていても、そして廃墟の並ぶ人気のない場所で密会していても、さほどおかしいことではない。
しかし、息子がその女にたぶらかされていると思い込んでいるボジェクにとっては、怪しい女に映ったのだろう。
……正直、この手の話には関わり合いたくない。
他人の色恋になんぞ興味はないし、関わるとろくなことにならないし、万が一うまくいこうものならこの世にリア充が一組増えることになるのだ。
……けっ! 無視だ無視! 俺には関係ないね!
「だからよ! あの怪しい女さえいなくなれば、倅は喜んで貴族の婿になるはずなんだよ! な? そう思うだろ!?」
「あ~……まぁ、なんというか。恋愛は当人同士の思うところが大きいからな。俺が口出しするわけにはいかねぇよ。んじゃ、俺はこの辺で……」
「親方さんっ! その話詳しくですっ!」
「ぬぉっ!?」
俺が立ち上がると、背後から突然ロレッタが現れて、ボジェクに詰め寄っていった。
……いつの間に背後に?
「イケメン職人と貴族の恋……そこに現れた怪しい謎の女…………すごく興味深いですっ!」
「お前は、話をまぜっかえすな! すまないな、ボジェク。このバカは無視してくれて構わな……」
「それじゃあ聞いてもらおうか、お嬢ちゃん! 俺が倅を尾行して作った全267ページの極秘調査報告書の内容を!」
「えぇ! じっくり、たっぷり、ねっとりと!」
…………あ、ダメだこれ。
止まらないヤツだ。
んじゃ俺は離脱して息子の方に行こうっと。
大まかな理由は把握できたし、息子側の言い分を聞けばある程度は見えてくるだろう。
「じゃ、お前らは仲良く恋バナでもしててくれ」
俺の言葉に見向きもしないロレッタとボジェク。
すでに二人は恋バナモードに入っており、ボジェクが息子の異変に気が付いた辺りから事細かに説明をし始めていた。
……うん、もういいや。放っておこう。
俺は竈場を後にし、作業場へと向かった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!