異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

後日譚4 人間と獣人族と -1-

公開日時: 2021年3月1日(月) 20:01
文字数:2,025

「俺が気付いたことを話してもいいか?」

 

 狩猟ギルド四十二区支部で『漢』の集いを開催した翌日、俺は一人でとある場所へとやって来ていた。

 会って話をしたいヤツがいるのだ。

 本当は、こいつにこういう話を振るのもどうかと思ったのだが……見て見ぬフリをいつまでも続けるわけにもいきそうにないしな。

 

 ジネットには話しにくい話だし、マグダやロレッタは獣人族だから……なんとなく、な。

 エステラに聞こうかと思ったのだが……まぁ、領主……だしな。

 ベルティーナやレジーナという線もあったにはあったのだが、分野が違う気がしたんだよな。ベルティーナはシスターだし、レジーナはもともと外国の人間だからな。

 

 というわけで、こいつを選んだわけなのだが……

 

「おっぱい格差の話ですわね。耳タコですわ」

 

 ……今、ちょっと後悔し始めている。

 

「真面目な話だ」

「真面目におっぱいの話を? ……ヤシロさん、あなたという人はおっぱいのこと以外考えることが出来ませんの?」

「おっぱいの話を始めたのはお前だ!?」

 

 今日も丁寧に手入れがされている輝くようなブロンドをふわふわと揺らして、イメルダが優雅に紅茶を啜る。

 

「なんだか、最近……ヤシロさんのお顔を拝見すると、『おっぱい』という言葉が脳裏に浮かんでくるようになりましたの」

「それ、なんかの病気だからレジーナに診てもらえよ、な?」

 

 四十二区に住むようになって、こいつはおかしくなったよな……まぁ、出会った当初からかなりぶっ飛んだヤツではあったけども。

 

「貴族に関して、少し聞きたいことがあるんだ……というより、人間と獣人族に関して……と、言えばいいのか…………」

「……そうですの」

 

 イメルダの視線が少し鋭くなり、コトリと、静かな音を立ててティーカップがソーサーに置かれる。

 背筋がすっと伸びたことで、首筋がすっきりとして見える。

 細く長い首から鎖骨にかけてのラインが本当に綺麗なヤツだ。整った目鼻立ちと合わせて、まるで凛と咲く花のように艶やかな雰囲気がある。繊細なタッチの絵画を見ているような気分にさせられる。

 透き通るような白い肌に映える、色づいた桜のような薄紅の唇が静かに開かれる。

 

「貴族であろうと、獣人族であろうと……おっぱいの大きさに影響を及ぼす要因にはなりませんわ」

「おっぱいの話、もういいわっ!?」

 

 なに、この娘!? なんでこんなに頑ななの!?

 

「……お、『おっぱいの話、もういいわ』…………ですって…………」

 

 伸ばした背筋が反らされ、イメルダの体が椅子の背もたれへとしなだれかかる。

 ふらついた拍子に足がテーブルを蹴り、ティーカップが落下する。

 パリンと乾いた音と共に琥珀色の紅茶が床へと広がっていく。

 

「ヤシロさん……死なないでくださいましっ!」

「死ぬかっ!?」

「どこか具合が悪いんですのね!? きっと重い病気なんですわっ!?」

「そっくりそのまま返してやるよ!」

 

 なんだったんだよ、さっきの真面目な表情は!?

 つか、俺、ここに来てからおっぱいの話しか出来てない!

 もういっそ、こいつが飽きるまでおっぱいの話してから本題に入ろうか!? 語り尽くすまでさ!? その場合、三日くらい泊まることになるかもしれないけども!

 

 駆けつけた給仕たちが割れたカップを片付け、イメルダのスカートに飛んだ紅茶を拭き、取り乱したイメルダを落ち着かせ、俺にお悔やみの言葉を告げ去っていく。……って、コラ給仕。

 

 舞うような優雅で機敏な動作で仕事を終えた給仕たちが部屋の隅へと捌け、俺とイメルダは再びテーブルを挟んで対峙する。

 

 今度こそ真面目に……

 

「イメルダ……真面目に話を聞いてくれるか?」

「もちろんですわ」

「正直、あまり話したくないような内容なのだが……」

「ぷふーっ!」

「駄洒落じゃねぇぞ!? 話したく『ないよう』な『内容』とか、狙ってねぇから!? えぇい、肩をぷるぷるさせんなっ!」

 

 てか、どういう翻訳をしたんだ、『強制翻訳魔法』!? 真面目に話させろよっ!

 

「お前にしか聞けないようなことなんだ。助けると思って、少し教えてくれ」

「ワタクシにしか……?」

「あぁ。他の連中だと……その…………少し、角が立つ」

「そう……ですの」

 

 すると、イメルダはそっと右手を上げる。

 それを見た給仕たちが一斉に部屋を出ていった。

 十人近くいた給仕たちが静かに、一人ずつ、礼をして部屋を出ていく。

 

「……これで、幾分話しやすくなったのではありませんこと?」

「あぁ。助かる」

 

 俺は居住まいを正し、静かな声で話し始める。

 

「俺が見てきた貴族は、みんな人間だった。……意味、分かるか?」

「えぇ……もちろんですわ」

 

 給仕たちが淹れ直していった紅茶に口をつけ、イメルダは少し沈黙の時間を取った。

 カチャリと、カップのぶつかる音がする。

 

「そうでしたわね……ヤシロさんは、異国からこの街においでになったのでしたわね」

「まぁな」

「でしたら、無理もありませんか……」

 

 細く長い息を吐き、イメルダは少し冷たい表情を覗かせる。

 イメルダの切れ長の瞳は、深い海の底を思わせる静けさを湛えていた。

 

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