異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

58話 木こりギルドの視察・後編 -3-

公開日時: 2020年11月26日(木) 20:01
文字数:3,400

「今日は本当にお疲れ様でした」


 料理が出揃ったところで、エステラが口を開く。

 料理に気を取られていた一同がみんなエステラに視線を向ける。


 イメルダが一瞬遅れるが、何事もなかったかのようにすまし顔を作る。

 料理に見惚れていたようだ。

 色味を考慮し、配膳の場所までこだわって決められている定食という料理は、実はとても美しいものなのだ。我が母国が長い歴史の中で培ってきた技や、侘びだの寂びだのそういうものが盛り込まれ、余分なものが省かれ、研磨された究極の形なのだ。

 食事を「ただ食べる物」としてしか考えていない連中には衝撃的な美しさだろう。


 食事は五感のすべてで楽しむものなのだ。

 味はもとより、香り、見た目。そして「サクッ」とか「ジュワァ~」という音でも美味さが伝わってくる。箸で触れた時の「ほろっ」と崩れる感触や分厚い肉の弾力なんかも食欲をそそる。

 人類の生命に関わる総合芸術。それが食事なのだ。


「いかがだったでしょうか、我が四十二区は。街並み、インフラ、人々、どれを取っても恥じ入ることのない素晴らしいものであると自負しています。さらに、他の区にはない革新的な独自の技術を元に、今後ますます発展していくでしょう。それには、木こりギルドの協力が不可欠であり、また、木こりギルドにとっても四十二区の存在が不可欠になると、そう確信しています」


 エステラのスピーチは続いている。

 グイグイと相手の懐に入り込んでいくような語り口だ。俺とは真逆のバカ正直な話の組み立て方だな。

 俺はどちらかというと、引いて、追いかけてきたヤツを罠にかけるやり方だ。


 特に、こんなへそ曲がりがいる場合はな。


「それではまるで、四十二区と木こりギルドが対等であるかのように聞こえますわね」

「え…………」


 エステラのスピーチを遮って、イメルダが立ち上がる。

 ……顔が怖いぞイメルダ。そんなに気に障ったか?


「確かに、下水の技術は大したものですわ。街も随分と美しくなっていました」


 懐から扇子を取り出し、そしてそれをビシッとエステラに突きつける。


「ですが、所詮は四十二区ですわ! 底辺がどれほど努力をしたところで、遥か高みにいる者に追いつくことなど不可能ですのよ! 現在の四十二区は……そうですわね……表面だけを見よう見まねで取り繕った、猿真似に等しいですわ!」

「…………猿、真似……?」


 エステラの頬がぴくっと引き攣る。


「そもそも、革新的な技術とおっしゃいますが、それは木こりギルドなしには成立しないものではありませんか。木こりギルドの力を借りて初めてその威力を発揮する技術を、当の木こりギルド相手に誇るなど……恥という概念がありませんのかしら?」

「恥…………だって……っ!」

「エステラさんっ、ダメですよ」


 一歩、足を前に出したエステラを、ジネットが素早く制止する。

 一触即発……そんな不穏な空気が漂い始める。


 惜しかったな、エステラ。

 イメルダのように、自分が一番でなければ気に入らない、そうでなければ許せないタイプの人間に、自分たちの功績を説いたって逆効果にしかならないんだ。

「そんなに優秀なら、是非一緒に事業をしましょう」とはならずに「ウチの方がもっとずっとすごいですけどね、ふーんだっ!」となってしまうんだよ。


「木こりギルドにおんぶに抱っこで、その恩恵にあずかろうという者の発言にしては随分と横柄でしたわね。木こりギルドにとって、四十二区如きが不可欠な存在になる……? 笑うところですの?」

「イメルダ。その辺でやめておきなさい」

「お父様は、ワタクシより、彼女の意見が正しいとおっしゃいますの!?」

「い、いや……そういうことじゃなくてだな…………その……………………」


 イメルダにすごまれて、グリズリーのような筋ムキのハビエルがたじたじになる。

 弱いなオッサン……

 視線をさまよわせ、俺と目が合った瞬間に嬉しそうな表情を浮かべた。


「つ、続きは、彼が話す!」


 う~っわ、丸投げしやがった。

「続きはウェブで」か?

 誰がウェブだ。


「何か、言いたいことがありますの?」


 イメルダが俺を睨みつけてくる。

 辺りを見渡すと、エステラが不機嫌そうな目で、ジネットが不安そうな目で、そしてハビエルが「説得できたらなんでも協力するから、お願い!」みたいな目で俺を見ている。

 ……ったく。しょうがねぇな。


 もっとも、端っから締めくくりは自分でするつもりだったけどな。


「イメルダ。お前は、四十二区には革新的な技術がないと、そう言うんだな?」

「下水の技術は認めますわ。ですがそれは木こりギルドがあればこそ……そんなもので恩を着せようだなどと……」

「恩を着せる……か……」

「なんですの? そんなつもりはない、とでも?」

「いやぁ。恩を着せようとしてんのさ。四十二区に声をかけてもらえてよかったなってな」

「ワタクシたちが? ご冗談でしょう?」

「それが、そうでもねぇんだな」


 ゆっくりと移動し、イメルダの目の前へと歩いていく。

 俺の動きをジッと見つめ、視線で追ってくるイメルダ。瞬きすらしやがらなかった。


「木こりギルドがいなくても、四十二区はどんどん発展していく。こいつは決定事項だ」

「根拠がありませんわ」

「技術がある」

「ですから、それは木こりギルドがあればこそ……!」

「それだけじゃない」

「…………え?」

「それだけじゃないんだよ、俺たちの革新的な独自の技術はな」

「…………他にも、何かあるというんですの?」


 その問いには、言葉ではなく笑みをもって応える。

 技術ならいろいろある。ポップコーンや屋台、ろ過装置なんかもそうだな。


 だが、今は最も効果的でこいつらを黙らせることが出来る技術を紹介するとしよう。


 俺は、人差し指を立ててイメルダの目の前へ突き出す。


「…………上、ですの?」


 上に向いていた人差し指を、ゆっくりと下降させ、テーブルに並ぶ料理を指さす。


「以前、お前が美しいと絶賛していた料理だ」

「なっ!? ぜ、絶賛などしていませんわ! ただ……それなりには見られるものだっただけですわ!」


 ふふふ……はい、食いついた。

 これでこいつは、小さなことにまで反発するようになる。


「見てみろよ。壮観だろ?」

「ふん! だからなんですの?」

「美しいじゃねぇか」

「だ・か・ら、なんだと聞いているのです」


 ……もう少し泳がせて…………


「美しいものが好きなんだろう? 存分に楽しめよ」

「以前も言ったと思いますが、料理がいかに美しくとも、食べればなくなってしまいますし、食べなければ朽ち果てて無残な姿をさらすことになるだけですわ!」


 捲し立てたことではらりと垂れてきた前髪をかき上げ、イメルダは高飛車な笑みを浮かべる。


「数で勝負しようとしたのでしょうけれど……お気の毒でしたわね。数が増えればそれだけ無残な姿をさらすというだけですわ。ワタクシの心には響きませんわ」

「食いもしないで料理の良し悪しを語るな」

「嫌ですのよ!」


 ヒステリックな叫び。

 それは、触れられたくないものに触れられた者が発する警告の音。

 発した直後に、発した本人が一番驚く、本能による警告。


「…………」


 気まずい沈黙の後、イメルダは仕方なしにという風に小さな声で捲し立てる。


「ワタクシは、そこにあるものが失われることや、醜く朽ち果てる様を目にするのが……堪らなく嫌なんですの…………」


 何がこいつをそこまで美しさに固執させるのかは知らん。

 過去のことやトラウマなんざ、知りたくもないからな。知るつもりもない。

 だが、拒絶する理由がそれなら、これ以上の抵抗は出来なくなるぜ?


「ここにあるものは大丈夫だよ」

「…………え?」

「今ここに並んでいるものは減りもしないし、朽ち果てもしない」

「どういう、ことですの? ……そんなこと、あるはずがないですわ!」

「ジネット」

「は、はい!」


 敵対心剥き出しのイメルダから目を逸らし、ジネットに合図を送る。


「例のものを」


 すると、ジネットは「待ってました!」とばかりに顔を輝かせて、大きく頷いた。


「はいっ!」


 ジネットが厨房へと駆けていく。


「何をするつもりですの?」

「まぁ、見てのお楽しみだ。それを見れば、俺が言ったことが真実だと納得するさ」

「この世に、朽ち果てもしない料理などあるはずが……っ!」

「ほら、来たぜ」


 話の腰を折られ、不機嫌さを隠そうともせず俺を睨むイメルダ。

 だが、ジネットが運んできたものを見た途端、目と口が同時に限界まで開かれた。


「…………なっ!?」


 その場にいた全員の顔が、驚愕の色に染まる。


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