「要するに、獣人族が『亜人』で、虫人族が『亜種』、その中でもヤママユガ人族は『亜系統』と呼ばれてる……ってことでいいんだな?」
三十五区から帰ってきた翌日、俺はエステラと話をしていた。
場所は陽だまり亭。
隠してこそこそ話すようなことではないと、マグダが言ったからだ――
昨日、陽だまり亭に戻ってきたのは夜になってからだった。
ジネットの留守を見事に守りきったマグダとロレッタを盛大に褒めてやり、その流れで三十五区で起こったあれこれを話して聞かせてやったのだ。そのせいで、ロレッタはそのまま一泊していくことになったのだが、本人が楽しそうにしていたのでよしとする。
で、流れ上、どうしても『亜人』だ『亜種』だという話になってしまったわけだが……
「……ヤシロは気にし過ぎ」
「エステラさんもです」
獣人族の二人はあっけらかんと、そんなことを言った。
俺としては、獣人族とか虫人族という呼び方もこいつらに不快感を与えているのではないかと考えたりもしたのだが……
「……区別は当然」
「そうですよ。むしろ、全員いっしょくたにされるといろいろ困るです」
獣人族たちの並外れたパワーや、獣特徴、習性なんかはどうしたって人間とは違う。
それは、外国人同士が別の言葉を使う、程度のことなのだそうだ。
習慣にしても、日本で言うところの宗教みたいなもので、やりたい者が勝手にやっていればいい、くらいの考えなのだという。「区別しないために、みなさん宗教は捨てましょう!」とはいかない。
仏教徒、キリスト教徒、イスラム教徒と、各々を区別してもそれが不快感を与えるものではないのと同じようなことらしい。
宗教上、豚肉を食べられない人がいたとして、それに合わせて全員に豚肉を禁止するのもおかしいし、隠れるようにこそこそ食べなきゃいけないってのもおかしい。本人が、本人の意思でそうすればいい。周りは普通にしてればいい。
そのような内容のことを、マグダとロレッタは語っていた。
ケモ耳をみだりにもふってはいけない……くらいのことに注意していれば、不快感はないそうだ。
――というわけで、みんなのいる場所でミーティングを開くことにした。
最初は、エステラも難色を示したが、「変に隠し立てする方がやましく見えるぞ」と説得すると了承してくれた。
で、ようやく情報の共有化をしてもらおうってわけだ。
「概ね、ヤシロの言っていることで正しい」
『亜人』という呼び名は、俺以外の全員が知っていたようで、周りにいるジネットたちもうんうんと頷いている。
が、「概ね」とはどういうことか?
「認識の不足というか……まぁ、最初から話せばきっと理解してくれると思うよ」
そう言って、エステラは『亜人』という言葉が誕生したいきさつを語り出した。
「昔、人間の街に人間しかいなかった時代があったんだ。世界は広く、多人種が出会うことはそうそうなかった」
やがて、文明が発達し生活が向上していくと、人間は領土の拡大を図った。
冒険家が新大陸を目指して旅に出て、新たな国があちらこちらに誕生した。
「そうしてようやく、人間は自分たちとは異なる人種に遭遇するんだ」
エステラが三本の指を立てて俺の前へと突き出してくる。
「人間がとても及ばない、驚異的な力を持った三つの人種。人龍、人狼、そして人魚だ」
「人龍? 龍人じゃないのか?」
「ボクたちが『りゅうじん』と呼ぶのは龍の神様のことさ」
なるほど、『龍神』か。
「神様って、精霊神以外にもいるんだな」
「そりゃあね。他の神を崇拝する人たちも多くいるしね。でも、龍神は神様というより……『強力過ぎて近寄ることすら出来ないレベルの生物』って意味合いが強いかな」
「それって、つまり……ドラゴンのことか?」
「まぁ、そうだね。巨大で強大なドラゴンを見て、昔の人間たちは『アレは神だ』と定義づけたんだろうね」
人智を超える存在を目の当たりにした時、人は畏怖の念と尊敬の念を抱く。
どちらが大きいかによって、恐怖するか崇拝するかに分かれるのだろうが、「こいつは、自分とは次元の違うものだ」という認識は同じだろう。
「もっとも、人龍も十分人智を超える存在だけどね」
「見たことねぇなぁ」
「オールブルームにはいないんじゃないかな? というか、その三種族は、あまり人間との共生を好まないんだよね」
人龍と人狼と人魚は、それぞれの国で静かに暮らしているというわけか……
「ひとつの例外を除いてな」
昨日、三十五区の街門で別れる際に「また今度、い~っぱい海とお魚のお話しよ~ね~☆」と、満面の笑顔で手を振っていたマーシャという名の人魚がいる。
共生を好まないどころか、自ら進んで人間と関わりを持っている。面白そうなことにはすぐ首を突っ込んでくるしな。
「人魚は、あんまり細かいこと気にしないんだよね。マーシャはその中でも図抜けているけどね」
今さっき話した内容を否定するような親友の存在に、エステラは苦笑を浮かべる。
まぁ、害がないってことはいいことだよな。
海を自在に泳ぎ回れる人種なんて、敵に回したら厄介極まりないもんな。
「そして、この三種族を皮切りに、人間は様々な人種の者と出会うことになるんだ」
「……それ以降に出会った人種を、人間は『亜人』と呼称するようになった」
『亜人』という言葉を言いたがらないエステラに代わって、マグダがそう説明する。
気を遣われてるぞ、エステラ。
差別をしていた側の方がより気にしているって証拠だな。
って、別にエステラが差別をしていたわけではないんだがな。「同じ人間として」ってやつだろう。
「その間に、人種間での戦争やいさかいがあって、和解したのはずっと後になってからなんだけど……」
「……人間以外とも、獣人族は戦争をしていた。人龍や人狼とも戦ったと聞く」
人間が世界中に進出して、他の人種も新天地を目指すようになった。
その結果、世界中のあちこちで戦争が起こってしまったわけだ。
「結局、統率力と技術の勝った人間が勝利を収め、獣人族は人間たちに支配される形で戦争は終結したです」
「…………うん。そう、だね」
ロレッタの補足に、エステラが表情を曇らせる。
『支配した』ってのが、心苦しいのだろう。
気にすんなよ、もう。お前が支配してたわけじゃないんだから。
「まぁ、戦争に勝ったというか、異種族間で話し合い共生していく道を選んだってことだよ。実際、人間は最初の三人種には勝てなかったんだから」
人龍、人狼、人魚は人間には負けていないのか。
……あ、なるほど。
「それで、その最初の三人種以降に出会った獣人族を『亜人』って呼ぶようにしたんだな」
戦争終結直後の価値観では、人龍、人狼、人魚、そして人間は対等であり、その四人種がいわゆる『人類』であったのだ。
戦争で立場を弱めた他の獣人族と、そこで区別化したのだろう。特別扱いすることで、これ以上戦火を広げないようにと。
「そう。だから、マーシャたち人魚は……その……『亜人』には、含まれていない」
すごく言いにくそうに『亜人』と口にしたエステラ。
一度口にすれば、次からはもう少しスムーズに言葉が出てくるだろう。
ややこしいのだが、しっかり理解しておかなければいけないのは、『獣人族=亜人』ではないってことだ。
獣人族は、俺が勝手に呼び始めた呼称で、マーシャもその範囲に含まれる。だが、マーシャたち人魚は『亜人』には含まれていない。もちろんキャルビンもだ。
……ってことはだ、マーシャなら貴族になれるってことなんだろうか?
以前イメルダと話をした際にはそこんとこ知らなかったからな。可能性はあるな。
「最初の『亜人』はイヌ人族だったと聞いてるです」
「……マグダも」
「そうだね。歴史書ではそう記されているね。人間とイヌ人族は協力して、大きな街をいくつも創り上げてきたんだ」
オールブルームを取り囲む巨大な外壁を思い浮かべる。
……なるほどな。ありゃ、人間だけじゃ無理だわ。
「それから、トラ人族やハムスター人族なんかが、その街へ流入してきたんだよ」
「あたしたちハムスター人族は昔から非力だったですから、『保護してですー』って感じで人間の国に入れてもらったそうです」
争いよりも共生を待ち望んでいた人種もいるのだろう。
とにかく、そういう風にして、今現在の共存共栄は形成されていったらしい。
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