「あの、ヤシロさん……『物事には対価』って……作るのはウーマロさんたち、ですよね? 材料費とか工費とか……持ち出しが多くないですか?」
「モリー。需要と供給ってのは、強く求めた方が足元を見られるように出来ているんだぞ?」
「……覚えておきます」
気にする必要はないんだよ、モリー。
これは、承認欲求を満たしたい重症患者への救済措置だ。慈善事業だ。金は全部領主持ちだ。
好き勝手やればいいのさ、こっちはな。
「それでヤシロ。どうやって作るんさね、さっきのヤツは?」
「複雑そうに見えるが、実は意外と簡単でな。こっちから光が当たった時に影がこう出るから……」
シャドーアートは突き詰めれば影絵なので、簡単にしようと思えばどこまでも簡単に出来る。
そこへ如何に見た目とのギャップや意外性を持たせるか、それが面白みであり腕の見せ所となってくる。
基本から教えてやって、あとはノーマのやる気とこだわりに任せようと思う。
最悪「あぁ、夕方になったらオバケの影が出来るんだろうなぁ~」ってバレないレベルであれば、出来映えはそこそこでも問題ないのだ。
「イメルダも巻き込んで、デザインにもとことんこだわってやるさね!」
ま。ノーマは気合い入りまくりみたいだけど。
すごいの作るんだろうなぁ……
「ヤシロ! このオブジェ借りてってもいいかぃね? イメルダにうまく説明する自信がないんさよ」
「あぁ、説明用に作ったヤツだから、やるよ」
「ホントかい? 助かるさね」
嬉しそうにオブジェを手に取り、「ふふん♪」と楽しげに胸に抱く。
胸に。
胸に!
…………あ、収納はしないんだ。やろうと思えば出来ると思うけどなぁ。
「ヤシロさんの視線って、物凄く素直ですよね」
斜め前からモリーの乾いた視線が投げかけられているが、今はちょっとそっちを見ている余裕はない。
浮かれたノーマはよく動きよく弾むのだから。
「それじゃ、早速イメルダを捕まえてくるさね! あいつ、ベッコがモツの食品サンプルも作らずに街の飾りに引っ張りダコでヘソを曲げてたからね。きっと二つ返事で協力してくれるさよ」
そんなところでもヘソを曲げていたヤツが発生していたのか……
面倒なヘソ曲げ女子はノーマに任せておこう。
「あ、そうさね。ハム摩呂~!」
「はむまろ?」
二階の客間でお昼寝をしていたはずのハム摩呂がひょっこりと厨房から顔を出す。
ナイスタイミングで起きてきたもんだな。毎度のことながら。
「ちょぃとお使いを頼まれてくれないかぃね?」
「今日は陽だまり亭のお手伝いなのでー!」
「ダメなんかぃ?」
「引き受けたー!」
「やるんかぃね!?」
「ノーマ。ハム摩呂に全力で対応するとスタミナが切れるぞ」
寝起きのハム摩呂は無敵だからな。
デリアとマグダくらいだ、ハム摩呂に全力で対応して倒れないのは。
「それじゃあ、ハム摩呂」
「はむまろ?」
「ちょぃと金物通りまで行って」
「はむまろ?」
「ウチの男衆に」
「はむまろ?」
「金網とトングを作るように」
「はむまろ?」
「言ってきておくれ……聞いてるんかぃね!?」
「話半分ー!」
「ちゃんと聞くさね!」
そっかぁ。
「はむまろ?」って、「お前だ!」って反応しないと延々続くのかぁ。新発見だな。
……って。どうせ気分次第なんだろうけれど。
「ウチの男衆に、金網とトングを二~三十持ってトムソン厨房に届けるよう伝言しておいておくれな」
「うんー! 話半分で伝えてくるー!」
「ちょっ!? ハム摩呂! ちゃんと全部伝えるんさよ!? ハム摩呂ー! …………様子見に行った方がいいんかぃね?」
「大丈夫だ。なんだかんだでちゃんとやるから、ハム摩呂は」
万が一伝わらなきゃ金物の男衆が聞きに来るだろうし。
なんとかなるだろうよ。
「そんじゃ、アタシはもう行くさね」
うきうきとした足取りで、ノーマが陽だまり亭を飛び出していった。
陰鬱な顔で陽だまり亭に入り浸っていたキツネ人族が晴れやかに帰っていってほっとするやら、ここはお悩み相談所じゃねぇんだぞって腹立つやら、オブジェその気になれば絶対収納できたのになぁ~と思いを馳せるやら、複雑な気持ちで開け放たれたドアを閉めた。
「……収納、絶対出来たよなぁ」
「いろいろ思うところがあって、結局口から出てきたのがそれですか?」
斜め後ろからモリーの乾いた声が飛んでくるが気にしないことにする。
「……ヤシロ。いい感じで固まった。例のアレが」
「早く試食してみたいです! わくわくが止まらないです!」
さっきからちょこちょこ裏庭へ行っては状況確認をしていた二人。
あんまり『冷蔵庫』を引っ張り上げるなよ。
陽だまり亭の『冷蔵庫』は、金属の箱を井戸に浸けて冷やすだけの簡単な構造だ。細いパイプを通して冷却率を上げてはいるが、家電のそれには遠く及ばない。
もっとも、それでもコーヒーゼリーくらいは作れるけどな。
で、マグダとロレッタが楽しみにしているのが、ハロウィンで初お披露目となるマシュマロだ。
「どれ、ちょっと具合を見てみるか」
「こんな真昼間っからお医者さんごっこかいな? 相っ変わらず卑猥やな~、自分」
「音もなく登場してんじゃねぇよ、卑猥の権化」
ドアを背にしていた俺の背後にぴたりと寄り添うように、真っ黒魔女スタイルのレジーナが立っていた。
ドアを開ける音が一切聞こえなかった。ウーマロ、綺麗に作り過ぎじゃね?
「トリック・オア・セクシャルハラスメントやで~!」
「どっちも『イタズラ』してんじゃねぇかよ」
後者の『イタズラ』は社会的にNGだ。
「いや、違うねん。なんや、道歩いてたらそこらのオバちゃんらが、『試作品作ったからもろてって~』言ぅてお菓子めっちゃくれはるねん」
「仮装だと思われてんだな、その格好」
「かなんわぁ~。ウチ一人だけフライングしてハロウィン待ちきれへん人みたいに思われんの」
「その前に、お前の普段着が仮装扱いってことは、お前の存在そのものがオバケ扱いされてるってことだから、そっちに困れよ」
「かまへんかまへん。夜道で出会って『ぎゃー!』言われんの、日常茶飯事やし」
「不憫だなぁ、お前の日常……」
俺もお菓子をあげたくなってきたよ。オバちゃんらとは別の意味で。
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