異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加60話 閉会式、そして夕食会と隠された意味 -2-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:2,997

「なぁ、イメルダ」

「なんですの?」

「あぁ、いや。いいや」

 

 キャンプファイヤーでも出来ないかと思ったんだが、このグラウンドは四十二区の東端といっても過言ではない場所だ。湿地帯を除けば西端と呼べるような場所に建つ木こりギルド四十二区支部まで戻って、キャンプファイヤーに使えそうな薪を持ってきてくれなんてとても言えないよな。

 木こりたちも一日中運動会をやって疲れてるだろうし。

 この規模でキャンプファイヤーっつったら、薪の長さも100cmとか120cmとか、そんなレベルになるだろうしな。

 

「そうそう。棒引きが始まる前に手の空いていたウチの者たちに薪を取りに行かせましたので、そろそろ戻ってくる頃合いですわ」

「えっ、薪……?」

「えぇ。外の森では薪を組んで火を絶やさないようにして夜を凌ぐんですのよ。『井』の字に薪を組めば、燃焼時間は減りますが、大きな炎が上がりますから、この場所には打ってつけかと思いましたの」

 

 そいつは、まさにキャンプファイヤーだ。

 こいつ、自分からそんな提案を……

 

「それに、こういう状況になれば、きっとそういう要望を口にするのでしょうねと思っていましたのよ、ヤシロさんが」

「俺が、そんな気の利くいいヤツに見えるってのか?」

「あら? 先ほど言いかけたのはそういうお話ではありませんでしたの?」

「う……」

 

 こいつ、なんだか随分と気が回るようになってないか?

 支部長になるって、そんな急激に成長するような重責背負わされるもんなのか?

 恐ろしいもんだな。こいつの、これから先の未来が。……化けそうで怖いよ、イメルダは。

 

 そんなことを思っていると、木こりがデッカイ荷車に大量の薪を積んで戻ってきた。

 棒引き以降の競技に参加しなかった木こりたちだ。

 観戦したかったヤツもいたかもしれんが……まぁ、最愛のイメルダお嬢様の命なら喜んで仰せつかるか、あそこの連中は。ある種、メドラに心酔する狩猟ギルドに近しい力関係だよな。

 イメルダの結婚を機に統率力を失うなんてことがなければいいが……

 

「最高の配慮に感謝するよ。あ~、運営委員の末端として」

「あら? 上座に鎮座されているものとばかり思っていましたわ」

「上座は大会委員長のエステラだろ」

「それはそれは、随分と風通りのよさそうな委員会ですこと」

「遮蔽物がないからな」

「えぇ、吹き抜けバストですから」

「誰のバストが吹き抜けだ!」

 

 イメルダの背後から腕が伸びてきて、イメルダのほっぺたを両側からむに~んっと摘まむ。

 

「エフフェファひゃん、なにふぉなふぁいまふの!?」

「何をなさいますのじゃないよ、まったく」

 

 ぷんすかと怒り顔のエステラ。

「これでもボクは、他の誰よりも風の抵抗を受けやすい真っ平らバストなんだよ! 流線型でなく!」――とか言ったら面白いのに。

 

「ヤシロ。今頭の中で思ったことを一言一句違えずに言葉にしてみてくれるかい?」

「ならまず、その物騒な刃物を懐にしまえ」

 

 体操服の時まで刃物を隠し持っていやがったのか。

 とんだ危険人物だな。

 

「あ、そうだ。実はイメルダに頼みたいことがあって――」

「薪でしたら、たった今届いたところですわ」

「おぉ! 助かるよ! ヤシロが言っておいてくれたのかい?」

「エステラ。今すぐその認識を改めないと、来年の騎馬戦で負けちまうぞ」

 

 俺もそうだったが、エステラもイメルダの成長速度を過小評価している。

 二手三手先を読んで行動できる組織の長ってのは、一度成長を始めると加速度的にその才能を伸ばし続けるからな。

 来年はイメルダと同じチームになりたいものだ。そしたら楽が出来そうだし。

 

「英雄様」

 

 能天気なエステラと、大物の片鱗を見せ始めたイメルダの一年後を想像していると、不意にセロンが声をかけてきた。

 振り返ると、メッチャ眩しかった。

 

「なんだ、嫁が伝染うつったか?」

「いえ。あと、ウェンディが発光しているのは別に細菌のせいではありませんので……」

「じゃあなんだ? 嫁にすりすりはすはすし過ぎて光の粉が全身に付着したのか? 顔の輪郭すら眩しくて見えないけどグーで殴るぞ?」

「待ってください、英雄様! 光のレンガです!」

 

 言われて、目を眇めてよく見てみると、セロンは眩い光を発するレンガが大量に入ったちょっと大きめの木箱を抱えていた。

 

「レンガとは言っていますが、これ一つで独立して夜間のトーチ代わりに出来る商品なんです」

 

 手に取ってみると一端が平らになっており、確かに自立しそうだ。

 上部には引っ掛けるためのフックもついていて、これがあれば室内でも屋外でもランプの代わりに灯りとして十分な能力を発揮してくれるだろう。

 

「幼い子供たちが炎のそばに近付くのは危険だとウェンディに言われまして。騎馬戦が始まる前に急ぎ取りに戻った次第です」

「ウェンディは連れて行かなかったのか?」

「ウェンディは、あの通り――子供たちに大人気ですので」

 

 と、スーパーな戦闘民族ばりに発光しているウェンディを微笑ましそうに見つめるセロン。

 確かにガキどもが群がっているけど、アレは人気というか、珍しがられているというか……まぁ、いいように映っているならわざわざ否定はしないけどな。

 

「ただ、ちょっと疲れました。いつもウェンディにこんな重たい荷車を引かせていたなんて……もっと体を鍛えます!」

「いや、人種差がえげつないから、よほど努力しないと覆らないぞ?」

 

 あの小さくて可愛らしいミリィでさえ、俺たちの数倍は力持ちなんだ。

 今お前がひぃひぃ言いながら引いてきた荷車を、ウェンディがいつも余裕で引いていたんなら役割分担が正しく出来ていたというだけの話だろうに。

 

「まぁ、それくらいの努力はしてほしいものですわね、一家の主たる殿方には」

「そうだね。結果ではなくて、そうやって努力しようと思うこと、そしてそれを実践することが信頼関係に結びつくよね」

 

 イメルダとエステラが恐ろしいことを言っている。

 あのな。

 木こりだの給仕長だののレベルを求められてるんだとしたら、お前の旦那候補は結婚初日に裸足で逃げ出しちまうと思うぞ。

 俺なら無理だもん。木こりみたいな筋肉になるのも、ナタリアみたいに人間の規格を飛び越えるのも。

 あんなもん、人間の到達できるレベルじゃ……いや待て、あいつら全員人間が努力した結果その高みに到達した連中なのか。

 木こりは獣人族と人間の割合が半々くらいなんだっけ。ホント、バケモノばっかだ。

 

 

 そんなバケモノみたいな木こりの連中が、てきぱきと、そしてあっさりと巨大な薪を組み上げた。あれ、普通に準備したら小一時間かかりそうな重労働なんだけどなぁ……物の数分で見事にまぁ。

 そして、早々に点火され、炎は瞬く間に夜の闇を煌々と赤い光に染め上げた。

 グラウンドの中心に炎が上がり、セロンの光るレンガはキャンプファイヤーから十分に距離を取った位置に等間隔に並べられていった。

 

「こりゃ、明るいな」

 

 夜だとは思えないくらいに光に包まれたグラウンド。

 それでも空は真っ黒で、なんだか不思議な雰囲気に包まれている。

 

「ヤシロ氏~! 拙者も微力ながら協力できないかと、大急ぎで『灯の英雄像(キャンドル仕様)』を彫り上げてきたでござるぞ~!」

「よぉし、キャンプファイヤーに燃料投下だ、え~い!」

「拙者の努力の結晶がー!?」

 

 ふん。どうせ二~三分で彫り上げたんだろうが。

 ジネットに見つかったら「欲しい欲しい」と三日後ぐらいまで尾を引くんだぞ、あの蝋像は!

 そうなる前に焼却処分だ、あんなもん。

 

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