異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

226話 準備は上々、そして訪れる招待客 -3-

公開日時: 2021年3月23日(火) 20:01
文字数:3,123

「じゃあ、ジネット」

「はい。何か作ってきますね」

 

 いつものように厨房へと向かおうとするジネット。

 お前はどこに行っても厨房に向かうよな。

 だが、今回はちょっと待て。

 

「折角だから、屋台で何か作ってやろうぜ」

「屋台で、ですか?」

 

 デリアが火を入れて鉄板を温めてくれている。

 今すぐにでも使えるだろう。

 

「ジネットは移動販売に行く機会がないだろ?」

「そうですね。たまに、覗きに行くことはありますけど、その時に何かを作るということはないですね」

 

 ジネットが屋台で何かを作ったのは、川遊びの時とか、三十五区へ屋台を曳いて出向いた時くらいだ。

 基本的に、屋台はマグダやロレッタ、ハムっ子たちに任されている。

 

「作ってみたくないか?」

「みたいです!」

 

 密かに羨ましいなぁ、と思っていたことはバレているのだ。

 閉店作業の際、庭に停めてある屋台で『エア屋台』をやっていることもな!

 

「お好み焼きかたこ焼きでも作ってみるか?」

「はい! その二つはマグダさんがメインですので、わたし、実はあまり作ってないんですよね」

 

 羨ましかったらしい。

 言えばいいのに。いくらでも作らせてや…………いや、マグダがむくれるかもしれないな。仕事を取られるって。

 

 でもまぁ、今日はいいだろう。

 マグダには、それ以上に興味深い仕事を用意してあるし。

 

「ハム摩呂~」

「「「「はぁーい!」」」」

「いつの間に増えた!?」

 

 想像以上の声が返ってきてちょっとビックリした。

 見ると、どいつもこいつもハム摩呂じゃない。

 

「なんで返事してんだよ、ガキども」

「あこがれてるのー!」

「しょーらいのゆめ!」

「おおきくなったら、はむまろになるー!」

「いまかられんしゅうしとくのー!」

 

 なんか大人気だな、ハム摩呂!?

 職業みたいな扱いになってるけども。

 

「……で、本物のハム摩呂は?」

「はむまろ?」

「あぁ、そこにいたか」

 

 本人だけはハム摩呂という自覚がないらしい。

 

「ちょっとマグダんとこ行って材料をもらってきてくれ」

「大安売りの、ご用事やー!」

 

 お安いご用、ということらしいな、どうやら。

 ハム摩呂がてってけてってってーと駆けていく。

 

「はぁ……久しぶりなので、少し緊張します」

 

 屋台にスタンバイして、ジネットが胸を押さえている。

 胸を押さえている。

 

「ヤシロさん……あの、さっきの話ではないんですが……視線が……」

 

 胸を、押さえている!

 

「ヤシロさん!」

 

 怒られた。

 俺、悪くないのに。

 ぷにょ~んって柔らかそうな谷間の方が悪いのに。あんなもん、見るわ、普通。

 

「まぁ、そう緊張するな」

「そうですね。いつも通りを心がけます」

「みんんんんんなが、見守っているから」

「はぅっ!? き、緊張させないでくださいっ」

 

 ガキどもが「何が始まるんだろう~?」みたいな顔で屋台の周りに群がってくる。

 

「お待ちかねの、お届け物やー!」

 

 そこへハム摩呂が戻ってくる。

 よし。これでしばらくジネットはここを離れられないだろう。

 

「ジネット。ちょっとロレッタたちを見てくるから、俺の分も焼いといてくれ」

「はい。豚とイカとエビ、どれになさいますか?」

「ミックスで」

「「「「みっくす、いいなぁー!」」」」

 

 ガキどもが全部載せに興味を引かれる。

 早く食べたい気持ちが溢れまくりのガキどもを、バーバラとソフィーが優しくもきっちり押さえ込んでいる。

 ……誰か、ガキ以上に溢れまくらせてるベルティーナを押さえ込めよ。なんで誰一人注意しないんだよ。……あぁ、もう、裏に回ると油跳ねるから! 白い服に染みつくから!

 

「シスター。向こうでいい子に待てないと焼いてあげませんよ?」

「…………みぃ」

 

 ベルティーナを叱れるのはジネットだけのようだ。

 そして、ベルティーナ……「みぃ」って鳴けば食い物がもらえると学習したな。

 俺も気を付けよう。不意に鳴かれると餌付けしてしまいそうだ。

 

 と、そんなことよりもっと。

 俺は楽しそうにお好み焼きを焼き始めたジネットを見て、厨房へと向かった。

 

 

 

 

「「「「おーいしー!」」」」

 

 ガキどもとベルティーナが満面の笑みだ。

 

 厨房で仕込みを終えて出てきてみると、すでに全員にお好み焼きが行き渡ったようで、どいつもこいつもが思い思いの場所で食べて話してくつろいでいた。

 

「ヤシロさん、マグダさん、ロレッタさん」

 

 屋台の向こうから手を振ってくるジネット。

 屋台を挟んでジネットと相対する。

 なんか、客になった気分だな。

 

「……店長」

 

 いつもは屋台の作る側に立っているマグダが、ジネットを見つめて口を開く。

 

「……マグダは可愛いから、オマケをするべき」

「『お嬢ちゃん可愛いからオマケしとくよ』は、ウチの店には導入されてねぇだろうが」

「……マグダは、陽だまり亭以外では大抵オマケしてもらえる」

 

 そりゃたいしたもんだ。

 

「店長さん、あたしイカ玉が食べたいです」

「ミックスでなくていいんですか?」

「ミックスは味がブレるです。あたしはイカを極めしイカ玉を食べたいです!」

「じゃあ俺ミックス」

「……じゃあマグダもミックス」

「むぁあ!? そういう仲間はずれな感じはイクナイですよ!? 『じゃあ』とかダメです!」

 

 久しぶりに陽だまり亭の客になって、ジネットの料理を待つ。

 賄い料理とは、少し違う雰囲気を楽しむ。

 こういう新鮮な空気を、ジネットにも味わわせてやりたいものだ。

 

「なぁ、ヤシロ。なんで鮭玉がないんだ?」

 

 ――と、予想通りの言葉をデリアが口にした時、ソフィーの耳が『ぴんっ!』と立った。

 

「……あ」

 

 薄く開いた口から、小さな声が漏れる。

 眼球が揺れ、視線がさまよい、首があちらこちらに向いて、体が左右へ行ったり来たりし始める。

 物凄い狼狽えようだな。

 ロボットダンスでも始まるのかと思うほどギクシャクとした動きを繰り返す。

 

 いつもなら、教会前の一本道を向かってくる足音を聞きつけるとすぐさま門へ向かうソフィーが、今回ばかりはその場に留まっている。

 行かなければという使命感と、この場に足を留まらせる葛藤がはっきり見て取れる。

 

 ついに来たか。

 

 ソフィーが避け続けた相手が。

 話を聞く限り、六年ぶりの再会となるわけか。

 

「俺が行ってきてやろうか?」

「ヤ、ヤシロさん……」

「それじゃあ、ボクも付き合うよ。彼女とは顔見知りだしね」

 

 口の周りにソースを付けて、エステラが俺の隣に並ぶ。

 この人、本当に領主なのかねぇ。

 

「口を拭いて乳を膨らませろ」

「後の方は追々だよ!」

 

 追々……膨らめばいいな。

 

「あの……でも…………」

「ここにいて、心の準備を済ませておくといいよ」

 

 エステラにそう言われて、申し訳なさそうにソフィーが俺を見る。

 

「感動の再会は、あんな寂しげな門の前より、こっちの方がいいだろう」

「あ、そうだね。うん。ヤシロ、いいことを言った」

 

 ぽんっと肩を叩くエステラ。

 

「……あの……では、…………お願いします」

 

 深々と頭を下げるソフィー。

 こいつがそわそわしていたのは、ベルティーナだけが原因ではなかった。

 ついに会うのだ。

 何度も何度も尋ねてきては追い返していた、実の妹と。

 

 

 きっと大喜びするだろうな、リベカのヤツは。

 

「じゃ、行ってくるか」

「そだね」

「あの、でも!」

 

 行きかけた俺たちを、ソフィーが呼び止める。

 まだ決心が付かないのだろうか。

 追い返してほしいとは、さすがに言わないと思うが。

 

「……お二人では、あの鉄の門は開けられないのでは?」

「…………」

「…………うん。そだね」

 

 そういやそうだったなぁ。

 

 というわけで、マグダに付いてきてもらうことにして、俺たちはリベカを迎えに向かった。

 俺たちが門の前に着くのとほぼ同時に、ドアノッカーが鉄門扉を打ちつける。

 

 カンカンと甲高い音が鳴る。

 

 マグダが鉄門扉を軽々と開くと――

 

 

「久しぶりなのじゃ、我が騎士、エステラちゃん!」

 

 

 寝不足の赤い目をしながらも太陽よりも眩しい全開の笑顔を咲かせたリベカが立っていた。

 

 

 

 

 

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