異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

193話 二十四区到着 -3-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:4,097

「まずは宿へ入り、その後で夕飯といたしましょう。席を取って準備をさせておきますので」

 

 二十四区に入ると、俺たちの乗る馬車はアッスントの馬車に付いて一軒の宿へと向かった。

 これがまた、凄まじくデカイ宿でちょっと度肝を抜かれた。

 なにせ、この街に来て四階建てってのを初めて見たからな。

 

「儲かってやがんだな……ちきしょう」

「そのご感想、私もまったく同意ですよ」

「二人して黒いオーラを出さないでくれるかな? こんないい宿に泊まれるんだから、もっと素直に喜びなよ」

 

 お金担当のエステラが嘆息する。

 人の金だと思うと幾分気は楽になるが……あるんだな、四階建て。

 横に広い建物はいくつか見たんだがなぁ。シラハの屋敷とか。

 イメルダの家は、敷地内にいろんな建物があってそれはそれで豪勢な作りなのだが、母屋は二階建てだ。

 

 四階建てか。

 日本のホテルと比較すると見劣りするが、この街の雰囲気と辺りの景観とあわせると、なかなか迫力がある。

 

「しかしまぁ、今回お取りした部屋は二階ですので、それほど気負わずにお寛ぎください」

「なんだよ、二階かよ」

「贅沢言わないでくれるかい? ここに泊まれるだけでも、相当すごいことなんだからね」

「確かに、その通りですね」

 

 なぜか得意げに、アッスントが両腕を広げ鼻の穴を膨らませる。

 

「この『月の揺り籠』は、おいそれと宿泊できる宿ではございません。宿泊客にも相応の品格が求められる、一流の宿なのです」

 

 一流なら、ホテルとかって翻訳してくれねぇかな。

 宿って言われると、どうしても民宿的な素朴さを感じてしまう。

 

「一階は食堂と酒場、二階からが客室で、宿泊できるのは一流の宿泊客のみ。三階は超一流の品格が求められ、四階ともなればVIP以外立ち入り禁止となっているそうですよ」

「VIPねぇ……」

 

 どうせエレベーターなんて気の利いたものはないんだろうから、四階まで階段で上るわけだろ? VIPが、えっちらおっちらとな。

 で、上ってみたはいいが所詮は四階だ。さして見るものも驚きもないだろう…………

 

「全然羨ましくないな」

「不思議ですね。ヤシロさんが言うと、本心からの言葉に聞こえます」

 

 こっちの世界じゃ、一度くらいは泊まってみたいと思うような高層階なんだろうけどな。

 日本で散々プレジデントルームに泊まりまくっていた俺からすればどうということはない。むしろ話にならない。

 そんなわけで……、階段をさほど上らずに済む二階あたりがありがたいぜ。

 

「うん。二階がベストだな」

「意見が変わったね。気を遣ってくれてるのかい?」

 

 まさか。

 俺はただ、たかだか四階程度の高さで、これ見よがしに高級感を出そうとしているこの宿屋の底の浅さを肌で感じてげんなりしているだけだ。

 押しつけがましい高級感とか、うんざりなんだよな。

 見栄えだけ取り繕って、サービス業の基本精神を蔑ろにしている三流ホテルを嫌ってほど見てきた身としては。

 

 そもそも、名前からしてカッコつけてるしな。

『月の揺り籠』ってなぁ……小洒落やがって。

 

「四階に泊まってるヤツらのヒザを見るのが楽しみだな。きっとぷるぷる震えてるぜ」

「えぇ、そうでしょうね。けれど、彼らは見栄の塊。乱れる呼吸を隠して涼しい顔をしていることでしょう」

「ヒザはぷるぷるで、心臓ばっくばくなのにな……ケケケ」

「取り澄まして、『あら、一階というのはこんなに地面が近いのねぇ』とか言うんですよ……滑稽ですね……クックックッ」

「おーい、君たち。これ以上夜の闇を濃くするの、やめてくれるかな?」

「お二人から、ドス黒いオーラが出まくりですね」

 

 いかんいかん。

 拝金主義な貴族どものことを考えると、ついつい嘲笑ってしまう。

 アッスントが伝染うつったかな?

 

 領主とそこの給仕長は、貴族に対して仄暗い感情は抱いていない様子だ。

 お前らだって、そうそうこういうところには来られないくせに。余裕ぶっちゃって。

 

「とにかく部屋へ行こう。荷物を置きたいよ。馬車は、アッスントが預けてきてくれるのかい?」

「えぇ。行商ギルドの支部が二十四区にありますので、そこを貸してもらいます」

 

 さすがは大豆と麹の街だ。行商ギルドが腰を落ち着けてやがる。

 ここが近隣区内で最も金が集まる場所なんだろう。

 いい嗅覚をしているな。

 

「しかし、アッスント。よくもまぁ、ここの連中がお前の頼みをすんなりと聞き入れてくれたもんだな」

 

 最貧区の支部を任されているアッスントは、各上の支部の連中には頭が上がらないのかと思っていたのだが……随分と優位な立場にいるように見受けられる。

 

「んふふ……麹職人との繋がりが出来ましたのでね。彼ら……あ、二十四区の支部の人間のことですが……彼らは私を邪険には出来ないのですよ、もはや」

 

 麹職人は気難しいという話だった。

 もしかしたら、二十四区の行商ギルドは直接的な繋がりを持てずにいたのかもしれない。

 商品の取引はあるだろうから、間接的な繋がりはあるのだろうが……

 

 新製品を考案して、麹職人に好感触を与えたアッスントは、ここの支部の連中にとってもありがたい存在ってわけか。

 多少のわがままくらいなら聞いてくれるほどに。

 

「そんなわけで、本当はこの宿でご一緒したかったのですが、私は支部の方へ泊まることにします」

 

 この宿には俺たち三人だけが宿泊するようだ。

 

「行商ギルドの支部には、特別な取引相手しか泊まれない部屋があるのですが、今回そこに泊めていただけることになりましてね。いやぁ、一度泊まってみたかったのですよ。んふふ、夢が一つ叶いました」

 

 嬉しそうに鼻を鳴らすアッスント。

 本気で嬉しそうだ。

 行商ギルドの間では、割と有名なのかもしれない。二十四区の行商ギルド支部に宿泊することのすごさは。

 

 本人がそうしたいのなら止めはしない。

 エステラの負担が減るのは喜ばしいことだからな。

 

 おまけに、うまやまで無料で貸してもらえるのだ。文句なしだな。

 

「それで、お部屋なのですが……」

 

 言いながら、アッスントが二つのカギを取り出し、俺たちの前へ差し出す。

 

「一人部屋が一つと、二人部屋が一つです…………さて、どちらとお泊まりになりますか?」

 

 意味深な笑みを浮かべて、アッスントが俺を見る。

 隣で、エステラがごくりと喉を鳴らす。

 

 ……えっと、『どちら』って…………

 

 面白がっているアッスントを一睨みする。

 ぺろりと舌を覗かせて、斜め上に視線を逸らすアッスント。一切可愛くないからな、その顔。

 

 と、音もなくナタリアが一歩前へ進み出る。

 

「エステラ様は領主です。どうぞ、ごゆっくりと一人部屋でお寛ぎください」

「なっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあ、君がヤシロと同じ部屋に泊まるというのかい!?」

「はい。その方が、合理的かと」

「何が合理的なのさ!? ダメに決まっているだろう、そんなこと!」

「何か、不都合な点でも?」

「君は寝る時、全裸じゃないか!」

「「何か、問題でも?」」

「さり気なく参加してこないでくれるかな、ヤシロ!? 問題大ありだから!」

 

 ずずいっと進み出て、ナタリアを右腕で牽制する。

 俺から遠ざけるように、ナタリアのへそ付近に手を当てて、ぐいぐいと押している。

 

「これは別に、何か深い意味があるわけではなく、領主の館を守る給仕長が、他所の区で何か問題行動を起こしたりすれば大問題になるから、だから止めているんだからねっ!」

 

 そんなツンデレチックな言葉を、これまたツンデレチックな目で俺を睨みつつ言い放つ。

 惜しいな。あと一言、「勘違いしないでよね!」が入っていればパーフェクトだったのにな。

 

「では、エステラさんがヤシロさんと同じ部屋に泊まると――そういうことでいいんですね?」

「ふぁっ!?」

 

 アッスントの指摘に、エステラがフリーズする。

 顔が真っ赤に染まり、肌寒い夜空に一筋の湯気を立ち上らせる。

 

「ま…………っ、まぁ、しょ……しょうがない、かな……こういう事態だし? 他に……選択肢も…………見当たらないし? 不祥事が起こるよりかは……ね? いい……よね? うん」

 

 言い訳が、いつの間にか自己暗示へと切り替わる。

 真っ赤な顔をして、赤い瞳で俺を見つめる………………

 

「仕方ない…………よね?」

 

 そんな、乙女みたいな上目遣いで言われても…………

 

「俺が一人部屋で、お前とナタリアが一緒に泊まればいいだろうが」

「「――っ!?」」

 

 四十二区きっての頭脳派エステラと、完璧給仕長ナタリアが、揃ってその可能性に気が付いていなかったようだ。

 ……つか、普通男女で分けるだろうが、こういう時は。

 

「ア、アッスントが、最初にヤシロに『どっちと』なんて聞くから!」

 

 己の視野の狭さを、アッスントのせいにして八つ当たりを始めるエステラ。

 やめとけやめとけ。

 そうやってムキになればなるほど、アッスントを喜ばせることになるぞ。

 

「んふふ……こういうハプニングも、旅先のいい思い出になるかと思いまして。演出の一環ですよ」

 

 まったく可愛くもないウィンクを寄越してくすくすと笑うアッスント。

 

「…………アッスント……覚えておくといいよ……っ!」

 

 エステラが小声で負け惜しみを言うが、顔が真っ赤なので効果は半分ってところだ。

 

「……夜の闇に、お気を付けくださいませ」

 

 …………うん。お前が言うとシャレにならないんだわ、ナタリア。

 お前も、ついうっかり騙されてちょっとイラッてしたんだな。

 ……とりあえず、その懐に忍ばせた手さぁ……怖いから出しといてくんないかな? 血の惨劇とか、見たくないからさ。

 

 切れ者二人をまんまと騙して、からかって、アッスントは上機嫌で宿の前から去っていった。

 俺たちの馬車を預け、荷物を置いた後で、もう一度合流して飯を食う手はずになっている。

 

 ……合流、出来ればいいけどな。

 

「夕飯はアッスントの奢りだね」

「そういたしましょう」

 

 珍しく一杯食わされた二人が結託している。

 アッスントは、この後自身の悪ふざけの代償を払わされるのだろう。ま、自業自得だ。

 

 さぁ~て、俺は俺でさっさと一人部屋に向かおうかな。

 一人部屋は気楽でいい。

 

 とりあえず、全裸のナタリアとも、照れて真っ赤なエステラとも同じ部屋にはいたくないからな。……落ち着かねぇっての、ったく。

 

 

 居心地の悪さを振り払うような早足で、俺は自分に割り当てられた部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

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