異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

74話 砂糖工場のタヌキ野郎 -2-

公開日時: 2020年12月10日(木) 20:01
文字数:2,533

「兄ちゃん。お客さん来たの? ……あ」

 

 工場の中から一人の少女が出てくる。

 三角のピンとした耳が頭に生えている、なんとも純朴そうな娘だ。

 着ているものが質素だからだろうか……なんか、都会に出て悪いホストに騙されて人生滅茶苦茶にされる田舎娘みたいに見える。

 そう。細身で、チャラチャラしてて、中途半端に顔の良い……例えば、このパーシーみたいな男に騙されそうなタイプなのだ。

 

「お嬢さん。この男は危険だ。近付かない方がいい」

「あの……それ、ウチの兄ちゃんなんだけど……?」

「なぁんだよぉ。手に泥つけたの、まだ怒ってんのか?」

 

 違う。純朴な娘がろくでもないヒモ男に貢いで人生を棒に振らないように道を正してやろうとしているだけだ。

 

「あの。お二人はご兄妹なんですね?」

「そ。こいつ、結構歳離れてっけどオレの妹。割とマブいっしょ?」

 

 ……マブいって。

 

「はい。とてもマブいと思います」

 

 通じるのぉ!?

 

 マブいって、80年代頃のヤンキーが使ってた「可愛い」って意味の言葉だぞ?

『強制翻訳魔法』、遊び心を忘れない魔法だな。

 

「モリー。お前は家に帰ってこの大根を洗っておいてくれ」

「え、でも……」

「いいから」

 

 パーシーがチラリと俺を見た。

 ……なんだ? 警戒するような視線だった。

 

「お前は可愛いからな。他所の男にあんま見せたくねぇんだ」

「シスコンかよ!?」

「そだぜ? 悪いかい?」

 

 悪くはないが…………

 

「今晩は大根尽くしか?」

「まさか。一本は食って二本は保存しとくよ」

「どうやって?」

「どうって……普通だよ。洗って、暗い涼しい場所に寝かせておくんだよ」

「へぇ、そうするのか」

「なんだよ、あんちゃん? そんなことも知らねぇのか?」

 

 俺はジネットに目配せをする。

 ジネットが一瞬困った表情を見せるが、首を振ることでジネットが言いかけた言葉をのみ込ませた。

 

「さぁ、大根なんかどうでもいいだろう? さっさと工場を見てくれ。これでも、そんな言うほど暇でもねぇんだぜ」

「そうだな。ところで、その細いの一本くんないか?」

 

 俺は、パーシーがずっと咥えている細いサトウキビを指さした。

 

「そりゃあ無理だなぁ。サトウキビは部外者には譲れねぇよ」

「そうか。残念だ」

「ま、諦めてくれや」

 

 泥のついた手で俺の肩をバシバシと叩くパーシー。

 やめろ。服が汚れる。

 

「あぁ、ヤシロさん。服が……」

「あ、悪ぃ!」

 

 悪気なくやっていたのか、パーシーはジネットの言葉に素で驚いた様子だった。

 そして、「ついな、つい」と、頭をかいてへらへらと釈明してくる。

 

「あぁ、パーシーさん! 髪に泥が……!」

「え? あぁっ!? しまった!」

 

 ……こいつ、バカなのか?

 

 ……………………って、思わせる作戦か…………いや、違うな。

 やり慣れてないことをやるからそういうことになるんだ。

 

「兄ちゃん、ほら、頭貸して」

「いや、いいって。自分でやるから」

「兄ちゃん両手が泥だらけだから無理でしょ」

「あ……そっか。悪ぃなぁ」

「兄ちゃん。それは言わない約束でしょ」

 

 貧乏長屋のお約束親子か。

 

「ヤシロさんも。土を落としますね」

 

 ジネットが俺の背後に回り込んで、優しい手つきで土を払ってくれる。

 

「すまないねぇ、ジネットさんや。俺がこんな体なばっかりに……」

「え? な、なんですか? わたし、なんて言えばいいんですか?」

 

 やっぱり、無茶ぶりしても拾ってはくれないか。まぁ、この世界に時代劇があるわけもないしな。

 

「サトウキビが欲しいと言っただけで、高くついたな」

 

 冗談めかして言うと、ジネットがくすくすと笑いを零した。

 

「そうですね。欲を張ってはいけないという、いいお手本ですね」

「まったくだ」

「あんちゃん、そんなにサトウキビに興味があるのか?」

「あぁ」

 

 こちらの会話に参加してきたパーシーに、俺は笑みを向ける。 

 ……少々、挑発的な、笑みを。

 

「ろくに成長もしてないサトウキビが、どんだけ甘いのか……興味があってな」

「…………は?」

 

 パーシーの表情が曇る。

 微かな敵意がこちらを向く。

 

「サトウキビは日光を浴びることで茎の中に糖分を蓄積させていく。つまり、大きく育てば育つほど甘くなるということだ。そんな育つ前の細いサトウキビが一体どれだけ甘いのか、ちょっと興味があったんだが……残念だ」

 

 パーシーの顔に浮かんでいたへらへらした笑みが姿を消した。

 どうやら痛いところを突かれたようだな。

 

 それとも、俺を只者じゃないと認識し直したか?

 

 最初の握手でそうしたように。

 自分の出方をもう一度探り直すか?

 

「兄ちゃん……あの人……」

「モリー。お前は帰ってろ」

「でも……」

「いいから」

「兄ちゃんバカだし、心配だよ」

「サラッと酷ぇな、お前!?」

 

 ふっと、兄妹の何気ない表情を窺わせ……すぐに険しい表情へと戻る。

 

「いいから、帰ってろ」

「……うん。無茶しないでね」

「分かってる」

 

 モリーがパーシーから離れて、土つきの大根を持って立ち去る。

 土を払った手で一度顔を撫で、パーシーが努めて明るい声を出す。

 

「いやぁ、恥ずかしいとこ見せちまったな」

 

 早いな。

 もう言い訳を構築したのか。こいつ……嘘を吐き慣れてやがる。

 それも、『精霊の審判』に引っかからないギリギリのラインの嘘を……

 

「あんたの言う通り、こいつはあんまり甘くはねぇよ。けど、オレには懐かしい味でな。これを咥えんのは癖なんだ。それに、全然甘くないってわけでもないんだぜ?」

 

 口に咥えた細い茎を指でペシペシと弾きながら、パーシーは俺に言う。

 言いくるめるなら俺だと、判断したのだろう。

 

「ガキの頃から貧乏でな。あん時のオレにとっちゃ、これでも感動もんの甘さだったんだ。あんたらも分かるだろう? 金がないヤツのひもじさがよ」

 

 四十二区の住民であることは事前に伝えてある。

 それ故の「あんたらも分かるだろう」だ。

 

「だからまぁ、嘘じゃねぇんだ。分かってくれよ。悪気はなかったんだって」

「あの、ヤシロさん……」

 

 謝るパーシーに、不安げに俺を見つめるジネット。

 分かってる。事を荒立てるつもりはねぇよ。

 

「いや、本当に気になっただけなんだ。四十区では成長前から十分な甘さがある、特殊なサトウキビがあるのかと思ってな。けど、そううまくはいかないみたいだな」

「ははっ! そんな夢みたいなサトウキビはねぇよ」

「そっか。残念だ」

 

 軽く笑みを交わし、場の空気が一瞬だけ柔らかくなる。

 

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