異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

139話 第四試合 悪魔の咀嚼音 -1-

公開日時: 2021年2月16日(火) 20:01
文字数:3,328

 大会二日目の朝。

 俺は、日が昇る前に陽だまり亭を出た。

 第四戦で使う『メニュー』を大量に積み込んだ荷車と共に。

 

「悪いな、ミリィ。デリアは留守だし、マグダは寝てるし、頼れるヤツがいなかったんだ」

「ぅん。へいきだょ。みりぃ、早起きとくいだから」

 

 荷物が山と積まれた重たい荷車を、ミリィは涼しい顔で引っ張っていく。

 こんな小さな子に荷物持ちさせてるとか……ホント情けないんだが……

 

「ウーマロやハムっ子たちに頼んでもよかったんだが……あいつら微妙に力弱いんだよな……」

「ぅん……それぞれの種族で特化してる部分は違うからね、しょうがないょ」

 

 ロレッタやウーマロ、パーシーは、実はそんなに力が強くないのだ。ネフェリーやパウラも、さほどではない。

 獣人族がみんな力持ちってわけではないんだな。

 身近にいるヤツがすげぇから、すっかり勘違いしていたぜ。

 

「ミリィさん。疲れたらすぐに言ってくださいね。紅茶を持ってきたので、好きな時に休憩しましょう」

「ぅん。ぁりがとう、じねっとさん。でも、まだ平気」

 

 にこにこと、疲れた様子など一切見せずに、ミリィは荷車を曳いている。

 

 ジネットとミリィ以外の面々は、日が昇ってからエステラたちと一緒に来ることになっている。

 俺がこんなに朝早くに出発したのは、作戦の一環なのだ。

 料理が登場した時のインパクトが、勝敗を左右すると言っても過言ではないからな。

 

「ぅふふ~、ふふ~ん♪」

 

 荷車を曳くミリィが鼻歌を歌う。

 やけに上機嫌だ。

 

「ぁのね、みりぃね……今、すごく嬉しいの」

 

 にこにこと、屈託のない笑みをこちらに向け、頭につけた大きなテントウムシの髪飾りを揺らしながらミリィは言う。

 

「てんとうむしさんに頼られて、みんなのお役に立てて、みりぃ、とっても嬉しい」

 

 これは、四十二区が一丸となって戦う大会だ。

 自分も何かをしたい。そう思うヤツはきっとたくさんいて、そういうヤツらは協力を惜しんだりしないのだろう。

 だから、こうして朝早くから荷物持ちなんて面倒くさい仕事を頼まれても、ミリィはにこにこと嬉しそうに笑っているのだ。

 

「ミリィ」

「ぅん?」

「ありがとな。すげぇ助かる」

「ぇへへ……」

 

 グッと力を込めて、ミリィは荷車を曳く。少し早足になったのは照れくさかったからかもしれない。

 そんなミリィの後ろ姿を見て、ジネットがくすりと笑みを零す。

 目が合うと、ジネットは俺にも満面の笑みをくれた。

 

 うん。

 勝たなきゃな。

 ここで負けるわけにはいかねぇよな。

 

 四十二区のみんなが、必死んなって頑張ってんだからよ。

 

 

 たとえ、俺がどうなろうが…………何がなんでも、勝ってやる!

 

 

 

 

「あの、ヤシロさん。あの方は……」

 

 四十一区の中央広場に差しかかった時、ジネットが俺の服を引っ張ってきた。

 中央広場に佇む巨大ブナシメジ像……もとい、精霊神像の前に蹲る人影があり、ジネットはそいつを指して言う。

 

「四回戦の対戦相手の方ではないですか?」

 

 ジネットの言う通り、その人影はピラニア顔の大男、暴食魚グスターブだった。

 たしか、以前も熱心に祈りを捧げてたっけな。

 

「信心深いヤツだな」

「今日の勝利を祈っておられるのでしょうか?」

「なに? なら、邪魔しなけりゃな」

 

 精霊神を味方につけるとか、そんなもんズルいからな。

 

「よぅ、グスターブ」

「おや? あなたはたしか、四十二区の……」

 

 今日も声が高い。

 こんな早朝でも高いままなんだな。

 

 ……負けるかっ。

 

「(裏声)ははっ! 今日は、よろしくね!」

「……どうして、そんな甲高い声でしゃべるのですか? 私の声はそんな感じに聞こえているのでしょうか?」

 

 ピラニアの顔が若干引き攣る。

 こんなに友好的に話しかけているというのに。

 

「そんな必死にお願いしないといけないほど、勝つ自信がないのか?」

「いえいえ。これは私の日課ですので。勝負のことは心配していませんよ。どうせ、私の圧勝ですので」

「へぇ……」

 

 小癪なことを抜かしやがる。

 いいだろう。お前みたいな信仰心の塊みたいなヤツには効果覿面な攻撃をしてやろう。

 

「おい、精霊神。グスターブはお前の力なんか必要としてないってよ。お前、いらないってさ」

「そ、そんなことは言ってませんよ!?」

「だから、俺に力貸してくれよ。グスターブに勝てるように」

「ズ、ズルいですよ!? 私が先にお祈りをしていたというのに!」

「祈りに先も後もないだろう? そもそもお前、『勝てますよ~に』とは祈ってないんだろ? じゃあ、俺の方が先じゃねぇか」

「祈っていましたとも! そもそも、私は毎朝『今日一日が素晴らしい日でありますように』と祈っているのです! 勝利すれば、それは素晴らしい日だということではないですか!」

「え~……でもさ、仮に負けても、マーシャに褒めてもらえればいい日になるんじゃねぇの?」

「マッ……マーシャさんに……」

「『負けちゃったけど、よく頑張ったね』って」

「そ……それは…………」

「ほい、じゃあお前は勝たなくていいな。そういうわけだ精霊神。俺に勝たせてくれな」

「ちょっと待ってください! やはり勝って、その上で私のことを認めてもらえることこそが私の本懐なのです! 精霊神様! どうか、私にこそ真の勝利を……!」

 

 俺を無視して巨大ブナシメジに膝をつくグスターブ。

 その背後から鼻につく声と言い方で煽ってやる。

 

「うっわ……、こいつ女にモテるために精霊神を利用してやがる……サイテー」

「ちょっ!? なんてことを言うんですか!? ち、違いますよ、精霊神様! 私は微塵もそのような不純なことは……!」

「考えてないのか? 本当に? 『微塵も』?」

「いや…………多少は…………そういうことも…………」

「はーい、スケベ! 邪! 女の敵! 精霊神を使って女をモノにしようとした最低半魚人!」

「私はピラニア人族です!」

「スケベの?」

「スケベではありません!」

「『微塵も?』」

「適度スケベです!」

 

 グスターブは混乱している。

 こいつ、面白ぇ。

 

「精霊神よぉ。こいつに味方するのはやめた方がいいぜ。お前まで『ムッツリーズ』メンバーだと思われるぞ」

「誰がムッツリーズですか!?」

 

 ダンダンと、地面を踏みしめ怒りをあらわにするグスターブ。

 ピラニアの目が鋭く尖り、俺を睨む。

 

「もしこれで負けたら、あなたのせいですからね!」

 

 まぁ、対戦相手なんだし、お前が負けたら俺のせいだろうな。

 ってことは、こいつはまだ知らないので、今は黙っておく。

 

 ギリギリと歯ぎしりをして、グスターブが背中を向ける。

 

「この屈辱は、試合で返します。次の試合に勝って、四十二区には敗北を味わわせて差し上げますよ! お覚悟を」

 

 言い捨てて、グスターブが歩き去る。

 遠ざかる背中を見つめ、ジネットがあわあわと慌て始める。

 

「ど、どうしましょう、ヤシロさん!? なんだか闘争本能に火が点いてしまったようですよ」

 

 ふむ。燃える闘魂を持ったヤツは厄介か……なら。

 

「精霊神様。グスターブが『さっきの無しで』って百回唱えるまで、マーシャとすれ違い続けますように」

「ちょっとぉー! なにお願いしてくれちゃってるんですか!?」

 

 物凄い勢いで駆け戻ってきたグスターブ。

 必死の形相だ。

 

「はい。すれ違いタイム、スタート」

「も、もうっ! さっきの無しでさっきの無しでさっきの無しでさっきの無しで……!」

 

 俺を一睨みした後、ブナシメジ像の前に跪き、グスターブは物凄い早口で『さっきの無しで』を唱え始める。信仰心が高過ぎると、こういう些細なことも気になっちゃったりするんだよな。

 俺に言わせりゃ、宗教なんてだいたいが思い込みみたいなもんだからな。

 

「さ、今のうちに、俺たちは悠々と会場に向かおうぜ」

「あの……よろしいのでしょうか?」

「信じる者は救われる。精霊神がそんなくだらないいたずらに加担なんかしないと信じていれば、あんなムキになって解除の呪文を唱えることもないんだ。信心が足りないんだよ」

「そういう……もの、でしょうか?」

 

 俺には神様なんてもんは見えない。

 見えないのであれば、想像で語るしかない。

 だとすれば、そんなもんは言ったもん勝ちなのだ。

 

 グスターブよ。精々無駄な体力を使い、精神を疲弊させておいてくれ。

 また会おう……会場でな。

 

 誇らしく胸を張って、俺は会場への道を進んだ。

 大食い大会でなく、口論大会なら、きっと誰にも負けないのになぁ、なんてことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

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