異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

314話 引き込む手筈は整った -2-

公開日時: 2021年11月21日(日) 20:01
文字数:3,932

「なるほど。確かに面白い」

 

 タートリオがパステルカラーの巨大綿菓子をもきゅもきゅ食べながら満足そうに言う。

 それにつけても絵面の酷さよ。

 

「食感はもとより、見た目の華やかさ、そしてかつてなら考えられなかった『砂糖』を贅沢に使用するという豪胆さ。おそらく、その背景には『貧民砂糖』の地位向上という隠された狙いもあるのじゃろうが――子供らにとっては、これまで食べることは敵わなかった貴族の味に近しいものを楽しめるという特別感も相まってこの綿菓子の価値は天井知らずになるじゃろうのぅ。いやはや、そこまで見越してこのようなお菓子を生み出すとは……まったくとんでもない策士じゃぞい、冷凍ヤシロは」

「冷凍ヤシロ?」

「このクソ長い話を聞いて、疑問に思ったところはそこなのかよ、ゲラーシー……」

 

 こっちを見るな。

 俺に付けられた様々なけったいなあだ名は、みんな付けたヤツの責任だ。俺に説明を求めないでもらおうか。

 

 それはともかく。

 

「そこまでいろいろ考えたお菓子じゃねぇよ」

 

 綿菓子は、見た目に楽しげで食感も面白いことからこの街に受け入れられると踏んで導入したものだ。

 売れそうなものを日本から勝手に技術輸入しているだけだよ、俺は。

 

「綿菓子は、二十四区教会にいる子供たちのために、ヤシロさんが考えてくださった優しいお菓子なんですよ」

 

 と、綿菓子に合うのかどうか分からないが、タートリオにコーヒーを出すジネット。

 いつからジネットの中では、そんなありもしない思い込みが既成事実化してしまっていたのだろうか。

 

「二十四区教会と言えば、体の不自由な――」

「いえ。個性あふれる子供たちです」

 

 二十四区領主のドニスが言っていたもんな。

 あの教会にいるガキどもはハンデを背負っているわけじゃない。他とは少し違う、個性的な連中なんだって。

 

「個性……ふむ。そうか。なるほど、さすが『獣人族』という言葉を生み出した街の者じゃ。そのような発想は、四十二区の風土が育むのかのぅ」

「ヤシロさんが、みんなの先頭に立って思いやりを発揮されているんです」

「ちょっと待てジネット! それはさすがに事実誤認が過ぎるぞ」

 

 みんな仲良く平等に~なんてのは、お前やベルティーナが望んでそうなるように活動しているようなもので、俺はそんなもん考えたこともない。

 そもそも、二十四区教会のガキどもを「個性的」と表現したのはドニスだしな。俺とは似ても似つかない一本毛の発言だ。

 

「売れそうで、なおかつこの機械を作れそうなヤツがいたから作ってみたまでだ」

 

 そこに、差別をなくそうなんて御大層な信念や信条なんかなかった。

 それをジネットが極端に良く捉え過ぎているだけだ。

 なんでもかんでも美談にしようとするのはジネットの悪い癖だ。

 そのうち、俺がトイレを流し忘れたのさえ、「何か思惑があるはず」なんて深読みされかねない。……やめろよマジで。

 

「タートリオ。ジネットの言うことは話半分で聞いといてくれ。こいつは見るものすべてがきらめいて見えるタイプの人間なんだ」

「なるほどのぅ。……どうやら、冷凍ヤシロはシャイなボーイのようじゃということが分かったぞい」

 

 おいコラ。

 あっさりとジネット側に付いてんじゃねぇよ。

 巨乳派か!? ……じゃあしょうがないか。巨乳には抗えない。

 

「乳のデカさで証言の信憑性を図るんじゃねぇよ」

「ほっほっほっ! デカパイちゃんは嘘など吐かんしのぅ」

 

 んなわけねーだろ。

 だが、そう信じたい。その気持ちはよく分かる!

 

「……ふっ。論破されてしまったか」

「されてないけど、しょーもないから指摘する気にもなれないよ」

 

 と、指摘してくるエステラ。

 なんだよ、構ってほしいのかよ? この寂しがり屋め。

 

「楽しんでいただけているようで何よりです、ミスター・コーリン」

「ふむ。楽しんでいると言えば楽しんでおるぞい。ただのぅ……」

 

 ふと、その表情が曇る。

 

「食ばかりが発展しても、それは豊かとは言えんのじゃぞい」

「マグダ。このジジイをトイレに放り込んできてくれ」

「……かしこまり」

 

 ここに来るまで地面の綺麗さと悪臭のなさに驚いていたくせに、な~にが「食ばかり」だ。

 じゃあ、『食』以外を存分に堪能させてやろうじゃねぇか。

 

「なんじゃこれはー!?」

 

 トイレの中でジジイが鳴く。

 エステラとロレッタが顔を見合わせてにやりと笑う。

 

 その直後、タートリオが這うようにして外へと飛び出してくる。

 

「な、な、な、なんじゃぞい、あれは!? あれが誠に厠じゃと言うつもりかぞい!?」

「言うつもりじゃぞい」

「本気かぞい!?」

「ぞいですよ、ター爺!」

「ぞいさね、ター爺」

 

 ロレッタとノーマが俺に続き、タートリオは肩をがくりと落とす。

 

「巨乳のノーマちゃんが言うなら、本当なんじゃぞい……」

「ちょっと待ってです!? あたしからの情報、一切信用されてなかったですか!?」

「可愛い子は、ほれ、嘘をうまく使うもんじゃぞい」

「あたしそんな小悪魔じゃないですよ!? まっすぐ素直なロレッタちゃんですよ!?」

「……ロレッタ。エステラの前でも同じことが言える?」

「え……っと。素直なロレッタちゃんです!」

「よぉ~し、マグダとロレッタ。ちょっと表で話をしようじゃないか」

 

 なんだよ、エステラ。怒ってやるなよ。

 プロの前だと委縮しちまうもんだろう?

 お前の前で『自分はまっすぐだ』なんて言えるヤツ、この街にはいないぜ?

 

「厠なのにまったくにおわない……おまけにレバー一つで水が流れていったぞい……どーなっとるんじゃぞい、あれは」

 

 初めての水洗トイレに、感動よりも驚愕してもっこもこの髪を抱えるタートリオ。

 だが、タートリオが本当に理解できずに悩んでいたのは、その仕組みではなく――

 

「なぜ、あんなすごいものを宣伝しないんぞい?」

 

『リボーン』には、美容関連や衣服、オシャレなスイーツに美味しい料理の情報がわんさか載っていた。

 だが、トイレや下水、それから水のろ過装置のような暮らしを助けるものに関する記事は一切載っていない。

 その理由は。

 

「四十二区じゃ当たり前だからな」

「そんな理由で出し惜しむんじゃないぞい!」

 

 光るレンガとか、もう普っ通~にそこら中にあるから、あれが画期的な発明品だったってことを若干忘れかけていたくらいだ。

 

「四十二区では、次々に新しくて面白い物が誕生し続けているですから、ちょっと前の大発明はあっという間に風化しちゃうです」

「風化っていうか、それが常識になっちまうんさね。……くふふ、贅沢になったもんさねぇ、『最貧区』もさ」

「けれど、みなさんは決して感謝の心をなくしてはいませんよ。置き薬も、『安心をありがとう』とおっしゃっていた方がいましたし。レジーナさんにお伝えしたら、喜んでおられましたよ」

 

 へぇ、そんなことがあったのか。

 

「なんということじゃぞい……」

 

 タートリオが愕然とした表情を見せる。

 

「四十二区のカワイ子ちゃんと可愛い巨乳ちゃんがそう言うのなら、きっとそうなんじゃろうのぅ」

「なんでいちいちあたしのこと巨乳カテゴリーから外すです!? もう一緒くたでもいいじゃないですかねぇ!? 労力割いてまで除外されるの、若干気になるですよ!?」

 

 ロレッタが不満を漏らすが、そこは仕方ないだろう。

 線引きは明確にしておかないといけないしな。

 

「『リボーン』にはまだ載せていませんが、秘匿しているわけではないんですよ」

 

 四十区や四十一区では下水の工事は完了しているし、水洗トイレも徐々に広がっている。と、エステラはタートリオに説明する。

 

「領主間でやり取りをして、商談がまとまれば技術を広げていっている最中なんです。ただ、どうしても手が足りなくなってしまうので、今はまだおおっぴらに宣伝できないんですよ」

 

 困った笑顔で同情を誘うように言うエステラ。

「王族に『今すぐやれ』なんて無茶を言われたら、港の工事が止まってしまいますからね」なんて、冗談めかして言う。

 

 実際、そんなことになったら港の工事を止めて、中央区の工事に行かなきゃいけなくなるんだろうが……うん、今は黙っておくべきだろう。

 

「確かに、これが知れ渡れば権力に物を言わせる貴族が増えるじゃろうの……」

 

 一定の理解は示しつつも、自分の知らないことが多過ぎていささか悔しそうなタートリオ。

 時代の最先端は情報紙が作り出していたという自負もあったのだろうが、四十二区に来てからは驚きの連続で、自分たちが「価値のないもの」としてスルーしていたものが素晴らしいものだったという事実を知り臍を噛む思いなのだろう。

 

「あの、そういうものでしたら、アレもご紹介しますか?」

 

 ジネットが頭を抱えるタートリオを気にしながら俺に確認を取る。

 ジネットの言うアレとは、風呂のことだ。

 そうだな、アレも領主の食いつきがよかったしなぁ……

 

 と思ったら、カンパニュラが静かに手を上げた。

 

「あの、ヤーくん。少しよいでしょうか?」

「どうした?」

「差し出口かもしれませんが、アレをご紹介するならまずは大きい方をお見せしてはいかがでしょうか?」

 

 と、西側を指す。大衆浴場のある方角だな。

 

「タートリオ様は貴族ですので、おそらくアレ自体にはさほど驚かれないのではないかと」

 

 確かに、イメルダも最初、一人用の鉄砲風呂を見ても驚いていなかった。

 最初のインパクトとしては不発だったわけだ。

 

「ですが、あの施設は誰が見ても驚くと思います。その上で、ここにしかない設備や仕組みをお話しすれば、アチラの物の縮小版が家でも楽しめると――二段階の驚きが得られるのではないかと思うのです」

「カンパニュラ」

「はい」

「「採用!」」

 

 俺の声に合わせて、エステラもカンパニュラの案にGOサインを出す。

 カンパニュラは、なかなかのエンターテイナーだな。

 

 

 というわけで、俺たちはタートリオとルピナスを連れて大衆浴場へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

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