異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚33 よく頑張ったから -3-

公開日時: 2021年3月7日(日) 20:01
文字数:4,588

「しゃあねぇ。俺がここでちゃんちゃん焼きを作ってやるよ」

「賛成だっ、ヤシロ! 食いたい! あたい、ちゃんちゃん焼き食いたいぞっ!」

 

 物凄い勢いでクマが釣れた。

 陽だまり亭がリフォームしていた頃、川漁ギルドと懇意になる目的で河原でバーベキューまがいのことをしたのだが、そこで作ったことがあるのだ。

 デリアはそれが甚くお気に召したようで、ことあるごとに「またやろう!」と言っていた。

 普段なら、準備と後片付けが面倒くさいのだが……

 お好み焼き用の鉄板も出ているし、いいタイミングだろう。

 

「ですが、ヤシロさんも三十五区から戻ったばかりでお疲れでしょうし……」

「大丈夫だ! ヤシロは無敵だから! な!?」

「いや、無敵ではないけど」

 

 どうしてもちゃんちゃん焼きが食いたいデリアは俺の隣に陣取り、どんな反対意見もひねり潰す構えだ。

 

「……なら、マグダが作る」

「マグダは店長の膝に乗ってろ! 錘が無くなると、店長はふわふわどっかに飛んでっちまうぞ!」

「……それは困る。ここは退けない」

「そんなに軽くないですよ、わたし!?」

 

 鮭が食いたくて、デリアが必死になっている。

 俺を休ませようとする陽だまり亭の三人に目配せをする。

 大丈夫だ。それくらいわけはないから。

 

「デリア、ノーマ。悪いが手伝ってくれないか?」

「おう! 任せとけ!」

「魚を捌くくらいしか出来ないさよ?」

「それが出来れば十分だ」

「あ、あの、ヤシロさん! オイラは!? オイラは何かしなくていいんッスか?」

「ん? なに言ってんだ。ダメに決まってんだろ。言われなくてもきびきび働けよ」

「あぁ……オイラには『悪いけど』って感情が湧かないからさっき名前が出てこなかったんッスね……ヤシロさんらしいッス……」

 

 食材の下ごしらえは俺たちでやって、ウーマロには鉄板の番をしてもらおう。

 デリアとノーマを伴って再び厨房へ向かう。

 

 鮭を捌いて切り身にし、キャベツや玉ねぎ、ピーマンに人参をそれぞれ刻み、もやしの豆としめじの石突を取っておく。

 味噌に酒と醤油と砂糖を混ぜて味噌ダレを作る。軽くゴマとか振ってみる。

 

「よし、あとは焼くだけだ」

 

 ノーマが手馴れていたおかげで思ったよりスムーズに準備が出来た。

 俺が野菜を切り、ノーマが鮭を捌いている間、デリアはこの鮭がいかに元気よく川を泳ぎ活きがよかったかを切々と語っていた。……手伝えよ。

 

「鉄板、温まってるッスよ」

「おう、ご苦労。蓋あるか?」

「あるッス」

 

 保温だの、ホコリ避けだの、いろいろ活用できるだろうと、鉄板を作る時に同じサイズの蓋も発注しておいて正解だったな。ちゃんちゃん焼きは蒸し焼きにするのだ。

 

「ご飯を作ってもらうのって、なんだかわくわくしますね」

 

 マグダを膝の上に乗せて、ジネットがにこにこと俺たちを眺めている。

 いつもは作る方だからな。

 今日は腹いっぱい食ってもらおう。作ってるうちに腹いっぱい、ってことも、今日はないだろう。

 

「ウーマロ。鉄板に油」

「はいッス!」

「そしたらデリア。鮭を、皮を上にして鉄板の真ん中に並べてくれ」

「ほいよっ!」

「油が跳ねるから気を付けろよ」

「大丈夫だ! 避ける!」

 

 いや、無理だろう。

 

 バチバチと豪快な音と共に、鮭の身が焼かれていく。

 いい音だ。聞いてるだけで美味いと分かる。

 

「ノーマ。鮭をひっくり返したら、周りに野菜を敷き詰めてくれ」

「アタシの仕事が一番難易度高いさね」

「しょうがないだろう。こん中で一番料理が出来るんだから」

 

 ジネットを除けば、ノーマが一番の料理上手だ。

 伊達に長く花嫁修業をやり続けてはいない。

 ノーマは几帳面な性格だから。料理での失敗が少ない。おまけに手際がいいのだから頼りになる。

 

「まぁ…………なら、しょうがないさね」

 

 心持ち嬉しそうに、鼻歌なんかを交えて鮭をひっくり返していくノーマ。

 野菜も、バランスよく鮭の周りに並べていく。

 

「なんかさぁ。こういう何気ないところに料理のうまさって出るよなぁ」

「なんだい、デリアまで。褒めたってなんも出ないさよ」

「なんで嫁のもらい手がないんだ?」

「うるさいよっ!? ないわけじゃないさね、別に! 今ちょっといないだけでっ!」

 

 けど、予定は未定なんだろ?

 折角綺麗に並べられていた野菜が、それ以降豪快に投げ込まれていった。

 ダイナミックなのもいいけどな、こういう料理は。

 

「ここで、この味噌ダレを回し入れる……っ」

 

 水分が跳ねる音がして、フロア中に味噌の焦げる香りが立ち込める。

 

「うはぁぁっ! 堪んねぇなぁ!」

「味噌と酒は、香りがいいさね」

「あぁ、オイラ……お腹空いてきたッス」

 

 作り手チームがもろに湯気を被り悶絶している。

 もう少し香りを楽しみたいところではあるが、ここで鉄板に蓋をしてしばらくの間蒸し焼きにする。

 

「美味しそうですね。楽しみです」

「……食べさせてあげる」

「なら、あたしは食べさせてもらうです!」

「あの……自分で食べましょうね、みなさん」

 

 陽だまり亭チームもテンションが上がり始めたようだ。

 しまった……米を炊いておけばよかった。

 なくてもいいのだが、あった方がより一層よかった。……悔やまれるな。

 

「もう仕事は終わりかぃ? なら、アタシは酒をいただきたいねぇ。バイト代から天引き頼むさね」

「じゃああたいは鮭をっ!」

 

 いや、鮭をおかずに鮭食うのかよ……

 

「どうする?」

 

 ほんの少しだけ早いが、もう店を閉めてもいい時間だ。

 ここは責任者の意見を仰がねばいけないだろう。

 

「そうですね……」

 

 と、「もう閉めちゃいましょうか」と顔に書きつつ、ジネットがアゴを押さえる。一応は考えているようだ。

 だが。

 

「ジネット。お前じゃない」

「へ?」

「今日の責任者は、そこの店長代理だ」

 

 膝の上で丸くなっているマグダ。

 昨日と今日はマグダがこの店の最高責任者だと言ってある。

 本日に限り、ジネットの意見よりもマグダの意見が優先されるのだ。

 

「あ。そうでしたね。うっかりです」

 

 嬉しそうに舌を出し、そしてマグダの顔を覗き込みつつジネットが改めて尋ねる。

 

「どうしますか、店長代理さん?」

「……ふむ…………」

 

 尊大に腕を組み、アゴを指で押さえ鷹揚に考え込んでみせる。

 ……もう答え出てるくせに。

 

「……みなの気持ち、相分かった。普段よりも三十六分十七秒早いが……本日はこれをもって閉店とするっ」

 

 また時計も見ずに適当なことを……と砂時計を見ると、だいたいそれくらいの時間だった。

 ……マグダの体内時計、ものすげぇ正確なのか?

 

 どこぞの武将のように言って、ウーマロに表の『OPEN』を『CLOSED』にひっくり返してくるよう指示を出す。

 マグダからの指示に、喜び勇んで表に出るウーマロ。

 

「よし! 今のうちに食っちまおうぜ!」

「ちょっと待ってッス! すぐ戻るッスから!? っていうか、もう終わったッス!」

 

 大慌てで引き返してくる。

 こいつは本当にいじり甲斐のある、いいリアクションをする。

 

「……ヤシロさんの場合、冗談じゃなくやりそうなんで怖いッス」

 

 さすがにこの量をそんな一瞬では食えねぇよ。

 

 蓋を開けると、少し焦げた味噌の香りが広がる。

 そこへバターを落として溶かす。

 

「わぁ、香りに深みが出ますね」

「……早く食べたい」

「あたし、取り皿持ってくるです!」

 

 ロレッタが戻るまでの間で、鮭の身を解し、野菜とまんべんなく混ぜ合わせる。

 かき混ぜる度に味噌の香りが立ち上り、その度に胃袋がきゅいきゅいと鳴く。

 

「じゃあ、食うかっ!」

「「「「「ぅおおおおおおっ!」」」」」

 

 デリア、ノーマ、ウーマロ。それにマグダとロレッタが雄叫びを上げる。

 

「いただきます」

 

 ジネットは行儀よく手を合わせ、精霊神に祈りを捧げる。

 俺も一応手を合わせておく。祈りとかはしないけどな。

 

 各々が好き勝手に取り分けて適当なテーブルでむさぼり始める。

 うん。味噌ダレがいい味を出している。

 

「おかわりー!」

 

 デリアが早速一皿平らげ、鉄板へと駆けていく。

 好きなだけ食えよ。いっぱいあるから。

 

 マグダとロレッタも、鉄板のそばまで行っておかわりをよそっている。

 腹減ってたんだな。すげぇ勢いでなくなっていく。

 

 マグダが膝の上から退き、一息ついたジネット。

 慣れないことで少し緊張でもしていたようだ。

 

「ここ、いいか?」

「はい。どうぞ」

 

 許可を得て、ジネットの向かいに腰を下ろす。

 鮭と野菜を同時に口へと運び、「ん~」と、頬を押さえて身悶えるジネット。

 そんなに美味いか?

 すげぇにやにやしてるぞ。

 

「みんなで一緒に夕飯なんて、久しぶりですね」

「そうだな」

 

 どうやら、そっちの理由でにやにやしていたようだ。

 店がある時も、こうやって全員で飯を食える時間を作った方がいいかもな。毎日は無理でも、月一くらいでさ。

 

「ヤシロ! あたい、今日泊まっていっていいか!?」

「は?」

「鮭食べたら、もう動きたくなくなった!」

 

 どんな感情だよ、それ?

 

「アタシもぉ……今日は断固泊まっていくんさねぇ……」

「おい、ノーマ。酔ってないか?」

「れんれん酔ってないさねっ!」

 

 あぁ、ダメだ。ろれつが回っていない。

 ノーマがこんなに早く酔うなんて……相当疲れてたんだろうな。

 

「分かったよ。泊まっていけよ」

「あたしも泊まりたいですっ!」

「なんでだよ!? 部屋数考えろよ!」

「や~です! もう歩きたくないです!」

「まぁまぁ、ヤシロさん。いいじゃないですか。わたしの部屋と空き部屋に分かれて泊まってもらえば……」

「……ストップ・ザ・店長」

 

 マグダがジネットの唇をぷにゅんと摘まむ。

 わぁ、やわらかそ~ぅ。つまみた~い。

 

「……マグダは今日店長と一緒に寝るから、マグダの部屋を使うといい」

「へ? でも、いいんですか? 自分の部屋の方が落ち着くんじゃ……」

「…………一緒に、寝る」

 

 むぎゅぅううと、ジネットにしがみつくマグダ。

 大きな胸に顔を埋める。

 わぁ、やわらかそ~ぅ。うずまりた~い。

 

「はい。では、ご一緒しましょう」

「…………むふっ」

 

 俺もジネットの胸に顔を埋めて「むふっ!」ってしたいなぁ……

 

「マグダ。ロレッタも一緒でいいか?」

「……ロレッタも?」

「デリアとノーマを同じベッドで寝かせるのは可哀想だろ?」

「……ふむ」

 

 ちらりとデリアを見て、そしてノーマを見て、マグダはこくりと頷く。

 

「……乳がデカいと寝るのも窮屈」

「そこまで邪魔にはならないさよっ!?」

 

 そんなむっぎゅむぎゅのベッドがあったら一緒に寝たいわ。

 むろん、真ん中で。

 

「……よろしい。許可する」

「やったですっ! みんなで一緒ですっ!」

 

 ロレッタもこの二日頑張ったからな。

 お前も盛大に甘えておくといい。

 

 そして、ジネットもそういうの、好きだろ?

 

「よしっ。じゃあ、ウーマロ」

「はいッス」

「気を付けて帰れ」

「……まぁ、オイラもヤシロさんと同じベッドで寝るのは御免ッスけど…………わざわざそう言われるとちょっと傷付くッスね」

 

 お前が頑張ってくれていたのは知っている。

 だが、だからといって一緒のベッドなど言語道断だ。帰れ。

 

 残ったちゃんちゃん焼きを綺麗に完食して、その日は終了した。

 なんだか、長い一日だった気がする。

 ウクリネスの触角カチューシャから始まって、三十五区での愛の劇場、そしてちゃんちゃん焼き。もうお腹いっぱいだ。

 

 明日は明日で、やることがあるし。今日は早く寝てしまおう。

 

 

 ちなみに、ちゃんちゃん焼きをしたにもかかわらずベルティーナが顔を出さなかったのは、今の陽だまり亭にはお好み焼きしかないと思っていたかららしい。

 ベルティーナでもソースの香りを丸二日嗅ぎ続けると飽きるんだなぁ……新発見だ。

 

 

 

 

 

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