「るんるるん! 今日もマグダたんと一緒にランチタイムッスー! こ~んにちは~ッス!」
「よく来たね! 陽だまり亭へようこそだよ!」
「間違えましたッスー!」
「間違ってねぇぞ、ウーマロ! 戻ってこい!」
店内にいても聞こえるくらいの大声で陽気な歌を歌いつつやって来たウーマロが、メドラを見た途端Uターンしやがった。
まぁ、そうなるよな。本能的にな!
「な、ななな、なん、なん、なんなんッスか!? また新手の嫌がらせッスか!?」
「素直な感想をありがとう。だが、あれはな、マグダのギルドのギルド長だ」
「えっ!? マグダたんの関係者!?」
ウーマロは俺の体に身を隠しつつ陽だまり亭内を徘徊するメドラを見つめる。
「だ、だったら……許容でき………………ないッス……っ!」
マグダならなんでもありのウーマロが、まさかの拒絶!?
「メドラさん。お客さんをお迎えする時は『いらっしゃいませ』ですよ」
「そうなのかい? 分かった。次から気を付けるよ」
「はい。でも、笑顔はとても素敵ですよ」
「そうかい! んじゃあ頑張るよ!」
あの笑顔が素敵だと!?
どうしたジネット!? 網膜が焼き切れたか!?
「なんでもいいから、早く仕事しておくれな。アタシまで担ぎ出されていい迷惑さね」
「おい、店長、厨房戻ってくれ! こっちが回んなくなっちまうぞ!」
フリフリのエプロンをつけたノーマとデリアが忙しなく動き回る。
「なんで、こんなことになってるッスか? あの二人まで……」
「いや、メドラがどうしても陽だまり亭で働くって言うから……キャラの濃いヤツを投入してなんとか誤魔化せないかと思ってな……」
「余計カオスッスよ、ヤシロさん……」
獣人族を集めれば、なんとなくメドラまで可愛く見えたりしないかと思ったんだが……こいつらを集めるとなんか迫力が物凄いな……獣人族って全身から闘気みたいなもんが出てる気がするんだよなぁ……気のせいかもしれんが、店内の空気の濃度が濃い気がする。
「それで、マグダたんはどこに……?」
「あぁ、マグダなら……」
朝、メドラを見て恐怖で身動きが取れなくなっていたマグダは、現在……
「……新入り。いつまでお客様を立たせているつもり? さっさと案内するべき」
「はいはい。ただいま!」
メドラにビシバシ厳しい指示を飛ばしていた。
そればかりか、メドラがウーマロに顔を向けた途端――スパーン!――と、持っていたお盆でメドラの後頭部を引っ叩いた。すげぇ高いジャンプを繰り出し、メドラの後頭部を正確に狙い撃つ。
「……『はい』は一回。これは、接客業の鉄則」
「…………はい」
スパーン!
殴打、再び。
「……笑顔は接客業の命」
「はぁい……これでいいかい?」
「………………まぁ、及第点」
マグダ…………お前、命知らずか……
「……この店の中において、マグダは先輩。新入りは従順に言うことを聞くべき」
いや、それはそうなんだけど…………お前、すげぇな。
「お客様ぁ~」
「ひぃいい!?」
ぬらりと接近してきたメドラに、ウーマロが悲鳴を上げる。
「お一人様ですか?」
「はい! 一人ですみませんッス!」
「お席にご案内します」
「はい! ご厚意、痛み入るッス!」
特注のふりふりエプロンを翻し、メドラがウーマロを奥の席へと案内する。
……連行されてるようにしか見えない。
「マグダ、あんまりやり過ぎんなよ」
「……マグダが厳しくすることで、お客さんがギルド長に同情をする」
「ん?」
「……それくらいのアドバンテージがないと、あの恐怖の魔神は受け入れられない。お客さんに少しでも快適な食事環境を提供するのが店長の意向。……マグダは最良の選択をする」
確かに、あんなデカいのがなんの説明もなく放し飼いになっていたら、客には恐怖の対象でしかないだろう。
だが、そのデカいのが手厳しく叱られながらも、懸命に接客をしていたら……中には、メドラを応援しようなんてヤツも出てくるかもしれん。
マグダ……そこまで考えて……
「…………今日が終わった時……マグダはこの世にいないかもしれない…………」
メッチャ怖がってるっ!?
すげぇガタガタ震えてるし!?
「大丈夫だ」
マグダの頭に手を載せ、耳を軽くもふっとする。
「何があっても、俺が守ってやるから」
バチンッ! と、マグダの耳が暴れる。ピンと立ち、少し硬くなる。
……なんだよ、ビックリしたな。
「…………ヤシロ、ずるい」
「何がだよ?」
「……今はこちらを見ないでほしい」
俺から顔を背けるように、マグダは首を曲げる。
そして、何かの抵抗か腹いせか、ぽこぽこと俺の腰に猫パンチを喰らわせた。
なんだよ、くすぐったいな。
「……今なら、あの魔神に勝てる気がする」
「やめとけ。……全面対決になると、さすがに守りきる自信がねぇ」
純粋な防御力では勝ち目がないのだ。俺が出来るのは、戦闘に入る前にそれを阻止することくらいだ。
「いやぁ、初めてやるけど、楽しいもんだね接客ってのは! アタシに向いてるかもしれないよ!」
ははは。それはない。
「んで、キツネ! 何を食うんだい!?」
スパーン!
「……お客様には、敬意を払い、快適な食事空間を提供すること。これは、遊びではない」
「…………はい。すまないねぇ……いや、すみません。先輩」
ホントだ……悔しいけど、メドラがちょっと許容できそうな気がしてきた。
「しょうがねぇな。あたいが手本を見せてやるよ」
そう言って、デリアがウーマロに近付いていく。
……って! お前がお手本って!?
「おい、キツネ。鮭食え!」
スパーン!
「ぃ……ってぇな、マグダ!?」
「……今日は全員平等に行く」
「そ、それってあたしもですか?」
全然関係ないところでロレッタがガタガタと震え出した。
うん。この二人と平等の威力だと、ロレッタなら頭が吹き飛ぶな。
「……今日、マグダは心を鬼にする所存!」
マグダはいつも陽だまり亭のことを第一に考えて行動してくれている。
狩猟ギルドの支部で居場所がなかったマグダが、ジネットの慈愛の心に受け入れられ新たに手に入れた自分の居場所。……もしかしたらここが、初めて自分の居場所だと思える場所なのかもしれない。
マグダはジネットの意向を汲んで、誰よりも早く行動し、誰よりも一所懸命尽くしている。
だからこそ、今日もこうして頑張っているのだろう。
……だが、これじゃあマグダが悪者になっちまう。
マグダはウチのアイドルでいてもらわないといけないからな。
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