異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚38 巡業する陽だまり亭 -1-

公開日時: 2021年3月8日(月) 20:01
文字数:3,525

「お~いしぃ~!」

 

 カナヘビみたいな顔をした少年がポップコーンを頬張っている。

 隣では、ロップイヤーの耳を顔の両サイドに垂らした幼女がもきゅもきゅと頬張ったクレープを咀嚼している。

 

 現在、俺たちは三十八区にいる。

 そろそろ太陽が真上に昇ろうかというような時間だ。

 

「この区の方たちにも気に入っていただけたようで、嬉しいですね」

 

 お好み焼き用の鉄板で薄いクレープの生地を焼きながら、ジネットが嬉しそうに言う。

 この前に立ち寄った三十九区でも、客の感触は上々だった。

 見たこともない食い物に興味を引かれ、美味そうな匂いに胃袋を掴まれ、みんなで集まって外で頬張る。そんな、普段と違う雰囲気のおかげで、客足は上々、売り上げ好調、陽だまり亭の屋台は大人気を博した。

 立ち食い故に、多少行儀悪く見えたりもするのだが、そこが逆にいい。

 顔見知りで集まって、おしゃべりしながら頬張る飯は、さぞ美味いことだろう。

 

「……ヤシロ。そろそろお好み焼きのスペースをあけてほしい」

「大人たちが飢えた獣みたいな顔してるです!」

 

 屋台は二つ。

 片方はポップコーンとタコスを扱い、もう片方はお好み焼きとたこ焼きの販売用だ。鉄板を付け替えて作る料理を調整することで、品目を増やしている。

 現在は全体をフラットな鉄板にして、クレープとタコス用のトルティーヤを焼いている。

 

「……子供のお腹は満たされた……ここからは、オトナの時間っ」

「要するに、甘い物ばかりじゃなくて、ガッツリ食えるものも売れってことだろ」

 

 お好み焼きのどこが『オトナ』だ。

 しかしまぁ、マグダの言うことももっともだ。

 こういう物珍しいものにはまず子供が飛びつく。子供が群がり、大人はそれを遠巻きに観察して、たっぷり吟味してから近付いてくる。

 だから、始める時は盛大に甘い香りを漂わせてガキどもを一気に集めるのがいい。

 

 そして、ガキの好奇心とお腹が満たされたら、次は大人どもの空腹を満たす番だ。

 うむ。マグダ、よく見ているな。

 

 四十区を出るまでは屋台の上で丸まって眠りこけていたのだが、三十九区に入った途端、『お目々、パチー!』『背筋、シャキー!』『やる気、ドーン!』となったのだ。

 そういや、四十区までは一緒に行ったことあるもんな。マグダにとって、三十九区からが本番だったってわけだ。

 まぁ、四十区付近までは朝の時間だったってのも、要因の一つだろうけどな。

 

「この後、領主の関係者が来るから、そいつらにまざまざと見せつけてやるといい」

 

 たった二つの屋台で、大人から子供まで、これだけ多くの人間が浮かれて、賑わっている様をな。

 こんな屋台が大通りに並べば、どれだけの利益が見込めるか……よほどのアホでもない限りその肌で感じられることだろうよ。

 

「……なるほど……いよいよ見せる時が来たもよう…………」

 

 おもむろに、マグダが腕につけていたリストバンドを取り外し、地面へと落とす。

 

 ――ズシーン……ッ!

 

「なっ、なにっ!? あいつ、今まであんな重たい装備で接客をしていたのか!?」

「……本気を、出す」

「「「おぉー……」」」

 

 観衆から感嘆の声が漏れる。

 って、どこの少年マンガだよ。負荷をかけて接客する意味が分からねぇよ。

 まぁ、もっとも。あの程度の重さなら、マグダにとってはあってもなくても変わらないんだろうけどな。

 要するに、『演出』だ。

 目論見は見事成功したようで、子供たちの瞳がキラッキラッ輝きを放っている。

 

「…………ウクリネス製、子供たちのヒーローになれるリストバンド(600Rb)」

「なんでも作ってくれるんだな、ウクリネス……」

 

 そして、地味に高い。

 ……いや、俺もトレーニングのために一つ買っておこうかな?

 中学の時は、足につけて自転車とか漕いでたしな。……いや、ほら。そういうのにモロ影響される時期じゃん、中学生って。

 

「……店長、交代。……ここからは、マグダが…………焼くっ」

 

 キラリと白い牙を覗かせるマグダ。

 獲物を仕留める直前の獣のような目だ。

 こいつ……本気だ!?

 

「……ロレッタ、準備を」

「任せるですっ! あたしがお好み焼きで、マグダっちょがたこ焼きっ! 二人の力が合わされば、ここにいる全員の空腹を満たすなんて朝飯前ですっ! 昼ごはん時ですけどもっ!」

 

 鉄板を付け替え、最大火力で熱する。

 ジネットがポップコーン売り場へと移動し、鉄板を装備した七号店に、二人の敏腕ウェイトレスが並び立つ。

 マグダの背後には猛々しい虎が、ロレッタの背後には高速で回し車を回すハムスターが幻視できそうなオーラが立ち昇っている。……うん、とりあえず、ハムスター逃げて。食われちゃいそうだから。

 

 鉄板が十分温かくなったところで、たこ焼きとお好み焼き、双方の鉄板に油が引かれる。豪快な音を鳴らして油が弾け跳び、同時に独特の香りを辺りへ漂わせる。

 

「……生地を一気に、流し込むっ」

「あたしは、混ぜるですっ!」

 

 マグダがたこ焼きの生地を流し込み、隣でロレッタがお好み焼きの生地と具材を手際よくかき混ぜる。

 ジュジャー! カッシャカッシャカッシャ! と、楽しげな音が響き始める。

 

 集まっていたガキどもは辛抱堪らんといった顔で、屋台の周りに集まり、マグダとロレッタの手元を覗き込んでいる。

 

「危ないですので、あまり近付き過ぎないでくださいね」

 

 全員が七号店へ注目しているため、ポップコーンを売る二号店は手空きになっている。

 ジネットがかぶりつくように屋台を覗き込む子供たちを優しく注意して回る。

 保護者にも、油飛びや鉄板への接触を十分に注意するよう呼びかけている。

 出来る娘だ。

 

 たこ焼き、お好み焼きの生地が焼かれ始めて数分……そろそろ、あの時間がやってくる。

 そう、粉物のメインイベント――ひっくり返しだ。

 

「さぁさっ、お立ち合いですっ!

「……職人の技、とくと見るがいい」

 

 視線を交わし、マグダとロレッタがコテと千枚通しをカッコよく構える。

 

「……いざ」

「いざです!」

「「刮目せよっ」」

 

 気合い一発。

 叫ぶと同時に二人は各々の『武器』を繰り出す。

 

「ほいっ、です!」

「「「わぁあっ!」」」

 

 ロレッタがお好み焼きを空中でくるりとひっくり返すと、歓声と共に拍手が起こった。

 

「……う~、りゃりゃりゃりゃりゃりゃっ」

「「「ぅおおおおっ!?」」」

 

 マグダが手際よくたこ焼きをくるくる反転させる度に、観衆のボルテージがどんどん上昇していく。

 

「ふふふ……まだ、感動するには早いですよ…………お好み焼きの醍醐味は……この香りですっ!」

 

 お好み焼きの両面をしっかりと焼いた後、ロレッタが刷毛で甘辛いお好み焼きのソースを塗りたくる。ソースが鉄板に落ちて弾ける。

 そして、辺り一面に濃厚なソースの香りが立ち込めていく。

 

「ぬわぁ、こりゃ堪らんっ!」

「おい! それ、どっちもくれ!」

「こっちには二つずつだ!」

「ちょっ、並べよ! 順番だぞ!」

「ままー、食べたぁーい!」

 

 入れ食いだ。

 その場にいた全員が見事に釣れた。

 

 そりゃそうだろう。

 こいつらにしてみたら、今を逃したら二度と食えないかもしれない珍しい料理なのだ。

 このチャンスを逃す手はないっ!

 

「ハム摩呂っ、皿の用意だ!」

「ここ一番の、特命やー!」

 

 猛烈なスピードで焼き続けるマグダとロレッタの手元から、器用にお好み焼きとたこ焼きをかっさらって皿に盛りつけていく。

 ハム摩呂も、いつの間にか陽だまり亭に順応していたようで、盛りつけは文句のつけようがないレベルだった。

 おまけに無駄がなく、速い。

 

「最初のお客さんへの、ご提供やー!」

 

 俺とジネットが手を貸さなくても、群がった客たちをうまくさばいていく。

 こいつら……成長したなぁ。

 

「おねーさんかっこいいねー!」

「あたち、お好み焼きのおねーちゃんみたいになるー!」

「むはぁ! 可愛いこと言うお子様たちですね!? 特別に海老を大盛りにしてあげるですっ!」

「そういう依怙贔屓はやめろっ!」

 

 うむ。まだ目を光らせておかなければいけないようだな。

 ロレッタ……まだまだだな。

 

「店長の悪癖が従業員に感染してるな」

「ふぇっ!? わ、わたし、そんなことしてますか?」

「あからさまに腹ペコのヤツが来店した際は、な~んとなくおかずの量が増えてる気がするんだがなぁ、毎回」

「そ、そそそ、そうでしょうか? 気のせいという可能性も……あの、その……」

 

 まぁ。不利益が出るほどの増量でもないし、他の客もジネットのそういう性格を理解してくれているから、今のところ問題にはしていないが……

 

「悪癖がなぁ……」

「は、はぅ……あ、あの、わたしっ、お手伝いをしてきますっ!」

 

 逃げ場を求めて、ジネットがハム摩呂の手伝いに向かう。

 焼くのは二人に任せたようだ。

 

「んじゃ、俺は……」

 

 人ゴミの向こうで、この光景に目を丸くしている妙に設えのいい服を来た連中に視線を向ける。

 

「……お仕事の時間だな」

 

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