「あ~、おったおった」
エステラたちが去って間もなく、今度はレジーナがやって来た。
特に足を引き摺るような素振りは見せていない。
「足は大丈夫か?」
「大丈夫や。まだ誰にも生ぺろぺろされてへんし、新品やで!」
「そんなこと聞いたんじゃねぇよ! つか、生じゃない『ぺろぺろ』ってなんだ!?」
「自分がよぅやっとる『エアぺろぺろ』やないかいな」
「う~っわ、冤罪ってこうやって生まれるんだぁ」
そんなもん、やったことねぇわ。
……今度試してみるか。
「いや~、まいったで~。店長はんにな、『ぼぃ~ん。カレールーを多めにお願いします、ぽぃんぽぃん』って頼まれてやなぁ」
「3バウンドしてたのか」
「そんで提供したんやけど、この人数やろ? 足らへんでなぁ。せやから大至急、救護テントで調合したんやで」
ジネットが張り切って、この場にいる人数分を作ったのだとしたら、ルーも相当な量必要だったことだろう。
「せやから今回のカレー、いつもと味が違ぅてあんま美味しくなくても文句言わんといてな」
「配合が多少変わっても、ベースがしっかりしてりゃマズくはならねぇよ」
風味や辛さが変わろうが、大筋でカレーからは外れない。
そして、そのベースをレジーナはしっかりと理解している。
「お前が関わってる以上、ルーにはなんの心配もしてねぇよ」
「そら有り難いことやけど……調合の前にお尻を掻いた手ぇ、洗ったかどうか記憶が定かやのぅて……自信ないわぁ……」
「そこは自信持てよ! 頼むから!」
そんなもん、一部のマニアしか喜ばねぇんだよ。
衛生面で看過できない案件だよ、それが事実ならな! ……ま、冗談なんだろうけど。
「ほなら、ウチもこれで」
手を上げて歩き出すレジーナ。
こいつはなんでわざわざ、そんなどーでもいいことを言いに来たのか。
その答えは一つ。
捻挫した足はもう平気だと、俺に見せるためだ。俺に心配をかけてしまったと思って、「もう心配しなくていいから」と遠回しに態度で示してみせたわけだ。
こいつも大概素直じゃないよな。
「んじゃ、俺も食ってくるかな、レジーナの手料理」
「は、はぁ!? 何言ぅてんのんな、自分!? 作ってはるんは店長はんやんか」
「ルーはお前のお手製だろ? それも、さっきこの場所で作ったばっかだ」
「それは、せやけど……」
「じゃ、美味しくいただいてくるよ」
「ん…………むぅぁああああ! ホンマ『いけず』やな、自分! ほなら絶対残さんと全部たいらげなアカンで! ほんでなぁ――!」
勢いよくしゃべっていた口がふいに止まる。
そして、口もとを手で隠して視線を外して。
「ほんで……美味しかったら、今度はウチに食べに……来ても、かまへんわ」
言い捨てて、足早に去っていった。
足はもう大丈夫なようだ。……慣れないことして、また転ぶなよ。
「ヤシロさ~ん!」
そして、最後に俺を出迎えてくれるのは、やっぱコイツらなわけだ。
「カレーと芋煮とバーベキュー、どれがいいですか?」
運動会の疲れなんか一切見せないで料理を配膳しているジネット。
そして、それを当たり前のように手伝っているロレッタ。
マグダはというと、ヤップロックが持ってきたのだという大量のポップコーンを豪快に弾けさせていた。疲れた体に、はちみつとバターのいい香りが沁み渡る。
「味見してみたんですが、どれもこれも美味しくて、ちょっと自信作なんです!」
珍しく、自分の料理を自分で褒めるジネット。
こいつは、自分の料理に自信は持っていても、あんまり自分で「美味しい」とは言わない。
美味しいかどうかは食べた人が決めればいいというスタンスだ。
そのジネットが「美味しい」と言うとは、よほど美味いに違いない。
というか、アレだな。
「外で食うと格別だろ?」
「はい! 疲れてお腹が減っていたのもいいスパイスになっています」
うふふと、嬉しそうに笑う。
「お兄ちゃん! 今日のカレーはすごいです! これは食べておかないと絶対後悔するですよ!」
「……魔獣のバーべーキューは絶品。けど、デザートにマグダのポップコーンがあるので食べ過ぎには注意」
「芋煮も、いい味になっていると思います。ヤシロさんの故郷のお味になっているか、確認してほしいです」
陽だまり亭三人娘にそれぞれを進められちゃあ、しょうがないよな。
「じゃあ、全部くれ」
「はい!」
「それじゃあよそってくるです!」
「……特に美味しい部位を発注してくる」
三人が一斉に解散する。
周りを見渡せば、会場中の者たちが手に料理を持って楽し気に談笑している。
肉にかぶりつき、カレーを頬張り、芋煮に舌鼓を打って、色とりどりのフルーツにうっとりしている。
デリアはずっとポップコーンを貪り食ってるな。
「ヤシロさん、お待たせしました」
「お兄ちゃん、特盛です!」
「……ボナコンがあったのでくすねてきた」
同じタイミングで三人が戻ってくる。
手にはそれぞれ大量の料理。
そんなに一人で食えるかよ。
「マグダ、ポップコーンは?」
「……まだ必要と思われる……が、当面は在庫で事足りる状況」
「ロレッタ、配膳は?」
「エステラさんとこの給仕さんたちがすごくて、もうほとんど終わってるです」
「ジネット。調理は?」
「もう、食材が残っていません」
それはまた、張り切って作ったもんだな。
「んじゃ」
「はい」
「……うむ」
「みんなで一緒に夕飯です!」
珍しく、陽だまり亭従業員全員で夕飯を食うことになった。
まぁ、実は狙ってたんだけどな。こういう機会はなかなかないし。
「うふふ。実は、一緒に食べたくて、ちょっと頑張ってお料理終わらせたんです」
「あたしもです! 配膳、めっちゃ頑張ったです!」
「……マグダは、すべて計算尽く」
みんな同じ気持ちだったらしい。
「ねぇ。ボクも混ぜてもらっていいかい?」
まだ一口も手を付けていないカレーを片手に、エステラが輪の中に混ざってくる。
「お前は、関係者とか来賓と食わなくていいのかよ?」
「大急ぎであいさつ回りしてきた」
「まったく、どいつもこいつも……おんなじこと考えやがって」
「それは、君も同じ穴の狢だと自白しているようなものだよ」
「うっせ」
セロンの持ってきた光るレンガを囲んで飯を広げる。
なんとも統一性のないラインナップだが、外で食うと美味いってカテゴリーは一緒だ。
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