異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

150話 ヤシロの決断 -1-

公開日時: 2021年2月27日(土) 20:01
文字数:4,210

 街門と街道の完成を祝う式典は、滞りなく終わりを告げた。

 

 街門の設置であれほど揉めてこじれた四十一区との関係も解消され、三区の領主が揃ってテープカットをするという歴史的なシーンもあった。

 なんでか俺がその中に紛れ込んでいたってのが、謎ではあるが。

 

 魔獣のスワーム、四十一区とのイザコザと、なんやかんやと工期が遅れた街門建設だったが、最終的には三区の協力により、当初の予定より約一ヶ月程度の遅れに留められた。

 当初の予定にはなかった四十区までの街道の延長も込みでこの期間にやり遂げたことを考えれば、その仕事ぶりはもはや十分過ぎると言えるだろう。

 

 そして式典が行われたのは四月六日――。

 

 あぁ、そういえばそうだったなぁと、年明けから今までの流れを頭の中で思い起こしてみる。

 

 そうかそうか、あれからもう一年が経つのか。

 

 俺は腕時計を引っ張り出してくる。あまりにオーバーテクノロジー過ぎるために人前ではつけないようにしているのだ。こういう時、振動式の時計はありがたい。電池を交換しなくても、毎日一定数振っておけば止まることがないのだから。

 

 そして……

 

「あと十秒…………五……四……三……二……一…………ゼロ」

 

 日付が変わって、――四月七日。

 

 俺の命日だ。

 そして、俺がこの世界に来てから、ちょうど一年が経ったわけだ。

 

 あと、ついでに誕生日でもあるな。

 

「そういや、こっちに来てすぐの時は、なんかやたらと歩かされたんだよなぁ」

 

 気の利かない神のせいで、街からすげぇ離れた荒野に置き去りにされ、死にかけ、悪徳商人に拾われ、この街へ来て……ろくなヤツじゃないよな、神ってヤツは。うん。

 

「ちょっと、歩いてみるかな」

 

 式典で疲れたのか、ジネットもマグダも今日は早々に眠ってしまった。

 だから、起こさないようにそっと……俺は部屋を抜け出す。

 

 廊下に出た途端、ふと、心がざわついた……気がした。

 

 大丈夫だよ。少し散歩に行くだけだ。ちゃんと、帰ってくるよ。

 

 そんな言い訳めいた言葉を呟いて、俺は静かに階段を降りる。

 店のドアは施錠してあるから……勝手口から出るか。

 …………いや、こんな時間にウロついてるヤツなんかいないよな。いたとしても俺くらいだ。

 

 だったら、あの時と同じように店のドアから出てやろうじゃないか。

 

 厨房を抜け、カウンターを越えて、フロアに出ると、一番足のしっかりした椅子を選んでそこに腰掛ける。もっとも、今の椅子はどれもぐらつきはしないが。

 そしておもむろに立ち上がると、カウンターの前に財布を置いて……

 

「じゃ、行ってくる」

 

 そう呟いてから、ドアを開けて外へ出る。

 

「そうそう。最初はこの向こう側にトイレがあったんだよなぁ……しかも真っ暗で……」

 

 陽だまり亭の前は、光るレンガが淡く美しい暖色系の光を発しているためにとても明るい。

 最初からこれくらい明るければ、外のトイレもさほど怖くなかったことだろう。……まぁ、トイレは室内にある方がいいけどな。

 

 あ、そうだ。

 

 こほんと咳払いをして、久しく作っていないあくどい顔をして、俺は呟く。

 陽だまり亭に向かって……

 

「世の中にはな、悪人の方がずっと多いんだよ。勉強になったな」

 

 ……なんてな。

 たしかこんなセリフを吐いて、俺は陽だまり亭を後にしたんだっけ。結構覚えているもんだ。

 

「さて……じゃあ、行くか」

 

 陽だまり亭を出て、あの日と同じように、大通りへ向かって歩き始める。

 大通りまでの道は、一年前とは比べられないほどに広く、そして美しく変貌していた。

 なにせここは、四十二区から四十区まで延びる大きな街道なのだ。馬車が二台すれ違ってもまだかなり余裕がある。

 そして、道の両サイドには点々と光るレンガが設置され、夜の道を安全に照らし出している。

 

 

 一年前は馬車なんか通れないほどガタガタで、道幅ももっとずっと狭かった。

 そして何より、真っ暗だった…………俺が夜道恐怖症に陥るほどに、真剣に真っ暗だったのだ。

 よくよく考えれば、ここは三十区と二十九区に隣接した崖の下。月の光も入ってきにくい立地なのだ。そりゃ暗いわ。

 

 途中にニュータウンへ通じる曲がり角がある。

 昔はスラムなんて呼ばれていたのに、今ではちょっとした高級住宅街になっちまっている。

 闇が迫ってくるような恐怖は、もう感じない。

 

 それから大通りへ出てぷらぷらと歩き回る。

 夜中、ネコの瞳に怯え、明け方ネフェリーに会ってニワトリがニワトリの卵を収穫している光景に驚き……夜が明けるとカンタルチカへ行って、借金取りの怖いオッサンとなんだかんだあって……

 

「いろいろあったな……」

 

 大通りの一本奥は金物通りで、ハムっ子たちがまだ領民に認められていない時に水害対策を施した。あと、マグダがネコ化して逃げ込んだのもここだったっけ。

 最近では、ノーマに無理難題を押しつけに来る度に、オネェ言葉のオッサンどもに絡まれる場所になっていた。気に入るんじゃねぇよ、俺のことを、勝手に。

 

「こっちに行けば檸檬があって……その向こうに中央広場と、さらに先にはベッコの家……」

 

 英雄像騒動に、檸檬食中毒事件……大通りではアッスントと大一番を繰り広げたりもした。

 ポップコーンの移動販売も、今でこそ当たり前の光景だが、当初は苦労したもんだ。

 

「おっ! 掲示板」

 

 ウクリネスの店のそば、陽だまり亭へ続く道の交差点に立てられている掲示板。

 陽だまり亭から来ると見落としてしまうが、帰る時はすごく目につく。

 ここに、俺の手配書が貼られていたんだよなぁ。落書きしてやったけど。

 今でもはっきりと、『掲示物を無断で剥がした者には精霊神様の呪いが降りかかる』と書かれている。こういうおかしなところにばっかり力を入れてやがるんだよな、精霊神は。もっと人が住みやすくなるように力を使えばいいのに。

 

 そして、領主の館へと向かう。

 相変わらずデカい。

 最初に見た時は、まさかこの館に招かれるなんて思ってもみなかった。ましてや、領主と肩を並べて式典でテープカットをするなんて……………………テープカットって、どこの世界でもやるもんなんだな。

 おかしなところで妙な共通点がある。

 だから、たまに忘れてしまいそうになる。

 

 俺は今、異世界にいるということ。

 

 いや……

 

 

 俺は、異世界から来たのだということ。

 

 

 

 俺はもう、元の世界には戻れないだろう。

 なら、ここが俺の世界だ。日本は、今の俺にとっては異世界なのだ。

 

 そこんところのケジメがついていなかったせいもあるのだろう。

 俺はこの世界にいながら、向こうの世界の住人のつもりでもいて、四十二区に住みながらも、どこかお客様気分でいて……だから、行くも留まるも自由自在だって、そんな気がずっとしていたんだ。

 

 ここは、いつか離れる場所だと。

 

「……一年、か」

 

 ちょうどいい頃合いなのだと思う。

 式典前日の夜はいろいろ考え過ぎて堂々巡りになってしまったが……式典の最中にちょっと別の視点で考えることが出来た。

 これまで関わったヤツらが式典を見に来ていて、どいつもこいつも楽しそうなバカ面下げて、自分たちの街の発展を心から喜んでいた。

 

 それを見た時に思ったんだ。

 

『あ、俺の役目、もう終わってんじゃん』って。

 

 まぁ、役目なんてたいそうなもんじゃねぇけど、俺がずっとこだわって、心のどっかに引っかかっていた――「こいつら、俺がいなくなって大丈夫なのか」って部分は、心配する必要がないんだなって分かった。

 

 こいつらは大丈夫だ。

 もう、ちょっとやそっとのことじゃへこたれない。

 ちゃんと、自分の足で立つことを覚えた、頼れる連中だ。

 

 俺がやれることは、たぶんもうみんなやった。

 これ以上の高度なことは素人の知識だけじゃどうしようもない領域だ。プロの技術が必要になる。

 

 やるべき仕事も、もう全部片付けたよな?

 陽だまり亭はかつての活気に満ち溢れた食堂に戻り、頼もしい仲間たちが出来た。

 子だくさんで仕事に困っていたハムっ子たちも、今は忙しく働いてるし、独りぼっちだったトラの子も自分の居場所を見つけて……領主も立派に独り立ちした。

 

 もう、いいよな。

 

 自分で自分の罪を許す……それが、俺に出来るのかは分からない。けれど、折角だからやってみようと思う。

 けど、一度リセットしなければ……

 

 俺は、ここに住む連中すべてを『騙して』ここに居座ったんだ。

 それはフェアじゃない。

 

 最初から「向こうの世界で詐欺師やってました、これからよろしく!」と、自己紹介をしていれば、きっとこんな風に迎え入れてはくれなかっただろう。

 

 だから、ここでリセットするんだ。

 そうでなければ、俺はずっと、俺のことを許せない。

 

 ジネットがあれほどの決意を持って陽だまり亭にいるのだと知って、正直、勝てないと思った。

 あいつのひたむきさに。固い決意に。揺るぎない信念に。

 

 あいつに比べりゃ、俺なんか萎れたもやしみたいなもんだ。

 ぐでぐでで、誰かに張りついて自分の形を相手に合わせる。

 芯がない。

 

 すげぇ、カッコ悪い生き方をしているって、気付かされた。

 

 

 詐欺師がよく言う言葉にこんなものがある。

 

『騙されるヤツがバカなんだよ』

 

 そして……

 

『騙しきれないヤツは、それ以上に、もっとバカだ』

 

 救いようがねぇ。

 お人好しの詐欺師なんてな。

 

 そんなどっちつかずのまま、ここにいていいわけがない。

 詐欺師を名乗り続ける気概もなく、かといってお人好しになりきる勇気もない俺が……そんな覚悟すら持てないこの俺が、このままここにいていいわけなど……

 

 

 

 だから、俺はこの街を離れる。

 

 

 

 そうと決まれば早速準備だ。

 陽が昇ると同時に陽だまり亭を出よう。

 もちろん、あいつらにきちんと挨拶をして。

 それが、今の俺に出来る精一杯の誠意だ。

 

 そんなことを思いながら、俺は陽だまり亭へと足を向ける。

 

 随分と長く歩いた。

 四十二区をくまなく歩いたから、もう二、三時間は経っているかもしれない。

 今から戻って少し休もう。明日はまた歩くことになるかもしれないしな。

 

「あとは……」

 

 ポケットに忍ばせた20Rbを取り出す。

 くすんだ銅貨がチャリンと音を鳴らす。

 

「食い逃げの代金を支払えば……すべておしまいだ」

 

 結局のところ、この代金を稼ぐために俺は陽だまり亭に留まっていたんだよな。

 随分と待たせてしまったもんだ。利子とかついてなきゃいいが。

 

 街道を歩き、一段と明るい一角が見えてくる。

 陽だまり亭だ。

 

 戻ってきてしまった。

 なんとなく、物語のエンディングを見ているような気分だ。

 このドアを開けて、中に入れば……それでおしまい。

 泣いても笑っても、そこでおしまいなのだ。

 

 ならせめて前向きに……

 

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