「……ヤシロさん」
蚊の鳴くような、か細い声が俺を呼ぶ。
「…………マグダさん、元気になります……よね?」
「…………」
俺には医学の知識はない。
だが、マグダはきっと回復する。そうでなくては困る。
だから、希望的観測も込めて、俺は断言する。
「当然だ」
「…………そう……です、よね」
ほんの少しだけ、ジネットの心に圧しかかる不安が軽くなったような気がした。空気が少し変わったように感じたのだ。
ここは強引にでも、空気を換えてやるか。
「ジネット。もしここに魂を司る神様が現れて、こんなことを言ったとする」
突然始まった俺の例え話に、ジネットはどう反応したものか分からないとばかりにポカンと俺を見上げる。
構わずに俺は続ける。
腕を広げ、偉そうな神のマネをして、声も少し低めに出す。
「『私は人間の魂を天界へ導く者だ。今、私が何を考えているのかを言い当てることが出来れば、マグダを助けてやろう』」
「本当ですかっ!?」
急に立ち上がり、ジネットが俺に詰め寄ってくる。
思わず体を引くも、ジネットの勢いは止まらず、俺は背骨を反り過ぎた挙句に尻もちをついた。
真剣な瞳で俺を見下ろすジネット。……いや、ちょっとしたゲームだからな?
「も、もし、そう言われたら、お前はなんと答える? どう答えれば、マグダを確実に助けられると思う?」
「……神様のお考えになっていること…………ですか」
アゴに指を添え、真剣に考え始める。
……だから、ゲームだからな?
「神様はきっと、こうお考えだと思います。『苦しむ民に祝福を』……と」
こいつの脳内神様は尊いお方なんだなぁ~。
だが、神様ってのはそこまでお人好しでもなければ、慈愛にも満ちてはいない。
ましてや、人間にとって都合よく働いてくれたりはしない。
神は、人間の小間使いではないからな。
それに、こういう状況だから言葉は濁したが、人間の魂を天界へ導く神というのは、死神のことだ。
死神がマグダに狙いを定めた。それを回避するには……それを考えなければいけないのだ。
ジネットの答えでは不十分だ。
「ん~、それはないんちゃうかなぁ」
床に座る俺の背後に、レジーナとエステラが立っていた。
レジーナは若干嘲るような意地の悪い笑みを浮かべジネットを見ている。
「しかし、神様は慈悲深いお方ですし……」
「仮にな、もしホンマにそう思ぅてるんやったら、わざわざ姿を現して『なぞなぞ解いたら助けたるで~』なんて底意地の悪いことせぇへんのとちゃうかな? 最初から『助けたいわぁ~』思ぅてるんやったら、顔なんか出さんとさっさと助けたりぃやっちゅうことやん?」
「…………そ、それは、そうですけど……」
さすがボッチ。
ナイスKYだ。
今この状況で、弱っているジネットを全否定できるのは友達が出来たことのないお前くらいのものだ。さすがの俺でも少しためらうレベルのへこみようだったからな。
だが、それくらい思い知らせてやってちょうどいい。
「レジーナ。お前が重度のボッチでよかったよ」
「ケンカ売っとるんか、自分?」
「褒めてるんだよ。よっ! ナイス無神経!」
「全然褒めてへんやないかっ!」
俺の気持ちが届かない。
ボッチが作り上げた心の壁は、非常に分厚く、高いものなのだな。
「こう言うのはどうかな?」
しばらく考えた後でエステラが手を挙げる。
「『神の意志を人間風情が読み解くなど不可能だ』」
「それじゃあ思考放棄だろ?」
「だって、この問題に明確な解を出すなんて不可能じゃないか。何を考えていたかなんて、本人にしか分からないんだから!」
エステラが不満顔で言う。
別に、神の思考を当てるゲームではないのだが……
「考えてることが分かろうが分かるまいが、そんなもんはどうでもいい」
「で、でも、神様のお考えが分からないと……マグダさんが…………」
今にも泣きそうな顔でジネットが呟く、涙で声が掠れる。
いやいやいや! 事実じゃないからな!?
例え話! ゲーム!
答えが分からなくてもマグダがどうこうなりゃしないから!
「……ヤシロ。君はジネットちゃんを泣かせて楽しいのかい!?」
「俺のせいかよ!?」
「そうでないというのなら、今すぐ答えを教えてジネットちゃんを安心させてあげなよ!」
「…………エステラさぁ、素直に『降参』って言っていいんだぞ?」
「ふ、ふん……君に負けるのは、なんだか悔しいんだよ」
連戦連敗のくせに。
「まぁいい。答え……つうか、神の考えることなんぞ俺にも分からん」
「は?」
「なんや……答えは『分からん』かいな?」
「……そ、それでは、マグダさんは……」
「あぁ、もう! 落ち着け! 話は最後まで聞け!」
なんでこんなゲームくらいでこいつらは熱くなっているんだ。
日本ではよく聞く、割とメジャーなゲームなんだがな。
「この問題は、『神の考えを当てる』ではなく、『いかにすればマグダを、確実に、助けることが出来るか』を考えることが重要なんだ」
「確実に、助ける……確かに、そうおっしゃっていましたね」
「クイズに正解すればよし、不正解だったとしても、マグダが助かればそれもまたよしだ。つまり――」
俺は、人差し指を立て、たっぷりと間を取って解を口にする。
「『お前はマグダの魂を連れて行くつもりだな』」
ジネットが息をのみ、マグダへと視線を向ける。
まぁ最後まで聞け。
「……魂を司る神が、『マグダの魂を連れて行くつもりだ』と考えていたとすると……クイズに正解したわけだからマグダは助かる……」
「逆に、その神さんが『ネコの娘の魂を連れて行こう』と思ぅてなかったとしたら……クイズは不正解やけど、ネコの娘の魂は連れて行かれへんのやし、つまりは助かるっちゅうことか」
「ま、そういうことだ」
日本では、ライオンと旅人なんかで聞かれるゲームだ。
他人が何を考えているのかを知る術はない。であるならば、そんなもんは考えるだけ無駄なのだ。
こちらの要件をいかにして押し通すか。それが重要になる。
「……じゃ、じゃあ……マグダさんは…………助かる、ん、ですか?」
少し混乱したように、ジネットが俺たちを見回す。
ゲームを現実と混同させるから混乱するのだ。
沈んだ気分を変えさせるために始めたゲームだったのだが……ジネットには少し効果が強過ぎたようだ。
『どっちにしてもマグダは助かる』という結末のお話をして、気分を和らげてやろうとしたのだが……まぁ、少々予定は狂ったが、言いたかったことは言っておくか。
「マグダは助かる。だから、心配すんな」
「…………はいっ」
頷いた拍子に、涙が零れ落ちていく。
しかし、ジネットの顔は優しい微笑を湛えていた。
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