「ウーマロ、張り切ったな……」
「こういうショー的な設営は何度か経験したッスからね。慣れればこんなもんッスよ」
グラウンドには、テレビの公開録画かというような立派なセットが組み上がっていた。
一般人の創作オバケ話を聞くだけのイベントにはもったいない豪華な舞台だ。
「こっちに石版と石筆を用意したッス」
でっかい黒板とチョークのように文字が書ける石が舞台の上に用意されていた。
どうやら、俺が話を聞いてここにイメージイラストを描き、それをベッコが紙に描き写して色づけをするのだそうだ。
ベッコはイメージから創作する練習をしているようで、その成果を試したいと意気込んでいるらしい。
突拍子もない色使いになっても、それはそれで面白いかもしれないな。オバケなんて自由な発想で作り上げればいいんだし。
「あっちが調理場ッス。水場がなかったんで、以前作った濾過装置を改良した物を設置したッス。水は木こりギルドと狩猟ギルドと川漁ギルドが大量に運んでくれたッス」
巨大な水瓶が調理場に並んでいる。
ろ過済みの飲食用と、洗い物用で分けられている。
「調理場も、見やすいようになっているんですね」
舞台とは別になっているが、調理場も見られることを意識した造りになっている。これなら調理の工程もしっかりと見られるだろう。
「以前、四十区のラグジュアリーに作った見せる用のキッチンを参考に、見やすさと調理のしやすさを追求してみたッス……って、伝えてッス」
「だってさ、ジネット」
「はい。聞こえていました」
俺から一切視線を外さないウーマロ。
こいつは、一体いつ成長するんだろうか。
「……ヤシロ。陽だまり亭の屋台はあちらに設置する」
「おう、頼む」
調理場のそばに陽だまり亭の屋台が並んで設置される。
近くに置いておいてくれると行き来が楽になる。俺も、ジネットも。
ついでに、調理場に積んである行商ギルド提供の食材をこそっと陽だまり亭の方で使ってもバレないかもしれない。うん。いい位置取りだ。
「てんとうむしさん」
調理場の設備を確認していると、ミリィがやって来た。
トートバッグのようなサイズのカゴを肩に提げている。
「教会の子供たちの格好、ぁれが仮装? すぅ~っごく可愛かったぁ~」
大きな瞳をきらきらさせて、ミリィが仮装の可愛さを熱弁する。
なにこの可愛い生き物。持って帰りたい。
「ぁ、そうだ」
と、肩から提げたカゴを俺へと差し出してくる。
「えすてらさんのところの給仕さんに依頼されたもの、持ってきたんだけど……これでぃい、かな?」
カゴの中には姫リンゴがぎっしり入っていた。
これでリンゴ飴が作れる。
「一つ味見していいか?」
「ぅん。これね、小さいけど、ちゃんと甘いんだょ」
ミリィの言うとおり、姫リンゴは小振りなのにしっかりと甘みがあって、普通のリンゴよりもかなり甘いくらいだった。
「小さいのにしっかりと成熟している……まるでミリィのようだな!」
「そ、そんなこと、ないょぅ」
「そうかそうか。ミリィはまだ大人じゃないもんな」
「違うょぅ! ミリィはこんなに小さくないってこと!」
姫ミリィ。
うわ、ヤバ! ちょっと欲しい!
「このサイズのミリィがいたら、捕まえて持って帰るのに」
「ぁう、持って帰らないで…………こんな小さいみりぃ、ぃないょぅ!?」
そうか、いないのか。残念だ。
「こんなにたくさん持ってきてくれたんだから、今日公開予定のレシピとは別にいろいろ作ってみるか」
「お手伝いします!」
「楽しみにしています!」
似たもの母娘の、食べる専門の方をそっと調理場から追い出して、ジネットと一緒にリンゴのお菓子を作る。
ミリィも手伝ってくれるらしい。というか、どんなお菓子が出来るのか興味があるようだ。
「マグダ。アッスントを捕まえてチョコとシナモンをもらってきてくれ」
「……合点承知の助」
日本でも滅多に聞かない言い回しを残して、マグダが静かに走り出す。
……もう何も言うまい。マグダはそーゆー娘。
「まずはリンゴ飴だな」
リンゴに割り箸サイズの竹串を刺し、溶かした砂糖につけて、くるりと回し、全体にまんべんなくコーティングしてから取り出して冷ますとカリッとした飴状になる。
こっちはリンゴがしゃくしゃくしていても問題ない。
そうこうするうちに、マグダがアッスントを引き連れて戻ってきた。
姫リンゴの芯をくり抜いて、そこへバターとはちみつ、砂糖を詰め込む。シナモンを振って焼きリンゴにする。
オーブンかバーナーがあれば楽なんだが、ないので竃で地道に炙っていく。
しなしなになり、柔らかくなったリンゴは香ばしくも甘い香りを放ち始める。
そこへ、湯煎で溶かしたチョコレートを流しかける。
身が崩れるのでジャブ浸けが出来ない。豪快に垂れ流しチョコで完全にコーティングする。
チョコでコーティングされた後は、アッスントに頼んでおいた薄い鉄板を加工して型を作り、ジャック・オ・ランタン的な目と口を飴で作る。色を付けた飴を目や口の型に流して形成し表面に貼りつければオバケリンゴの出来上がりだ。
顔付きのオバケリンゴが個性豊かに三つほど並ぶ。
「これは可愛いですね」
「手間はかかるけどな」
工程が多い上に洗い物が一気に増える。
パーツごとに分業すれば、多少は楽になるか。目と口担当とか、焼きリンゴ担当とか。
なんにせよ、ご近所さんみんなでワイワイ楽しんでやってくれればいい。
「こういう凝ったお菓子があると、ハロウィンは格段に楽しくなる」
「確かに、こんなお菓子が出てきたら子供たちは大喜びですね」
「ただし、作るのも手間だし、食べるのも面倒くさい」
正直、こういうオバケお菓子は食べるのがちょっと大変なのだ。
だって、丸ごとのリンゴにチョコがかかっていて飴細工がくっついているんだぞ?
絶対に一口では食えないし、かぶりつくにしてもどっかしら汚れるし、じゃあ切るかっていうと、それはそれで形が崩れて大変なのだ。
見た目最優先のお菓子だな。
リンゴ飴に通ずるものがある。
「けれど、これは売れそうですね!」
アッスントが生き生きしている。
「それで、これの作り方は?」
「見ての通り、面倒ではあるが単純だから、広めていいぞ」
そう伝えると、小躍りしそうな勢いで喜んだ。小鼻が膨らみきっている。
アッスントが一番楽しんでるかもしれないな、ハロウィン。
レシピを公開したところで、オバケリンゴは作るのが面倒な上、器用じゃないと完成品の見栄えも悪くなるので作る人を選びそうだけどな。
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