異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

70話 お花と甘味 -3-

公開日時: 2020年12月6日(日) 20:01
文字数:3,421

 我ながらいい出来に満足していると、エステラが陽だまり亭へとやって来た。

 ドアを開けるなり、「あれ? ジネットちゃんは?」と、店内を見渡す。

 

「残念だったな。今は俺一人だ。ジネットの手料理が食いたきゃ夕方以降に出直してこい」

 

 しかし、エステラの用件は飯ではなかったようで、少し困ったような表情を覗かせる。

 

「書類を提出してもらわないといけないんだけど……まぁ、あとで渡せばいいか」

「書類?」

 

 見ると、エステラはくるくると巻かれた紙を持っていた。

 なんだか、ちょっと高級そうな紙だ。何かの契約書だろうか?

 

「今月はジネットちゃんの生まれた月だからね。年齢を更新してもらわないといけないんだ」

「更新?」

「住人は毎年、生まれた月に書類を提出するんだ」

「いちいち自分で更新しなきゃいけないのか? 面倒くさいな」

「お店とか仕事関連の書類には年齢を書く場合が多いからね。その年齢で間違いないという証明を領主がするんだよ」

 

 日本のように、自動更新されればいいのに。

 俺は、免許の更新ですら億劫でやりたくなかった。

 この街の住民は毎年そんな面倒くさい手続きをしているのか。

 

 ………………ん?

 

「ジネットの誕生日って、今月なのか?」

「そうだよ。たしか、来週末あたりだったかな?」

「それを先に言えよ!」

 

 しまった。

 何も用意していない。

 ナナホシテントウの髪留めとか作ってる場合じゃなかった。

 ジネットに何かプレゼントを用意しなくては……っ!

 

「……何を焦っているんだい?」

「そりゃ、だって、なんの準備もしてないからよぉ」

「なんの準備をするっていうんだい? 書類は本人の直筆しか受け付けられないよ」

「書類じゃなくて、誕生日の準備だよ。プレゼントとか、パーティーとか」

 

 そういや、四十二区にはケーキとかないんだよなぁ。

 どうすっかなぁ? 黒糖で作れるか?

 

「…………パーティーって、誕生日と何か関係あるのかい?」

「え?」

 

 エステラが、「理解できない」とばかりに渋い表情を見せる。

 …………え、ないの? 誕生日パーティーとか。

 

「俺の国では、その人が生まれた日をみんなでお祝いするんだが……?」

「なぜ? 生きている人は、当然だけど、みんな生まれた日があるんだよ? それを特別視して祝う必要があるのかい?」

 

 マジのトーンだ。

 こいつ、マジで理解できていないらしい。

 

 この街には、誕生日というものを祝う習慣がないのだ。

 

「ケーキとか、食わないのか?」

「ケーキなんてっ!? そんな高価なもの、誕生日くらいのことで食べたりしてたら破産しちゃうよ?」

「そんな高いのか?」

「高いよ。まず、砂糖が高級品だからね」

 

 まぁ、確かに。黒糖なら、いくらか安く手に入るが、それでも高価であることに違いはない。

 甘味に乏しい街だ。

 

「誕生日を祝わずに、他に何を祝うんだ?」

「結婚とか、出産は祝うね。あと、就職祝いと、就職して一年目はお祝いをするかもね。多くの業種で、一年目に賃金が上がるから」

 

 つまり、家族が増えたり賃金を得たりと、生活が向上する際にお祝いをするのだろう。

 理に適っていると言えばそうかもしれない。

 しかし、味気ないことも確かだ。

 

 

 …………こいつは、金の匂いがするな。

 

 

「ヤシロ……目が悪人みたいになってるよ」

「よぉく見て覚えておくといい。これが金の亡者の目だ」

「まったく……お金のこと以外は考えられないのかい?」

「俺に死ねと言うのか?」

「……お金のことを考えていないと死ぬのかい、君は?」

 

 生き甲斐がなくなれば、人は死んだも同然ではないか。

 

「金かねカネと……さもしいヤツだね、君は」

 

 呆れ気味にため息を吐いたエステラだったが……その動きがピタリと止まる。

 その視線は、テーブルの上に置かれていたナナホシテントウの髪留めに向けられている。

 

「か………………可愛いっ!」

 

 ガバッとテーブルにかぶりつき、ナナホシテントウの髪留めを凝視するエステラ。瞳がキラッキラしている。

 

「こ、これっ、ヤシロが作ったのかい!?」

「あぁ。ちょっと人にやろうと思ってな」

「譲ってほしい! いくらだい!? いくら出せば譲ってくれる!?」

「金かねカネとさもしいヤツだな、お前は……」

 

 そいつはやれん。残念だがな。

 

「ズルいや……どこの誰かは知らないけれど……こんな可愛いものを独り占めにするなんて…………」

 

 髪留めをシェアするような文化はあまり耳にしないがな。仲良し姉妹でも髪留めは個人持ちなんじゃないのか?

 

「そんなに欲しいか?」

「欲しいよっ! まぁ、テントウムシじゃなくてもいいんだけど……」

「例えば、どんな形の物が欲しい?」

「そうだなぁ…………シイタケ、とか」

「えぇ……何その趣味」

「い、いいじゃないかっ! 美味しいし、なんか形が可愛いだろ、シイタケ!」

 

 そうかな……シイタケって…………

 エステラって、もしかしてセンス悪い?

 

「じゃあまぁ、シイタケの髪留めを作ってやってもいいが……」

「本当かいっ!?」

「大きいシイタケの横に小さいシイタケが寄り添っているようなのはどうだ?」

「ほぅぅうっ! 何それ、想像しただけで可愛いっ! 『大きいシイタケがあなた、小さいのは私』みたいなことだね!?」

「いや……シイタケに例えられるカップルって、すげぇ微妙だけど……まぁ、お前がいいならそれでいいが」

「こ、これは…………楽しみ過ぎるっ!」

 

 まぁ、ちょちょいと作れる物だから、作ってやるくらいはいいだろう。

 ただし、だ。

 

「俺、ケーキが食べたい」

「………………は?」

「ケーキ」

「…………奢れと?」

「イエス」

「……………………ケーキかぁ……」

 

 つい今しがた、高級品だと口にしていたものだ。

 おいそれとご馳走するとは言えないレベルの食べ物なのだろう。

 

 しかし、この世界のケーキがどのレベルのものかを知っておきたい。

 それによって、今後の俺の行動は大きく変わってくる。

 

「………………今川焼きってことには……?」

「ケーキだよ。誕生日にはケーキだろうが」

「だから、なんで誕生日如きでケーキなのさ?」

「俺の国の風習だ。とにかく、この街のケーキを食ってみたいんだよ」

「………………でもなぁ……」

 

 ものすげぇ渋ってる。

 だったら、シイタケの他にエリンギとかブナシメジの髪留めも作ってやろうか? そうすれば納得するか?

 

「一緒に食いに行ってくれよ、頼むって」

「いっ!? ……一緒に?」

「あぁ。買ってきてもらうよりかは、食いに行った方がいいだろうな」

 

 ……念のためにジネットには秘密にしておきたい。

 もしケーキを断念することになったら、多少なりともショックを受けるかもしれないしな。誕生日にそんながっかり感は味わわせたくないからな。

 

「……ふ、二人、で?」

「そうだな。高い物なんだったらその方がいいだろう」

「……いつ、行く?」

「明日とか、どうだ? 都合つくか?」

「平気! すごく平気! 仕事あるけど全部放り投げてくる!」

「いや……仕事はしろ。今四十区の下水工事と四十二区の街門のプロジェクトが動いてんだから……」

「そう! すごく大変なんだよ! だからボクは、自分にご褒美をあげてもいいと思う!」

 

 なんか知らんが、エステラが急に燃え始めた。

 ……どこで着火するか分からんヤツだな。

 

「じゃあ、明日! ケーキを食べに行こう! 四十区まで出ることになるけど、平気?」

「そこまで行かなきゃないのかよ…………しょうがねぇな。じゃあ、中央広場で待ち合わせってことで」

「うん!」

 

 天使のような笑顔で頷くエステラ。

 なんだかんだ、こいつもケーキが食いたいのだろう。

 

「……でさ、ちなみになんだけど……」

 

 手を後ろで組んで、もじもじとし始めるエステラ。

 窺うような上目遣いで俺をチラチラ見てくる。

 

「ヤシロは、スカートとパンツ、どっちが好き……、かな?」

「スカートを穿くか、穿かないかってことか?」

「違う! パンツ丸出しじゃなくて、ズボン!」

「あぁ、そっちか……分かりにくい」

「そこでそう思うのは君くらいだよ……」

「どっちでもいいような気もするが…………まぁ、スカートかな。しいて言えば」

「分かった!」

 

 パッと表情を輝かせ、そして足早にドアへ向かって歩き出す。

 そして、ドアの手前で振り返る。

 

「それじゃあ、明日。中央広場に朝の鐘と同時に集合ね!」

「早っ!?」

「遅れないようにっ!」

 

 最後の一言を強めに言って、エステラは出て行った。

 

 つか、……朝八時集合かよ。

 まぁ、四十区に行くならそれくらいに出なきゃいけないのか。

 しょうがない。下調べはとても重要なファクターだからな。

 

 

 

 こうして、俺の新たな計画は、誰にも知られることなくゆっくりと動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

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