ドンドンドンッ!
突然、陽だまり亭のドアが乱打され、その場にいた者が全員「びくっ!?」と体を震わせた。
「な、なんだ……」
「お客さん……でしょうか?」
「待て、ジネット!」
ドアを開けに行こうとするジネットを呼び止める。
「何がいるか分からん……ここは何が起きてもいいように……ウーマロ、出てくれ」
「いい加減、泣くッスよ?」
などと言いながらも、ウーマロはジネットに代わりドアを開けてくれた。
ドアが開くと同時に寒風が舞い込んでくる。
そんな中、氷像のように突っ立っていたのは…………クマっ!?
「あ…………あまいもの………………」
デリアだった。
なんか、大泣きでもしたのか、目や鼻の周り……いやもはや、顔面全体に氷が張っている。
「き、昨日…………遊び過ぎて…………甘いもの、買い忘れて…………グズッ……夜、目が覚めたら……眠れなくて………………ヒック……」
デカい体を丸めて、少女のようにしゃくりあげながら号泣している。
とりあえず、ストーブの前に連れて行く。
「デリアさん。甘いお汁粉です。どうぞ」
「んはっ!? いい匂い! 食べていいのか!?」
「はい。熱いですので、気を付けてくださいね」
「分かった! いただきます! あっつい!?」
……何も分かってねぇじゃねぇか。
デリアの話を聞くと、川遊びが楽しみ過ぎて、豪雪期の準備のことをすっかり忘れていたらしい。当然、甘いものを買い溜めておくのも忘れたようで、そのことに気が付いた時にはもう雪が積もっていた、と。
いるんだなぁ、どこの世界にもこういう計画性の無い娘……
「なぁ! 豪雪期の間、ここに置いてくれないか?」
「はぁ!?」
「なんだってする! 部屋だってヤシロと同じ部屋でいいから!」
いやいや。俺と同じ部屋はダメだろうよ。
で、そんな状況で「なんだってする」は危険過ぎるっつの。
「いや、さすがにそれは……」
「甘いものがないんだよぉぉうう…………」
デリアの瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちていく。
捨て犬に見つめられている気分だ。……すげぇデカいけど……
「ヤシロさん。いいじゃないですか。お部屋なら、わたしと一緒でもいいですし。デリアさんさえよろしければ」
「いいのか!? さすが店長! 心と乳がデカい!」
「ち、乳は関係ないですよ!?」
ジネットに抱きつき尻尾をぴこぴこさせるデリア。
「……で、結局何人泊まることになるんだよ?」
ため息交じりに尋ねると、八人の手が上がっていた。
……って、こら。
「ウーマロ。お前も泊まるつもりか?」
「だ、だって、どうせ三食食べに来るつもりッスから……往復はちょっとつらいッス……」
……野郎を泊めるとなれば、俺の部屋確定ってわけか……やれやれ。
「お前だけ別料金な」
「なんでッスか!? ……いや、それで泊めてもらえるなら…………いいかもッスね。ヤシロさんなら平気で雪の中放り出しそうッスし……」
こいつも、虐げられキャラが板についてきたな。「それはそれであり」って判断を下してやがる。
まったく。ジネットのお人好しにもほとほと困ったものだ。結局、希望者全員を陽だまり亭に泊めるつもりなんだからな……
えっと、エステラとナタリア、ロレッタに弟が三人、それからデリアとウーマロにベッコか…………
「って! お前はいつの間に紛れ込んできた!?」
「拙者、恥ずかしながら冬ごもりの準備を怠ってしまった故……何卒寛大な処置を……」
しれっと混ざって図々しいことを抜かしやがる。
これで居候が九人か。
空き部屋にエステラとナタリア、ジネットの部屋にデリア、マグダの部屋にロレッタと弟たちも放り込んでしまうか。もしくはマグダの部屋をロレッタ姉弟に提供し、マグダはジネットの部屋へ……で、野郎は結局俺の部屋か…………あぁ、煩わしい。
「布団の数が足りませんね……二人で一つをシェアしてもらうことになるかもしれませんが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。ウーマロとベッコは布団など必要としない」
「するッスよ!?」
「この寒さの中布団なしでは凍えてしまうでござる!」
「人肌で温め合え!」
「男同士は嫌ッス!」
「拙者も勘弁でござる!」
なんてわがままな!?
なんとか布団を都合してこなけりゃいけないかもな……
「教会に余っている毛布があるかもしれませんね」
「そうだな。食料と引き換えに借りてこよう」
「んじゃ、あたいも手伝うよ。世話になりっぱなしじゃ悪いからな」
「おぉ、デリア。お前は頼もしいな」
「あれ……オイラもさっき同じこと言ったんッスけど?」
窓の外では雪が降っている。少し弱くなってきているか。
「行くなら早い方がいいか?」
「そうですね……やみそうにもありませんし……」
「この雪は、昼過ぎには強まりますよ」
ナタリアが自信たっぷりに言う。
「ナタリアの天気予測は割と当たるんだ。一族に伝わる観測法みたいなのがあるらしいんだよ。ボクも詳しくは知らないけれど」
「一族の秘密です。ですが、的中率には自信があります」
「ってことは、行くなら今、か」
「では、準備をしてきますね」
さっき帰ってきたばかりだが、まぁ、もう一往復くらいなら行けるだろう。
数日分の食料を寄付しておこう。さすがのベルティーナも、子供を飢えさせてまでドカ食いはしないだろうが……まぁ、腹は膨れた方がいいからな。
ジネットが厨房へと向かい、食糧庫から食材を運んでくる。
デリアがそれを手伝い、俺とウーマロは食材を店の外へと運び出す。ソリへと積み込むためだ。
そのソリを見たウーマロがこんなことを言い出した。
「このソリっていうヤツ、足の部分をもうちょっと改造すれば安定性が増すッスよ?」
「すぐ出来るか?」
「五分もあれば余裕ッス」
「よし、やってくれ」
朝食だけを運んだ時とは載積する量が違う。
頑丈になるならしておいた方がいいだろう。
と、そこへ――
「おいコラ、ヤシロ!」
見知ったワニがやって来た。
モーマットが、背負い籠に野菜をいっぱいに積んでやって来たのだ。
「お前だろ、ウチの畑に変な文字書いたのは!?」
「お前は、すぐそうやって人を疑う……」
「違うんッスか?」
「いや、違わないが?」
「大当たりじゃないッスか!?」
当たり外れは今はどうでもいいんだ。
俺は、こいつがすぐに人を疑うという点について話をしているわけであって……
「ったく。ほれ、これをジネットちゃんに渡しておいてくれ」
そう言って、カゴいっぱいの野菜を雪の上に降ろす。
「いいのか?」
「あぁ。ウチの分は十分過ぎるほど確保してある。陽だまり亭には、こんな時でも客が来そうだからな……って、やっぱ来てたか」
モーマットが店内を覗いて苦笑を浮かべる。
「足しにしてくれ」
「悪いな」
「いいってことよ。こっちは、お前らのおかげで生活が安定したんだ。これくらいはお安い御用さ」
「そうか、んじゃ遠慮なく」
俺はモーマットの持ってきた野菜を受け取り、モーマットにきちんと向かい合って笑顔を向ける。
「おかわり!」
「遠慮なさ過ぎんぞ、お前!?」
タダでもらえるもんはもらっておきたい! それが、何をしても一切心が痛まない相手なら尚更!
「ん? つか、こりゃなんだ?」
「ソリだ」
「ほ~……雪の上を、荷物を載せて移動するためのもんか……」
「欲しいか?」
「いや、そりゃ欲しいけどよ……」
材料はまだあったかな?
…………う~ん……古い樽とか木箱を利用すればいけるか…………よし。
「雪の上を歩きやすくするかんじきとこのソリをセットでくれてやる。だから野菜を寄越せ!」
「おっ!? いいのか!? ……で、かんじきってなんだ?」
「弟たち!」
「「「はーい!」」」
俺の声を合図に、弟たちが飛び出してくる。足に装着したかんじきで、雪の上を器用に歩き回る。
「おぉっ!? 足が沈んでねぇ!? なんだあれ!?」
「いいもんだろ?」
「くれ! 野菜、大量に持ってくるから!」
よしよし、これで居候どもの飯は賄えるだろう。
「つーわけでウーマロ。よろしく」
「作り方知らないッスよ!?」
「そこは、弟たちが教えてくれる」
「へ? お前ら知ってるんッスか?」
「もちのろんー!」
「蓄積された知識ー!」
「ベテランの域やー!」
「ほんじゃ、作り方を教えるッス」
「それが物を頼む態度かー!」
「図が高いぞ棟梁ー!」
「下っ端大工の下剋上やー!」
「……お前ら、いい度胸ッスね…………」
尊大な弟たちにウーマロが青筋を立てる。
まぁ、仲良くやってくれ。
「準備できたか?」
デリアがひょっこりと顔を出す。
「なんだよ、全然終わってねぇじゃねぇか」
「ソリを補強してんだよ。ウーマロ、あとどれくらいだ?」
「あ、もう出来たッス。これで、かなり頑丈になったッスよ」
補強されたソリに食材を積んでいるところで、ジネットが表に出てくる。
モーマットを見つけ挨拶をし、これまでの話を聞いてソリと食材の交換を了承する。むしろ歓迎していた。
というわけで、結局のところ、教会へ向かうのは俺、ジネット、そしてデリアということになった。
まぁ、行って帰ってくるだけだから問題ないだろう。
「じゃあ、行ってくるな」
「……気を付けて」
「毛布よろしくです!」
マグダたちに見送られ、俺たちは出発した。
……まさか、道の途中であんなものを拾うなんて、思いもしないで…………
ま、もったいぶるほどのことでもないか。
拾ったのは、木こりギルドのお姫様、イメルダだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!